閑話 人探し


 先ほどまで雲一つなかった青空が、真っ黒な黒雲で覆いつくされていく。

 それから間もなく、滝のような雨が街に降り注がれていった。

 

 雷も鳴り始め、次第に人の気配もなくなり、雨音が響く街に――音程の外れた不気味な鼻歌が聞こえ始めた。

 聞いている人は決して良い気分にはならないが、歌っている本人はとても楽しそうに……それも上機嫌だということが分かるのだが、その鼻歌は唐突に銃声のような舌打ちと共にかき消された。


「――チィッ! クソがっ! なんで俺様が糞ガキの人探しなんざしなきゃならねぇんだ! 剣神だか勇者だか知らねぇが、俺様を顎で使いやがって!」


 舌打ちの直後に怒声が響き渡り、その怒声に煽られるように雨足が更に強くなる。

 その怒声を上げた人物は、二メートル近い体格に黒装束で身を包んだ怪しい服装。

 腕は一本なく、額には大きな斬り傷があり――明らかに裏社会に住む人間そのものの風貌。


 身に纏った黒装束が徐々に雨によって重くなり、それに対してもイライラを募らせる男。

 そんなあからさまな地雷の男に、肩をぶつけてしまったた数人の若者グループ。


 強く降る雨のせいで、上着を頭に被せるようにして歩いていたせいもあってか、前方が見えていなかったのだろう。

 若者グループの一人がぶつかった衝撃で尻もちをつき、尻を水たまりで濡らしたことで、思わずどんな相手かも見ずに食ってかかった。


「おいっ! どこを見て歩いて……」

「ああ? てめぇこそ、どこ見て歩いてたんだ? ――あーっはっは! まぁいい。丁度いい! 喧嘩なら買ってやるからこっちに来いよ」

「ちょっと待っ――」


 尻もちをついた若者の首根っこを掴み、引きずるようにして裏路地へと連れていった黒装束の男。

 引きずられる若者の仲間も、必死の抵抗を見せるが……四人がかりで押さえても太すぎる腕に掴まれた若者は、どんどんと裏路地へと突き進んでいかれる。


 雷も鳴って嵐のような強い雨、そのせいもあって人通りも少なく、若者たちが裏路地に連れていかれるのを目撃した人は一人もいなかった。

 首根っこを掴まれた若者は呼吸もまともにできないまま、裏路地の壁に投げられた。


 そんな若者を必死に助けようとついてきたその仲間たちは、ブルブルと体を震わせながらも、近くにある武器になりそうな長物を手に取り、黒装束の男に対して構えるが――。

 数的不利、それも武器を持っているというにも関わらず、男は少しも怯む様子はなく、笑顔のままゆっくりと距離を詰め始めた。


「こ、これ以上……ち、近づくな! ほ、本気で殴るぞ!」

「へっへっへ。いいぜー、やってみろよ」

 

 四人の内の一人がそう叫び、笑顔のまま足を止めることのない男に対し、おぼつかない足取りで武器を振りかざした。

 必死に振り下ろした鉄パイプは、鈍い衝撃音と共に男の頭に直撃。

 

 手ごたえの良さからも、若者はダメージを与えることができたと確信したのだが――。

 鉄パイプが頭に当たりながらも、ニヤつく表情を変えず傷一つない頭。

 そして、次の瞬間。


「――うグぇラ!」


 鉄パイプを振り下ろした若者の頭は、奇妙な発声と共に消し飛んだ。

 その様子の一部始終を見ていた若者たちは、僅かに震わせていた体を更に激しく震わせ、手に持たれた武器を投げ捨てて逃走を図ろうとする。

 しかし、腰が抜けた上に体の震えもあり、足を絡ませながら三人共に派手にすっころんだ。


「おいおいおいおい! まだ殺すつもりなかったのに脆すぎんだろ! ……てめぇらは一人残らず逃がす気はねぇからな! 聞きてぇこともあんだ。楽しませてもらうぜぇ!!」


 まるで悪魔のように口角を上げた男は、逃げようとしている三人を捕まえて足を踏み折り、逃げられなくしてから……。

 壁際へと投げた若者の隣に、横一列で三人を並べた。


 これから何が始まるのか。

 想像もできない恐怖で、若者たちの表情はぐしゃぐしゃとなっており、体の震えも凄まじいものとなっている。


「よーし、それじゃ始めるか。まず初めに、お前らには生き残るチャンスがある。俺の知りたい情報を持っていたら生き残れるぞ。良かったなぁ! 大、大、大チャンスだぜぇ!」


 男は太物を叩きながら笑い、実に楽しそうに震える若者たちにそう告げた。

 それから一番右端の若者の前に立ち、顔を手で包み込むように掴んでから、一つの質問を投げかける。


「クリスという冒険者を知っているか? そのクリスを知っているという奴でもいいぞ」

「……し、知らない! こ、この街じゃ聞いたこともない! お、お願いだたすけ――」


 小さな破裂音と共に……まるでトマトでも潰すかのようにして、握り殺された若者。

 返り血に雨が混じり、黒装束の男の凶悪な笑顔が更に凶悪に映る。


「惜しいな。せっかく生き残るチャンスだったのになぁ! さて、次はお前だ。クリスって冒険者を知っているか?」


 楽しそうな黒装束の男の笑い声が、しばらくの間裏路地に響き渡った。



 その翌日。

 晴れ渡る晴天の中、五人の若者の惨すぎる死体が発見されたのだが……。

 手掛かりは全て雨で流され、犯人の行方は掴めないまま、この事件は闇の中へと葬り去られたのだった。

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