第98話 事故物件


 翌日。

 昨日はあれから、魔力をあげる植物の識別も行い、神父の頑張りもあって突き止めることに成功した。


 真っ白な卵のようなキノコで、一見美味しそうだし実際に美味しいのだが、強烈な毒を持っているのか、これを食べて死んだゴブリンの姿を発見している。

 名前は『エッグマッシュ』と名付けた。


 これで体力はレイゼン草、筋力はリザーフの実、耐久力はゲンペイ茸、魔力はエッグマッシュ、敏捷性はジンピーの葉と――能力を上昇させる全ての植物を解明することができた。

 後は何よりの鍵となってきそうな、スキルの付与を可能とするオンガニールなのだが……。


 オンガニールに関してはまだまだ謎が多すぎる上に、木を一本しか見つけられておらず、研究材料が少なすぎる。

 そろそろリザーフの実もなくなってきた頃だし、近々カーライルの森に籠りたいんだけど、依頼もこなさないと駄目なんだよな。


 引っ越し費用としばらくの家賃は、緊急依頼の報酬でなんとかなるが、ジンピーの葉のポーションも考えると単純に金が尽きてしまう。

 まずは依頼をこなして金を貯めるのが先決だな。


「クリス。今日の引っ越しはもう済ませちまうのか?」

「ああ。今から不動産屋に行って金払ってくる。二人はスノーと一緒に、昨日説明した家まで行っててくれ」

「了解! クリスの荷物も運んでおくわ」

「程良い時間を見計らって、新しい家の前で待っていますね」


  

 二人とは宿屋で分かれ、俺は一人で不動産屋に向かう手筈。

 やることと言えば数ヶ月分の家賃の前払いと、敷金礼金を支払ってから、鍵を受け取るだけだからすぐに終わる。

 金をなくさないようしっかりと鞄に入れてから、俺は契約を結びに不動産屋へと向かった。



 諸々の契約が終わり、鍵だけ受け取ってあっさりと不動産屋から出てきた。

 家までの案内と部屋の説明もしてくれると言ってきてくれたんだが、別にお願いほどのことでもないため、断って一人で居住区右の借りた家へと向かう。


 時間がなかったから確認すらしていないが、一体どんな家なんだろう。

 これでとんでもないおんぼろ屋敷だったら困るのだが……まぁ一ヶ月の家賃が金貨六枚なら、おんぼろ屋敷でも全然いいのか。

 できる限り自分の中のハードルを下げてから、家へと向かったのだが――。


「えっ……? この家で会っているよな?」


 辿り着いた家は、俺の実家の倍ほどはある庭付きの広々とした家だった。

 街のはずれというのもあるが……それでもデカすぎる家。

 間違っていないか何度か地図で確認するが、間違いなくこの家で合っている。

 

「このサイズの家で金貨六枚ってあり得るのか? 確かに、書面で見たときはこの広さだったから即決したんだが……」


 思わず、一人言が漏れてしまうほどの衝撃。

 不動産屋を早々に出てきてしまったため、まだラルフとヘスターは来ておらず、二人が来るまで外で待っていようかと悩んだが、先に一人で中の様子を確認してみることにした。


 おおよそ十人は快適に住めるであろうしっかりとした家。

 雑草が生え散らかしている庭を進み、玄関の鍵を開けて中へと入る。


 随分と長いこと空き家だったためか、若干汚らしい感じはあるものの全然許容範囲内。

 これだけ広いと逆に手入れが大変そうだが、そこは贅沢な悩みというものだろう。


 玄関から真ん前がホールとなっていて、ここに二階へと続く階段がある。

 右側が応接室で、左側が畳の敷かれた一風変わった一室。

 ホールの奥がリビングとなっていて、リビングを入って左がキッチン、キッチンと応接室の中間辺りには収納部屋がある。

 

 リビングを畳の部屋の方向に抜けると、トイレと洗面所とお風呂があり、全て別々に作られているのはかなりありがたい。

 一階はこんなもので、続いては二階の探索に向かう。


 二階は個別の部屋がいくつも立ち並んでいて、数だけで八部屋はある。

 更に二階にもトイレがあり、下の庭を見渡すことができるバルコニーまであった。

 ……本気でとんでもない家だな。

 この家を一ヶ月金貨六枚で借りることができたなんて幸運でしかない。

 

 俺がどこの部屋を自家栽培の部屋にしようか迷っていると、家の扉が開けられたのが分かった。

 階段から下を覗いてみると、二人とスノーの姿がある。


「やっと来たか。今から下に降りる」

「…………なぁ、この家で間違ってないんだよな? これからこの家に住むのか俺達」

「私も開いた口が塞がりません。こんな家、よく借りることができましたね……」

「俺も家を間違えたかと思ったが、渡された鍵で開いたし間違いない。この家が一ヶ月金貨六枚だからな。事故物件らしいが、とんでもない破格の値段だ」

「事故? 事故物件ってなんだ?」

「ここに以前住んでいた人が、この家の中で自殺したんだと。だから、値段も安くなってた」

「それって大丈夫なのか? 変なこと起きたりしないよな?」

「大丈夫だろ。人なんていつか必ず死ぬんだからな」

「安すぎて心配なんだが! なんで自死してしまったのかは知らないのか?」


 詳しい話は敢えて聞いていないが、何らかの理由があって自死に至った可能性が高い。

 大丈夫だろとは言ったが、怨念の強さによっては魔物となって現れるかもな。


「聞いてないな。まぁ分からないことは考えたって無駄だ。仮にアンデッド化してたとしても、俺達なら倒せるだろ」

「確かにそうか! あんま気にせず、ありがたく暮らさせてもらおうぜ! ほら、スノー。ここなら暴れ回っても大丈夫だぞ!」

「いや、流石に暴れすぎはまずい。壊すと退去するときに修繕費用がかかるからな!」


 無茶苦茶なことを言っているラルフに釘を刺してから、家を駆け回り始めたスノーを他所目に、荷物の整理へと入る。

 部屋は二階で各自一部屋使うとして、余った部屋を栽培スペースに使わせてもらおうかな。

 

 日差しも考えると、バルコニーが一番栽培に向いているんだが、あそこは外から丸見えだ。

 バルコニーではなく、屋上があれば最高だったんだが……そこまでの贅沢は言えない。


「二階に八部屋あるから、各自一部屋ずつ自室として使おう。残りの五部屋は栽培部屋に使わせてもらうぞ」

「大丈夫ですよ。好きに使ってください!」

「ああ、俺も別に構わないぜ! 一部屋使えれば何の問題もないが……。毒草を育てて、家中に毒が蔓延するってことはないよな?」

「毒を持っている植物を育てるだけだから大丈夫だ。……多分な」

「いつもいつも、多分なのはやめろよ。ちょっと怖いんだぞ!」


 正確なことは分からないから仕方がない。

 まぁオンガニールは、流石に育てるつもりがないから大丈夫だろう。


「スノーはどうします? 誰かの部屋で一緒に住ませますか?」

「リビングでいいだろ。適当に犬小屋でも作ってあげて、放し飼いしてればストレスもかからないだろうしな」

「じゃあ寝るときは別々になるのか。少し寂しいな」

「寂しいと思うなら、勝手に部屋に連れてって寝ればいい。それより、片付けしてしまおうぜ」


 移動させてきた荷物を各々の部屋へと移し、とりあえずの引っ越しは完了。

 家具も日用品も足らない殺風景な家だが、金なし家無しの状態から――よくここまで辿り着くことができた。


 まだまだ道の途中だが、直実に一歩一歩だがクラウスに迫っている。

 ただ決して慢心はせず、これからも強くなる一心で研鑽していこうと思う。

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