第73話 重苦しい空気


 元ゴブリンの巣に拠点を作った翌日。

 今日はようやく目的である、有毒植物の採取を行うことができる。


 狙いは、通称“死のリンゴ”と呼ばれているオンガニール。

 それからリザーフの実と、レイゼン草、ゲンペイ茸の三種の植物。


 あとは新種の有毒植物も採取できるだけ採取し、魔力や敏捷性の上がる植物を見つけていきたい。

 特に敏捷性は必須で上げなくてはならない能力。

 

 カーライルの森に存在していることを祈りつつ、新種の植物植物はとにかく食べていく予定。

 今日の朝食としてリザーフの実を食べた俺は、頬を一つ叩いて気合いを入れてから、カーライルの森の探索へと入った。

 

 

 森の探索を始めて約半日。

 未だにオンガニールを見つけることはできていないが、この森にはリザーフの実が多く生えていることが分かった。


 この森は、リザーフの実がなりやすい条件が整っているのだろう。

 現状、リザーフの実は俺が一番必要としている筋力がつく植物だし、いくらあっても困らない。

 全てを採りきらないことだけを注意し、俺はリザーフの実をバンバンと採取していった。


 それから、昨日のレイゼン草に続いてゲンペイ茸も見つけることができ、ペイシャの森で見つかった潜在能力を上昇させる三種の植物が、このカーライルの森でも自生することが分かった。

 とりあえず見つかった安心はあるものの、レイゼン草とゲンペイ茸については発見する確率が低く、リザーフの実とは違ってカーライルの森では自生しづらい種類の可能性が高い。


 今後の採取方針について頭を悩ませながらも、更に植物採取を続けていると――俺は突然、背筋が凍りつくような嫌な気配を感じた。

 異様な空気感の正体を探るべく、俺は周囲を見渡して警戒する。


 熊型魔物のあの時とは似て非なる感覚で、迫り来るような嫌な気配ではなく……俺が嫌な気配の場所に足を踏み込んでしまったと思うような、じっとりとした重苦しい空気感。

 シャンテルが言っていた“怪鳥”の文字が頭を過るが、この気配は魔物の気配ではないんだよな。

 しばらくの間、この気配の正体を探るために腰を屈めて周囲を索敵していると、視界の端で異様なものを捉えた気がした。


 遠いため薄っすらとした見えないのだが、何かが倒れているような姿。

 嫌な気配もその倒れているものに近づくにつれ、徐々に大きくなっている気がするため、あの付近にこの嫌な気配を放つ何かがいる。


 茂みに身を潜ませながら、俺は慎重にゆっくりと近づいていくと……。

 そこにあったのは、腐敗したゴブリンの死体だった。

 そして――その胸の辺りを突き破るようにして生えている、一本の幼木。


 ゴブリンを栄養にして育っているからか、全体的に黒っぽい色合いをしていて、どこか気味が悪い幼木。

 ………………ん? 木に成っているのは緑色の実か?


 俺は探していた“死のリンゴ”と同じ緑色の実だったということで、思わず警戒を解いて無防備にその異様な幼木へと近づく。

 近くで見てみると、成っていたのはやはり蕾ではなく、小さいながらも木の実だった。

 幼木だから実が小さいだけで――これはもしかして、“死のリンゴ”じゃないのか?


 まだ確証は持てないのだが、色々と一致している気がする。

 これがもし仮にオンガニールだとしたら、この実がとてつもない潜在能力を秘めている可能性のある実のはずなのだ。


「…………そういうことか」


 そこまで考えたところで、一つの仮説が俺の中で立てられた。

 『植物学者オットーの放浪記』によると、オンガニールは個体差が激しく、ものによっての効能が大きく変わる可能性があると記載されていた植物。


 そして、目の前にあるオンガニールは、ゴブリンの死体を宿主として、ゴブリンの栄養を吸い上げて成長しているということ。

 つまり個体差というのは、オンガニールの宿主によって大きく変化するのではないかという仮説だ。


 これがもしゴブリンではなくて、例えばあの熊型魔物を宿主だったとしたらと考えると――。

 とてつもない木に成長していたであろうことが、容易に想像できる。

 不気味さに狂気も孕んでいるこのオンガニールだが、その不気味さと同じくらい俺はワクワクしていた。


 とりあえず、この木から生えているつまめるサイズの小さい実を一つ採取し、俺はゆっくりとその場を後にした。

 このオンガニールの生態は何一つとして分からないが、もし毒ではなく寄生型の植物だった場合がかなり厄介。


 例え【毒無効】を持っていたとしても、寄生に対しては恐らく無効化できないし、俺もかなり危ない。

 寄生植物だった場合に対して少しだけ恐怖心を抱きつつ、俺は一度拠点へと戻ったのだった。


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