第20話 植物採取


 翌日。

 準備は昨日の内に済ませておいたため、俺は全ての物が入った鞄を背負って部屋の外を目指す。


「……あれ? クリスさん、もう行くんですか?」

「起こしたか? すまん」

「いえ、大丈夫です。気を付けてくださいね」

「ああ。用事でしばらく帰らないから、ラルフにも伝えておいてくれ。ここの金は俺がいない分も払ってあるから大丈夫だ」

「そうなんですね。ラルフに伝えておきます」

「頼む」


 起こしてしまったヘスターにそう告げてから、『シャングリラホテル』を後にした。

 外はまだ日が昇っておらず、いつもは騒々しい街も閑散としている中、俺は街の外を目指して歩く。


 外に出る際は身体検査がいらないため、そのまま門を通り抜けてペイシャの森を目指す。

 レアルザッドに来てからまだ二ヵ月ほどしか経っていないが、ボロボロの姿で必死にここまでやってきたのを懐かしく感じながら、俺は公道をひたすら歩き続けた。



 ――見えてきた。

 俺が一ヶ月間、身を隠すために潜伏していたペイシャの森。


 まだ森の入り口が見えてきただけで、穏やかな自然しか感じられないのだが、それでも動悸が速くなり今にも心臓が出そうなほど緊張している。

 森を出ようとしていた頃は、いい経験が出来たなぐらいにしか感じていなかったが、変な成分が出て感覚が麻痺していただけなのか、今思い返すとただただ恐怖でしかない。


 食料も水も寝る場所さえなく、常に危険に晒されていたんだから当たり前と言えば当たり前なんだけどな。

 今回はキッチリと準備をしてきたと恐怖心を鎮め、俺は二ヵ月ぶりのペイシャの森へと足を踏み入れた。


 程よく風が吹き、自然の匂いに心が安らぎを感じられるのも最初だけ。

 ペイシャの森の本当の入口ともいえる、森の中腹の綺麗な泉が見えてきた。


 ここから先、一切の水場がないことは俺が一番理解しているため、念入りに水分補給と水分の確保を行う。

 今回は長くいる予定ではないんだが、それでも何が起こるか分からないのが森の怖いところだからな。


 泉で一休憩した後、いよいよペイシャの森の奥地へと入る。

 木々が生い茂る薄暗い森の中を進んで行き、うっすらとしたした記憶と方角を頼りに、以前拠点としたあの岩の隙間を目指す。


 道なんてものはなく、進んでも進んでも似たような景色なため、日が暮れるまでに辿り着けばいいという考えだったのだが……。


「あの大樹見覚えがあるぞ。ということは、ここから右に進んで行けば――あった」


 泉から歩き始めて約三時間。

 あまりにもあっさりと、俺が拠点に使っていた岩の隙間を見つけることができた。


「もう二度と来ることはないと思っていたんだけどな。二ヵ月で戻ってきてしまった」


 人が絶対にいないと分かっているからこそ、大きめの声量での一人言が漏れてしまう。

 感傷に浸りながら岩の隙間に入り、ひとまず大きな鞄を下ろす。


 あの気持ちの悪い虫は繁殖しておらず、コケもそこまで生えていない。

 軽く整備すれば、暮らしていた時ぐらいにはすぐに戻すことができそうだ。


 数日間は滞在する予定のため、拠点を作り直して夜に備えようと思う。

 まずは葉をかき集めて床に敷き、今回は持参した安い寝袋をその上に置く。 

 それから保存食と泉で汲んだ水を取り出し、通気性の良い籠も設置して拠点は完成。


 突き詰めればもっと良く出来そうだが、今回はこんなものでいいだろう。

 キャンプしに来た訳でなく、今回は植物を採取しにやってきた訳だしな。


 せっかく予定よりも早く辿り着けた訳だし、日が落ちて真っ暗になる前に出来る限り植物は集めておきたい。

 この二ヵ月で道具屋や薬屋、治療師ギルドなどで集めた情報を元に、見たことのない且つ毒々しい植物を中心に集めていこうと思っている。


 採取の支度を整えた俺は、早速拠点を出て森へと出た。

 オーガを狩る前は毎日のように植物を採取して食べていたと言っても、この辺り一帯にはまだまだ植物がたくさん自生している。


 魔物や動物にもほとんど食べられることがなかったためか、知識のある今見てみると、レアルザッドで食用や医療用としても売られている植物が、至るところに生えている。

 惹かれる思いはあるが今回は知っている植物を無視し、見るからに毒々しい見たことのない植物を採っては鞄へと入れていく。


 三ヶ月前に食べた植物を中心に採れれば、もっと手っ取り早いんだろうが、生きることに必死すぎて全く覚えていないんだよな。

 キノコやらも食べた記憶はあるんだが、オークの肉の衝撃でほとんど記憶から消えている。


 いくら記憶を思い返してもぼんやりとしか思い出せず、結局手当たり次第に取り、本日分の採取は終了。 

 拠点へと戻った俺は、早速採取した植物を取り出し、持参した紙に記録していく。


 お金に余裕があれば一種類食べるごとに能力判別を行い、その結果を記録していきたいのだが、今の手持ちの金では到底無理な話。

 今回はどんな植物を食べたかだけを記録し、能力判別で能力が上昇していなければ、今回食べた植物は今後無視。

 能力が上昇していれば、次回は今回食べた植物の半分の種類を食べて能力判別を行い、徐々に絞っていこうと考えている。


 採取した植物の特徴と勝手に付けた名前を記載したところで、いよいよ植物を食べていく作業に入る。

 味がいまいちなことだけは記憶にあるため、食べるのはあまり気乗りはしないが、トレーニングの一環だと割り切って口に入れては飲み込んでいく。


 前回のようにお腹が極限まで空いていない状態のため、食べ進めるペースは遅くなったものの、今日採取した八種類の有毒植物を食べ終えた。

 食べ終えた後も胃からむせ返るような苦味が襲いかかり、改めて食べ物ではないと確信したな。


 持参してきた乾燥果物で口直ししつつ、植物について記入した紙を眺める。

 今回の遠征の目標は、三十種類の有毒植物を摂取すること。


 そして、今回の遠征で摂取した有毒植物は全てレアルザッドに持ち帰るつもりだ。

 今日食べた八種類の植物の余りも、先ほど設置した通気性の良い籠に入れて天日干しして長持ちするようにした。


 入門検査で引っかからないかの懸念点はあるものの、なんとかしてレアルザッドには持ち帰る予定。

 この努力が実を結んでくれと願いつつ、俺は天日干しの作業を行ってから、寝袋に入って眠りについたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る