第8話 プロポーズ

 風呂から上がった俺が自室に戻ると、ベッドの上にうつ伏せに寝転び、きー姉が雑誌を読んでいた。

 モコモコとしたショートパンツから伸びる長く白い足が、パタパタと上下する。


「あ、まーくん、お帰り」


 顔だけをこちらに向け、きー姉が俺を出迎える。


「ただいま」


 初めこそ、こういう事をいちいち注意していた俺だったが、今では注意しても無駄と諦めている。


 ベッドはきー姉に占領されているので、勉強机の椅子に腰掛ける。


「んふふふーん」


 何がそんなに楽しいのか鼻歌混じりだ。

 いや、この人はプライベートでは、大抵楽しそうにしているか。


「何読んでるの?」

「プロポーズ特集」


 ……聞かなきゃ良かった。


「ねぇ、まーくんはどんなプロポーズしたい?」

「どんなって言われても……」


 別にしたいプロポーズ等、俺にはない。


「私はどんなプロポーズでも、その人の一生懸命さが伝わればOKだよ」

「さいですか」

「んー」


 俺の反応が不服だったようで、きー姉がほおふくらませてみせる。そんなしぐさ草もまた可愛かわいい。


「大体、プロポーズなんて、まだ先の話過ぎて実感沸かないって」

「そんな事ないわよ。まーくんも後二年もすれば、結婚出来る年齢になるわけだし」

「なんか夕方と言ってる事違わない?」

「そうだっけ?」


 ま、いいけどさ。


「とにかく、今からどういうプロポーズをするか考えておいて損はないわけ。なので、今の内に練習しておきましょう」


 なるほど。この流れに持っていきたかったわけか。おそらく、プロポーズ特集を読んでいたのも偶然ではなく、ここまで持ってくるための布石だったのだろう。


「さぁ、どうぞ」


 ベッドの上に正座をし、何かを待つきー姉。


「いや、言わないから」

「えー? なんで?」

「だって、別にしたいプロポーズとかないし」

「そうじゃないでしょ。したいしたくないじゃなくて、いつかするの!」


 怒られてしまった。俺が悪いのか?


「はい。じゃあ、気を取り直して」

「はぁー」


 こうなったら仕方ない。きー姉のお遊びに少し付き合ってやるか。

 こほん、と一つせき払いをし――


「結婚して下さい」


 きー姉の目を見てそう宣言する。


「――!」


 俺の言葉に、きー姉が衝撃を受けたようにその場で身悶みもだえる。自分で要求したくせに、オーバーな。


「いい。いいけど、ストレート過ぎるわね。プロポーズは一生に一度の大切な物なのよ。もっと気持ち込めて」


 うわぁ。面倒くさ。だけど、言わないと終わらないしな。


「年下で頼りない俺だけど、これからはいつも側で支えて欲しい。結婚しよ」

「……はい」


 今度は神妙な面持ちでゆっくりと頷くきー姉。何とも言えない空気が室内に流れる。


「いやいやいやいや」


 その空気にみ込まれそうになり、慌てて雰囲気を絶ち切る。


「練習だから。遊びだから」

「遊びでもいい。結婚して下さい」

「いや、それ、意味違ってくるから」


 どこのイケメンだ、俺は。


「はっ。それとも、まーくんにはすでに心に決めた人が……」

「いないから」


 即答する。


「じゃあ――」

「はい。終了。この遊びはここで終わり」

「えー」


 不満げな声を挙げるきー姉だったが、この辺で終っておかないと、とてもじゃないが俺の精神が持たない。


 もちろん、悪ふざけだという事は重々承知しているが、だからと言ってドキマギしないかと言うとそうではない。しかも、今のきー姉は風呂上がりでパジャマ姿。意識するなという方が無理な話だ。


「ん? どうかした?」

「……どうもしない」


 せめてもの救いは、意外にもその威力に当の本人が気付いていない事か。


「ねぇ、このままここで寝ていい?」

「ダメです」

「ちぇー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る