第23話 幼少期編23 黒い精霊

 目を開いた僕の視界に映ったのは一面の緑だった。一際目立つ大樹が眼前に、そして青く澄んだ大きな池がある。

 青と緑、白い光が大量に飛び交っている。その中には、あまり見慣れないも混じっていた。

 僕が凍らせ、破壊したはずの森の姿はない。まるで先ほどの状況はすべて夢だったかのように、穏やかな景色が目の前に広がっていた。


 ふと下を向くと、僕の腕に抱えられたシラユキが震えていた。その目は濡れている。


 「大丈夫だよ、シラユキ」


 僕はそう声をかけると、呼吸を整えた。

 とりあえず、これをしでかした人には文句の1つでも言ってやらないと気が済まない。


 目の前の景色には既視感があった。いつも、僕とルディが精霊術を練習していた場所。そこで間違いないだろう。

 ならば、先ほどの状況を引き起こした犯人はルディなのだろうか? この場所を指定していたルディの仕業、そう考えるのは自然のことだと思う。

 だけど、ルディがわざわざこんな意地悪なことをする姿が思い浮かばない。


 ぐるぐると考えていた僕だったが、その思考はすぐに無駄だったと気がついた。


 目の前に――黒い人影がいた。

 

 すべてを吸い込みそうな漆黒の髪。それを腰元まで垂れたその女性は、人間味のない笑顔でこちらを見ていた。

 彼女は手に真っ黒な傘を持ち、さらに深淵を思わせるドレスに身を包んでいる。その装飾の全てが、黒、黒、黒。

 そして彼女の相貌を見た僕は、全身の毛が逆立つような錯覚を覚えた。

 ゾッとする美しさとはこのような人のことを言うのだろう。その造形はあまりにも精密だった。正確すぎる造形美は感嘆よりも先に不気味さを際立たせる。美しいはずなのに、生物としての雰囲気を感じない。


 そんな人ならざる風貌をさらに際立たせるものが彼女にはあった。


 それは――彼女の目だ。


 先ほど見た瞳たちよりもさらに怪しく輝く黄金色の双眸そうぼう。それはこの世界における人外の証だ。

 

 僕は一歩後ずさった。

 あまりにも異様な人物の登場に、僕の心には警戒という染みが広がっていく。

 

 いつから彼女がそこにいたのか、僕にはわからなかった。

 彼女はあまりにも自然だった。この森の自然に溶け込んでいた。

 脳は目の前の人物を人であると認識しているはずなのに。僕の五感の全てが、彼女を生物として認識できていない。

 不思議な感覚だった。意識と感覚の解離。それが心底、気持ちが悪かった。

 

 笑みを浮かべたまま、黒い女性がこちらへと踏み出す。


 僕はシラユキを静かにおろして、彼女の壁になるように身構えた。

 シラユキの目線の先も僕と同じ存在へと向いている。警戒を示すようにピンと張った獣耳が揺れる。シラユキにも目の前の女性は認識できているらしい。


 「ふふ、そう警戒しなくてもよろしいのに」


 一瞬、誰が話したのかわからなかった。まるでこの森そのものが語りかけてきたかのような違和感だった。遅れて、僕は目の前の女性が言葉を発したのだと気づく。

 

 おかしい。この女はあまりにもおかしい。

 精霊術を破った直後に現れた、この女性。順当に考えれば、精霊術の主犯はきっとこの人物だろう。

 

 始めは文句を言ってやろうと、思っていた。

 だが、現れた人物の不気味さにその気概はすっかり萎んでしまった。

 その直後、目の前の女性の姿がぼやける。

 

 「それにしても、あなたは随分と変わった人間ねぇ」

 「っ!」

 

 左手側から聞こえた声は存外に近かった。反射的に左腕を振るうが、何も捉えることがない。

 目の前で、くすくすと女性が笑う。

 いよいよもってこいつはやばい。場の緊張感が限界まで張ったその時だった。


 


 「あ、グー君ー、シラユキちゃーん」

 


 

 気の抜けた声が聞こえた。


 「…………」

 「あははー、ごめんごめん。ちょっと遅れちゃってー」


 声と共に、空から降り立った少女――ルディは笑いながら僕とシラユキの元へとやってきた。

 毒気のない彼女の様子に僕は脱力する。シラユキも同様のようで、僕とルディを交互に見ながら困惑気に尻尾を揺らしていた。

 少し憮然とする僕らに、場の空気を感じ取ったのかルディが首を傾げる。そして、僕らの視線の先を見やって、あははと笑いながら今度は苦い顔をした。


 相変わらず黒い女性は静かに微笑んでいたが、その顔には少しばかりの呆れがある。変わらず、人ならざる気配を漂わせる女性ではあるが、この時の彼女からは感情の色を見て取れた。ルディは僕とシラユキに向きなおると、黒い女性に手を向ける。


 「今日来てもらったのは、この方に二人を紹介するためだったんだー」


 そう言って、バツが悪そうに笑うのだった。






 「彼女はヤミちゃんっていうんだ」

 「うふふ、よろしくお願いいたしますわ」


 そう言って、黒い女性もとい――ヤミは流麗な動作で屈膝礼カーテシーをした。貴族の令嬢といって相違ない所作である。惜しむべきは、その礼をする場がパーティ会場ではなく、鬱蒼とした森の中であるという点だろう。優雅さにも劣らないくらいに、場にそぐわぬ異質さが目に付いてしまう。


 「グレイズラッド・ノルザンディです」

 「ご主人さまのお付きのシラユキともうします」


 口々にそう言った僕らはしかし、警戒心を解けなかった。状況が状況だ。僕らに同士討ちをさせた可能性がある存在にそう簡単に心を開けるはずもない。

 僕らの様子を怪訝に思ったのか、ルディがじとっとした目をヤミに向けた。

 

 「ねえ、ヤミちゃん。何かした?」

 「いえいえ、ほんのすこぉーし、いたずらしただけですのよ」


 そう言って、よよよーっと目元に手を当てるヤミ。


 「ルディさんが気に掛ける人間なんてそうそうおりませんから、少しばかりちょっかいをかけただけですの」

 「……それで? 何をしたの?」

 「ちょーっとだけ、を見せただけですわよ? ……あとは精神干渉を少々」


 ぼそっと、付け足した言葉も僕は聞き逃さなかった。やはり、あの状況はヤミの仕業だったようだ。

 それを聞いて顔を引き攣らせたルディがヤミに詰め寄る。


 「ヤミちゃんの幻覚を二人にかけたの!? それでグー君たちが怪我したらどうするつもり!?」

 「そうなる前にやめるつもりでしたわ。でもでも、まさかそっちの男の子にとは思いませんでしたもの。つい、最後まで静観してしまいましたわ」


 あくまで仕方がなかった、とヤミは悪びれる様子がない。その様子に僕はちょっとムッとする。そしてついつい口を挟んでしまった。


 「本当に死にかけたんですよ?」

 「あらあら。うふふ、確かに獣人の女の子の拳はなかなかのものでしたわね。ですが素晴らしい機転でしたわ。あの状況で正確に精霊術を使えるなんて。まだ生まれて間もない子供がこんなことをできるなんて」


 急に会話に割り込んだ僕に、ヤミは何故だか少し嬉しそうに返答した。ヤミは相変わらず張り付いた笑みを浮かべながら、しげしげと僕のことを見つめてくる。


 「ふーん? あまり気にしていませんでしたけれども、あなたはどちらかというとなのかしら」

 「……?」

 

 よくわからない言葉だ。だが、僕が尋ねるよりも早く、彼女はすぐにルディのほうへと顔を向けてしまった。


 「それにしても、ルディさん。どこでこの子を見つけてきたのかしら?」

 「たまたまだよー。精霊たちに付いて行ったらいたんだー」

 「ふーん? それっていつ頃の話かしら?」

 「え? いや、うん、最近?」


 姦しく会話する二人。その様子はどこか楽しそうだ。確かルディは旧知の人に僕らを紹介したいと言っていたか。この様子を見るにヤミは本当にルディの知り合いみたいだ。なら、ルディの前でヤミが僕らに害を与えることはないだろう。……そう、思いたい。


 ここまで考えて、僕は今まで張りつめていた緊張を解いた。大きく深呼吸をする。常に緊迫していた心の残滓は疲れとなって体に現れる。体が少々だるい。

 シラユキも疲れたようで、獣耳がぺたりと垂れ下がっていた。いつもはふわふわの尻尾も心なしか毛艶が悪く見える。

 そんな僕らのことは露知らず、相も変わらず目の前で二人は会話に花を咲かせていた。

 

 「それで? ルディさん、どうしてしばらくこちらに来なかったのかしら?」

 「え? いや、まあ、ぼくも色々忙しいんだよ」

 「いつも50年おきくらいには来てくれますのに。いつまでも来ないから心配したんですのよ?」

 「……それであんなに大量の闇精霊を寄こしてきたの!? ほんと何事かと思ってびっくりしたんだからね!」


 …………。なんだか随分とスケールの大きい話をしている気がするけど聞かなかったことにしよう。女性に年齢の話はタブーである。


 二人の会話が長くなりそうだ。ふとシラユキを見ると、泣きそうな顔で僕の方を見ている。そういえば、まだシラユキのメンタルケアをしていなかった。

 どうやら僕を攻撃してしまったことで自責の念を覚えているらしい。そんなシラユキを僕は慰める。悪いのはあのヤミってやつだ。シラユキはかけらも悪くない。

 そんな風にしばらくシラユキを宥めていると、すいーっと青い光アイがヤミの方へと向かっていった。そんな青い光アイにヤミが反応する。

 

 「あら? 青の子じゃない?」

 

 声をかけられたアイが恥ずかしそうに頷いた。どうやら、ヤミとアイは知り合いだったらしい。そういえば、アイはノルン大森林から来たと言っていたのを思い出す。


 「随分、大きくなったわねぇ。そろそろ次の段階も近いわぁ。……ふーん? 名前を、貰った?」


 ヤミにはアイの言うことが分かるらしい。淀みなく会話をしている。僕もルディも、精霊の意思をはっきりとは言語化できないのに。いったいヤミは何者なのだろう。


 「へぇ、アイね。いい名前じゃないの。よかったわねえ」


 ヤミの言葉に嬉しそうにアイが頷いている。屈託のないアイの感情表現と、それを受け入れるヤミ。その姿になぜだろう、僕は母と子の姿を幻視した。


 「ヤミさんは何者なの?」

 「そういえば教えてなかったね!」


 思わず口を出た疑問の言葉は、そのまま拾われることになった。突然の背後からの声に。しかし僕の心に湧き出るのは驚きよりも呆れだった。


 「……」

 「全然驚いてない!」

 

 唐突に背後から顔をのぞかせた少女――ルディが愕然とした声をあげる。

 これはルディのいつもの行動である。彼女は僕を驚かせようと、いつも背後から突然声をかけるのである。

 でも人は慣れるものだ。最初は驚いていた僕も、一年間ほぼ毎日されたら流石に慣れた。今では、背後から急に声をかけられても、全く驚けない体になってしまった。


 「ルディ?」

 「はーい。教えまーす」


 観念したルディは僕に寄りかかりながら、話してくれた。

 

 「ヤミちゃんはね。――大精霊なんだ」






 精霊はこの世に無数に存在する。


 普通の人間は精霊を知覚することができないから、その事実を知らない。

 実際、僕の家の書庫には精霊に関する書物は何一つとして存在しない。魔術の先生も同様に、精霊という言葉を口に出したことはない。「精霊」という言葉は、ルディと出会うまでの僕の世界にはなかった言葉だ。

 

 だけど今の僕はその存在を身を以って知っている。

 大量の光が――精霊が、この世界には溢れているのだ。


 そんな精霊には大きく、4つの種類が存在することを僕は知っていた。


 1つ目は『準精霊』。これは意思を持たない産まれたばかりの精霊だ。この世にあふれる光の大半はこの準精霊である。意思を持たず、自然の流れ、あるいは他の精霊に促されて、世界を浮遊している。


 2つ目は『精霊』。これは準精霊が意思を持った姿である。準精霊の次に多いのはこの精霊だった。精霊はたくさんいるが、その一つ一つが多くの人間をはるかに凌駕する魔力量を持っている。時折、精霊を超える魔力を持つ人間がいるが、それはとても稀有な例だ。僕の知る限りでは、シラユキとクソ親父アーノルド、そして降臨の儀で見かけた二色の少女くらいしかいない。


 そして3つ目は『高位精霊』。これは精霊が成長し、さらにその姿を大きくした存在だ。僕の知る存在でいうと「スイ」や「アイ」が該当する。他にルディの友達である風の精霊「エアル」もこの高位精霊に属するらしい。この段階になると精霊は球体以外の姿も取れるようになるらしい。……僕はスイとアイが他の姿を取ったところを見たことはないけれど。


 そして最後の4つ目。それが『大精霊』である。全ての精霊の頂点にして、その精霊たちを統べるもの。いにしえより長き時を経て蓄積された魔力は、この星の精霊の全魔力を集めても遠く及ばない。まさしく精霊にとって天上のごとき存在。それが大精霊と呼ばれる存在だった。


 大精霊と呼ばれる存在は極端に数が少ない。ルディでも数えるほどしか出会ったことがないのだという。おそらく長い時間を生きてきたであろう彼女であっても。


 そんな彼女から教わっていた大精霊という存在はまさしく、災厄とでもいうべきものだった。

 

 嵐、津波、地震、火災など。この世に起こる自然災害はほとんどの場合――と言うのはルディの言葉だ。精霊たちは、その一つ一つが大きな魔力の集合体。それらが集まり、よどみ、反発すると、現実世界に大きな影響を及ぼす。精霊が引き起こす、精霊術という名の事象。その規模を考えれば、この理論にも納得がいく。


 そして、精霊によって引き起こされる災厄は、集まる魔力の質量が多ければ多いほど、より強大なものとなりうる。いわんや精霊の究極ともいえる大精霊ともなれば、その規模は計り知れない。


 だからこそ困惑する。

 目の前で微笑む黒い女性と、災厄の象徴と思っていた大精霊のイメージが、僕の中で結びつかないのだ。


 「ヤミさんは、大精霊なんですか?」

 「ええ。そうね。わたくしは闇の大精霊と呼ばれる存在だわ」


 薄く笑みを浮かべながらヤミは答える。見れば見るほどに、僕には人間にしか見えなかった。

 無論のことながら、僕は今まで大精霊を目にしたことはなかった。どんな存在か考えたことはあるけど、その姿までは予想できていなかった。なんとなく、スイとアイの巨大バージョン巨大な球体かな、とか思っていたのだから。

 だから、大精霊が完全なだとは思っていなかった。

 そんな僕の内心を読んだように、ヤミが語りかけてきた。


 「わたくしたちにとって、姿はあまり関係がないのよ?」


 そういうと、目の前にいたヤミの姿がぼやけていく。そして足元に小さな黒猫が現れた。

 僕が唖然とする中、黒猫がその小さな口を開く。


 「わたくしたちの姿は一側面でしかないわ。でもね」


 黒猫から聞こえたのはヤミの声だ。

 すぐに黒猫の姿がぼやけて、再び少女の姿となったヤミが僕に囁く。


 「わたくしたちは見せたい姿であなたの前に現れるの。こんな風にね」

 「見せたい、姿」

 「ええ。わたくしはあなたにこの姿を見せたくてこうしているのよ」

 

 そう微笑むヤミ。靄となり、姿を変える存在。決まった形を持たず、ただ彼女が思うままの姿を人に見せることができる存在。なるほど、彼女は確かに人ではない。

 ならば。

 

 「……災厄は?」


 目の前の女性が大精霊であるならば、災厄を引き起こすのではないのか。大精霊とは災厄の象徴とも言えるといったルディの言葉はどうなるのか。

 そんな僕の質問にヤミはあっけらかんと答えた。


 「災厄は……うふふ、そうですわねぇ? わたくしはあまり起こしたりしないわねえ?」

 「……あまり?」

 「ふふふふふ、昔は少しやんちゃだっただけよぉー。今はそんなことをしないわ?」

 

 ヤミは懐かしそうに笑う。その実感の伴った言葉に、顔が引きつりそうになる。

 昔何があったんだ。

 聞きたいような、聞きたくないような。僕が口を開くのをためらっていると。姦しい声ルディの声が会話に割り込んできた。


 「ヤミちゃんはちゃんと魔力を制御できるからねえ。制御できない魔力が災厄をうむんだよ」


 説明不足だったね、とルディが舌をだす。

 魔力を制御できない精霊が大精霊に至ったとき、災厄は生まれる、と。僕は得心した。

 言葉足らずなのは、ルディの日常だ。僕は小さく嘆息する。

 

 ヤミは大精霊。そこに間違いはないのだろう。

 ならば最後の懸念を聞くとしよう。


 「精霊は人に見えない、僕はそう思っていました。では、ヤミさんをシラユキが認識できるのはなぜですか?」


 僕がシラユキの方を振り返ると、小さくうなずいた。彼女は精霊――それも高位精霊――の存在は認識できるが、視界に捉えることはできない。ならば、大精霊であるはずのヤミをどうして見ることができるのか。

 その質問に対する闇の答えは――非常にシンプルなものだった。


 「それは、わたくしが大精霊だからですわ」


 なんとも、傲慢な解答である。

 僕はどう反応すればいいかわからず、「はぁ」と気のない返事をしてしまう。


 「先ほども言ったでしょう? わたくしはわたくしが見せたい姿で現れる、と」


 言いながら、ヤミは「そうですわねぇ」と口元に手を当てる。

 

 「あなたのお友達であるは、確かに他の人には見えないかもしれないわね。でも――わたくしは違うわ?」


 ヤミが手に持っていた黒い傘を頭上に開いた。それはふわりと浮くと、みるみる空へと昇っていき、黒い粒子となって霧散する。粒子は天を染め上げて、空を日の光を、その全てを飲み込んで。

 そして。

 視界の全てが闇に染まる。狂気的な黒い世界はしかし、ほんの束の間だった。

 瞬きの間に暗闇が消える。世界が明るさを取り戻す。急激な光の落差で視界が煌めいた。

 そして僕が気づいた時には、真っ黒な傘を彼女は携えていた。


 「大精霊って、そういうものですのよ」

 「……」

 

 これ以上に納得できる言葉はなかった。彼女が解放した力の一端、それを身に受けて僕はした。スイもアイもかわいく見えるほどの漆黒の闇が、ヤミの中には眠っている。彼女はそういう存在だ。

 ヤミは相変わらず笑みを浮かべながら、シラユキの方に視線を向けて、そして僕の方に顔を向けた。

 その瞳に映る感情が、僕にはわからない。

 

 「あの子もなかなか面白いわよねぇ。でもーぉ、あなたが希少すぎて霞んでしまうわね」


 そう言いながら、ヤミは僕の顔にずいっと自身の顔を近づけた。美麗な顔が目と鼻の先に来て、僕は思わずたじろいだ。


 「グレイズラッド、グレイズラッド・ノルザンディさんね。あとはシラユキさんねぇ。ふふふ、覚えたわぁ」


 耳元でささやいた彼女は、僕の頬へと口を近づけた。湿った感触が左の頬に触れた。


 「気が向いたら助けてあげるわぁ、ふふふ」


 妖艶にそう微笑んだヤミは呆然とする僕に「またいつかおいでなさい」と言って姿を消した。あーっ!と叫ぶルディの声が聞こえた。

 

 惚けていたのは本当に数舜だったと思う。

 その後、ハッとしてあたりを見渡したが、ルディとシラユキの姿しか見つからなかった。


 大精霊という人知を超えた存在との初邂逅はつかいこうは、こうして何とも言えない終わりを迎えたのだった。

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