第20話 幼少期編20 精霊術とルディの誘い
「グー君も結構精霊術が上手くなってきたね」
そう言って満開の笑みを浮かべたのはアールヴの美少女、ルディであった。
美人は三日で飽きると言われたものだが、正直それは嘘だ。ここ1年、ほぼ毎日ルディとは顔を合わせていたが、何度見ても慣れることはない。
「ああ、ルディのおかげだね」
「ふふ、でしょー! もっと褒めてくれてもいいんだよ!」
そう言って胸を張るルディ。彼女の豊満な胸が強調されるように揺れて、僕はサッと目を逸らした。
まだ9歳の僕に性欲はないんだけど、目に毒であることに変わりはない。
「ねね、今日もこの時間で大丈夫なの?」
「うん。もう完全に魔術の授業をしてくれなくなったし、教養の授業も終わっちゃったしね。午後のほとんどは暇なんだ」
そう言って僕は空を見上げた。
天気は快晴。空にはお天道様が爛々と僕らを照らしていた。真昼間である。本来ならば家庭教師による魔術の指導や教養の授業が入るはずの時間である。だが、僕はもう完全に魔術の教師から見限られていた。数ヶ月前くらいまでは少しは残っていた授業も今や一つもない。魔術を除く教養も全て終わらせてしまったため、ここ最近の僕の午後は完全に休暇のようなものになっていた。
正直、僕にとって魔術の授業は足枷だったし、教養の授業も退屈でつまらないものだった。だから気兼ねなく午後の時間を精霊術に使える今の状況は、僕にとってかなり都合が良い。
最近は精霊術をうまく使って、屋敷を抜け出しては、城郭外でルディと訓練をしていた。
精霊術は良くも悪くも大雑把な力であり、屋敷内で簡単に使えるような力ではない。故に僕らは、城郭の外へ抜け出して精霊術を使っているのである。
あとは屋敷にいると、あの脳筋のバルザークの訓練に連れていかれかねないのでそれから逃げる意味も多分にある。
「えっと、あの獣人の子――シラユキちゃんは?」
「シラユキは侍女の仕事とメイシアの指導を受けてるよ」
貴族の子息である僕はいざ知らず、シラユキは奴隷の身分である。従業員、あるはその下の地位の者だから、基本的には仕事がある。
シラユキとルディは面識があった。
誘拐未遂事件の後からシラユキの僕への態度は少し丸くなった。会う時間も増えて、話す機会も増えたのだが。ある日、シラユキがこう言ったのである。
「ごしゅじんさまはいつもしらないおんなのにおいがしますね」、と。
僕は獣人族の鼻の良さを舐めていたらしい。僕はじとーっとしたシラユキの目に耐えられず、彼女にルディを紹介したのである。
変に隠し事をして、信用を失うのは愚策だと思ったからである。やましいこともないし。
こうして、ルディとシラユキは出会うことになった。
アールヴの存在はあまり公にしてはいけないらしい、というのはルディの言葉である。
人間の世界において、彼女の存在は伝説である。そんな存在と繋がりがあるとわかれば、僕やシラユキの扱いがどうなるのか検討もつかない。故に、ルディは自分との関わりを周りに秘密にした方がいいと言っていたのだ。
「ぼくのことを他の人に言っちゃダメだよ」とシラユキに言っていたルディは、なんだか異常に怖かった気がする。オーラが普段と違うようなそんな感じだ。シラユキも同じように感じたみたいで、可哀想なくらい震えて頷いていた。
少し遠い目をして、僕はルディに向き直った。
「とりあえず、シラユキのことはいいとして。……今日もよろしくお願いします、ルディ先生」
「ふふふ、よろしい!」
先生と呼ばれてちょっとご機嫌になったルディから、僕は今日も精霊術を学ぶ。
まずは何度も言うように、精霊術と魔術の大きな違いは使う魔力の「質」である。
質がよい魔力は精霊術の行使に有用である。反対に質の悪い魔力は魔術の行使に長ける。
この違いは精霊術、あるいは魔術を発動する際に現れる幾何学模様の陣に違いをもたらしていた。
それは使われる言語の違いである。本来、この陣が見えない人間たちには預かり知らぬことではあったが、精霊術と魔術では陣に用いられる言語が違うのだ。
魔術に使われるのは、
別の言語を覚えるのはかなり大変だ。
この1年間はとにかく
そしてようやっと、いくつかの精霊術を使えるようになったのである。
「それにしても、人間は魔術を使うのが大変だよねえ」
僕に精霊術を教えながら、ルディがそんなことを言った。
「ん? どういうこと?」
「いやーだって。人間って魔術陣が見えないんでしょ? ぼく達ならパッと陣を見て間違いに気づくからさ、人間って非効率で、大変だなあって」
ルディに言われて、僕も納得した。
確かに、人間には魔術を発動する際の幾何学模様が見えない。魔術の陣が見えないのに魔術を使うって。
それって、言ってしまえば、
いくら詠唱の助けがあるとはいえ、かなり鬼畜じみた難易度である。
そう考えると、形成されていく陣をリアルタイムで見ながら、精霊術を発動できる僕ってかなり恵まれているような気がしてきた。
ルディが苦笑した。
「人間がこの目を恐れる理由もちょっとわかる気がするかも」
「という、と?」
「この目があれば、人間が
確かに、最近は陣を見るだけで、どういう類の魔術か、あるいは精霊術なのかがわかるようになってきたような気がする。僕が押し黙っているのを横目に、ルディはなんの感慨もなく言葉を続けた。
「根源に近い存在からしたら、人間ってほんと弱いんだよね」
「……」
金眼の持ち主に対する恐れの一端はきっとここにあるのだろう。
死力を尽くしても敵わぬ化け物が、人間にとっての金眼の持ち主なのだ。
「あまり人前では精霊術を使わない方がいいのかな」
あまりにも強い力は恐れを生む。ただでさえ、立場の弱い僕は、脅威として殺されるかもしれない。
「まーそうかもねえ。でも! しっかりと制御できるようになれば問題ないよ! たぶんだけど!」
無責任にそんなことを言うルディに苦笑する。
僕がしっかり制御できる精霊術なんていまだに
1年も経ってこの
「ほら、続きやるよ!」
急かすように、僕に話しかけるルディを横目に。僕は精霊術の陣に向き直った。
「あ、そうだ!」
スイの力を借りながら、消えかけたり壊れかけたりする精霊術の陣を必死に維持しようとしていた僕は、耳元に響いた声にギョッとして肩を跳ね上げた。集中して維持していた陣は一瞬で瓦解して、霧散する。僕は自分の努力を一瞬にして無に還した声の主にじとーっとした目線を向けた。
「ルディ、急に大声出さないでよ」
「あー、ごめんごめん」
てへっ、と舌を出すルディに僕は口をつぐんだ。どうにも憎めないのだ。美人なのもあると思うけど、彼女のお気楽な性格がきっとそう思わせる部分もあるのだろう。
「それで、どうしたの急に」
「うん? あー、そうそう。 明日は、シラユキちゃん連れておいでよ!」
「え?」
何気なくそう言ったルディの言葉に、僕は目を見開いた。
それは、僕がルディと共にいるようになって初めての提案だったから。
僕は彼女の意図するところが分からずに首を傾げる。
「えっと? 一緒に精霊術を教えてくれるってこと?」
「うーん、それもいいかもだけどー。まあ、なんというか、別件かなー」
珍しく歯切れの悪い感じのルディである。普段から言葉足らずではあるけど。
「つまり、なんなのさ」
業を煮やした僕がルディに詰めると、ルディは苦笑いを浮かべながら答えを口にした。
「その、紹介したい人? がいるっていう、感じ?」
なぜ疑問。そんな疑問が生じるが、口に出かかるのを我慢した。
だけど、僕の疑惑のような視線に耐えられなくなったのか、ルディは観念するように答えを口にした。
「うー、なんかグー君とシラユキちゃんを連れて来いっておば……、人がいるのよ!」
言いかけた言葉を追及はしない。なんとなくルディがその人に対してどう思っているのかが分かった気がした。
「えっと、そうなんだ?」
「うん!」
「ちなみにその人は誰なの?」
「ぼくの旧知の人? って感じ?」
「……人なの?」
「人間種ではないねー」
あはははは、とルディが笑う。
「まあ、ともかく、ちょっとめんど……、ごほん。二人に会いたいって人がいるから、明日はノルン大森林に二人で来てね!」
「はぁ、うん、まあ。わかったよ」
胡散臭いルディではあるが、ここ1年一緒にいて彼女のことは信用している。
僕は、続き行ってみよー、と騒ぐルディに苦笑しながら、再び精霊術の陣を作り出すのだった。
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