第21話 紛糾する会議
ザンザス王国王都ドドネの中心に座するオリュンポス宮殿。
王国において最も尊さ存在であるザンザス王族の住まいであり、政治の中心である。
かつては城塞都市の名に違わずこの宮殿自体も城砦としての側面を持つ無骨な造りであったが、時代を経るに従って見た目や居住性が重視されるようになり、現在のような幻想的で洗練された外観へ変化したという経緯がある。
そんな宮殿の一室、計二十人以上は座れるであろうロの字型の長テーブルが置かれた会議の間にて軍服姿の屈強な体格をした男たちが集まっていた。
服装から分かるように男達は軍人だった。年齢に振れ幅はあるものの全員が将校クラスであり、陸軍、海軍、空軍、統合参謀本部の幹部らが勢揃いしている。
ほぼ全員が男であり、軍人独特の
そんな男臭さの充満した室内に一輪の花とでも言うべき見目麗しい少女がいた。
それは上座の席に座ったアストレアだった。
いつもは朗らかで気さくな印象を見せる彼女だが、この場においてはそんな少女としての姿はなく、代わりに軍人としての佇まいを感じさせる厳粛な空気を醸し出していた。
女性用に改良された軍服を華麗に着こなしており、そこらの将校よりもずっと様になっている。
「ではこれより、先のセスペデス共和国との戦争の講和条約締結に関する会議を始めます」
そこへよく通る女の声が室内に響き渡る。
だが、それはアストレアのものではなく、その隣にいる妙齢の女のものだった。
ここに咲いたもう一輪の花。この場で唯一軍服を着用してないもののその痩躯から溢れ出る貫禄はアストレアや将校たちのものとは比類にならないほどに満ち満ちている。
その女帝と称するに相応しい在り方は威厳とは豪奢な服装や恵まれた体格などではなく、内面から現れるものだと示しているようだ。
流れるような銀髪に蒼穹をそのまま押し込めたかのような青の瞳が目を引く容姿の美女であるが、その顔立ちはどこか隣のアストレアの面影を感じさせる。
それもそのはず。この人物がヴィーナス・ジュノン・オブ・ザンザス。アストレアの母親であり、このザンザス王国を統治する女王だ。
「ではまず、共和国側が提示してきた講話の条件を」
「はい」
ヴィーナスの催促に短く返事したのは黒髪に黒衣を着込んだ顔半分を覆う大きな眼帯が特徴の知的な雰囲気を漂わせる男。
名前はユリシーズ・レオポルド・オブ・ブラック。アポロに次ぐ統合参謀本部のNo.2である副総長の位にある王国最高の軍師である。
彼は懐から講話条件の書かれた紙を取り出すと感情を覗かせない声色でその内容を淡々と読み上げた。
「何だその内容は!」
「ふざけているのか!」
「我々を舐めているとしか思えん!」
内容を聞き終えた途端、将校たちは堪忍袋の緒が切れたとばかりに共和国への罵詈雑言の文言を口々に吐き散らす。
大の大人がみっともない姿を晒しているが、こうなるのも仕方ないとアストレアは感じていた。
そもそも国家間の決め事というものは会談場を設けて、双方が膝を突き合わせた上で行うものだ。
それを共和国は一方的に文書を送り付けてきたのだから外交マナーを無視した無礼な行為と言わざるを得ない。これではまるで無条件降伏の通告だ。
共和国の暴挙は更にこれだけに止まらなかった。
肝心の講和条約締結の条件だが、賠償金に加えて王国領の一部割譲、そしてアストレアをはじめとする戦争責任者の身柄の要求など王国にとって不利な――到底受け入れることの出来ない主張ばかり突きつけてきたのだ。
こちらの神経を逆撫ですることが目的としか思えない要求の数々。
これで怒りを覚えないのであれば感情が欠落しているに違いない。
「静粛に!」
その罵声の数々がたった一つの声によって掻き消された。
声の主――ユリシーズは静かに一同を睥睨すると、
「皆様方のお怒りは尤もなものでございますが――ご静粛に。女王陛下の御前であられるのですよ」
他人のふり見て我がふり直せ。ユリシーズの落ち着いた振る舞いに将校らは自分達の姿を顧みると恥じらうように目を伏せ、閉口した。
「聞くまでもないでしょうが、この条件を受け入れるべきだという方はいらっしゃいますか?」
ユリシーズの念置きした問いかけに男たちは愚問とばかりに沈黙で否と答えた。
「皆様は戦争の続行を望まれるということですね?しかし、そうなると問題が生じてきます。現在の我が軍には戦争を継続出来るだけの物資がありません」
戦争は国家の全てを食らう虫だ。金も、人も、物資も何もかもを食らい尽くす。金食い虫どころの騒ぎではない。悪食の獣と称するのに相応しい。
このいずれが欠けても戦争を行うことは出来ない。獣を飼い慣らすにはそれ相応の
「よって、我々統合参謀本部としては皆様の戦争続行を認めるわけにはいきません」
戦争続行の拒否。それをいとも冷淡に言い切ったユリシーズに思わず絶句する一同だったが、すぐに硬直が解けると非難の言葉を浴びせる。
「何を言っているのです!」
「臆病風に吹かれたのかブラック中将!」
「ブラック中将!我々がここで戦わなければ――」
「統合参謀本部の役目は」
だが、それらの糾弾はユリシーズの一声によって再度、沈黙に帰した。
「戦線で闘う者たちを勝利へ導くことです。勝算がないにも関わらず戦地に向かわせるのは極めて無責任な行為であり、忌むべきことです。それとも貴方がたは若者らに無駄死にしろと仰っているのでしょうか?」
そう冷たい視線で投げかけられ、身を縮こませる将校たち。
戦争というのは年寄りが始めて、若者が駆り出されるものだと相場が決まっている。
ユリシーズはまだ四十八歳と若輩の身であるが、軍を指揮する立場の者として多くの者の命を預かっているという自覚を強く持っていた。
意地や見栄など何の足しにもならない。真に重視すべしは過程の先にある結果なのだ。
「だが……こんな要求を受け入れることなど……」
「この要求をそのまま受け入れるとは言っていません。今後は共和国側と交渉を重ね、譲歩を引き出させることが最重要事項となるでしょう。我々軍人の役割はひとまず終了です」
と、口では言ったもののユリシーズは確信していた。
共和国が交渉のテーブルに着かないであろうということを。
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