23 リズムに乗って
23 リズムに乗って
それから僕たちは、みんなでサンドイッチを食べる。
他の人たちにはありふれた差し入れみたいだったけど、僕にとっては生まれて初めてのごちそうだった。
グッドマックスにいた頃は、正規メンバーが食べたあとの残り物しか食べさせてもらえなかった。
そんなだったから、ママリアさんの手作りサンドイッチをひと口食べたときは、「おいしいーっ!?」と絶叫してしまった。
それは生きてて良かったと思えるほどのおいしさで、僕は大興奮していたけど、ふと
僕だけが、こんなにおいしいものを食べていいのかな……。
「どうされました、ボンドさん? ハラペコさんは弱虫さんといいますから、たくさん召し上がってくださいね」
僕は罪悪感に支配されかけたけど、地上に降りた天使の一言で再び奮い立つ。
そうだ! ハラペコじゃ、みんなを助けにいけない!
いっぱい食べて、みんなを助け出して……一家揃って、もっといっぱい食べるんだ!
サンドイッチやスープは100人前は量があったので、たくさん食べても余るかと思ったんだけど、ぜんぶ食べ尽くされてしまった。
親方やエイトさんはかなりの大食漢でモリモリ食べてたんだけど、それを遙かに上回る、意外な伏兵がいたんだ。
それは意外にもレインさん。
レインさんは顔色ひとつ変えず、サンドイッチ30人前、スープ30人前をひとりで平らげ、サラダやケーキも半分以上食べてしまった。
聞くところによると、レインさんは胃袋がふたつあるらしい。
しかしこれは珍しい体質ではなく、フォールン人は身体の部位や臓器が複数ある人がけっこういる。
尋ねたわけではないけど、おそらくエイトさんもそうだ。
エイトさんは人間の耳のほかに、もうひとつの耳が頭の上にあるのだと思う。
なにか聞きつけると犬科の動物の耳みたいに髪が動くし、地獄耳なのがその証拠だ。
たったそれだけの違いでしかないのに、外の世界の人たちは僕らフォールン人を気味悪がっている。
そんなバケモノじみた生き物が生み落とされるなんて、やっぱりフォールンランドは忌み地なんだと口々に言う。
そのためフォールンランドから脱出したフォールン人は、自分がフォールン人であることを隠して生きているらしい。
それはきっと生きづらいことだと思うんだけど、でもこのフォールンランドで暮らし続けるよりはずっと幸せだろう。
僕もいつかきっと、この忌み地から抜け出してみせる。
決意もあらたに休憩を終え、親方に再びエンチャントをする。
作業は下準備が終わり、いよいよ本格的な武器づくりが始まった。
「よし! レインの小僧がより分けたダマスカス鋼を火床にかけろ! 双剣用と強化用、それ以外で分けて延べ棒を作るんだ! その間に、グリップの準備も忘れるな! とっておきのヘルシャークの革と、柄頭用の宝石を出せ!」
親方はハンマーを振るい、汗を迸らせながら指示を飛ばす。
職人たちは大忙しで、工房内を行ったり来たりしていた。
ママリアさんは職人たちの汗を拭いたり、水を差し入れたりしている。
エイトさんは工房のど真ん中に陣取り、ドラムのように配置した金属の皿をスティックで打ち鳴らしていた。
「おい、やかましいぞ小僧! ガキの遊びならよそでやれっ!」
「やかましいのはテメェだろうが、このクソハゲオヤジ! せっかく俺様のドラムテクを披露してやってんだから、黙って働きやがれ!」
「そんなの誰も頼んでねぇだろうが! 邪魔だから、さっさと出てけ!」
「へっ、そうかい。ならボンドの野郎も引き取らせてもらうぜ。ボンドは俺様のペットなんだからな」
「なんだとぉ? それならワシのほうに権利があるぞ! 小僧がしている首輪はワシのもんだからな!」
エイトさんと親方は完全にケンカ腰になっている。
なぜか僕をめぐって争いはじめたので、ふたりの間に割って入った。
「ちょっと待ってください、僕は誰のペットでもないですよ!? それに、いまはケンカしてる場合じゃないでしょう!?」
しかし、ふたりとも口で言ってわかるようなタイプではないから、このままじゃ殴りあいは必至だ。
といってもエイトさんは殴れないようだから放っておいてもいいんだろうけど、それだとますますこじれるような気がする。
僕は頭をフル回転させ、グッドマックスにいた頃のトラブル経験をもとに解決策を探した。
「そうだ! リズムに乗って仕事をしましょう!」
僕の提案に、「リズムだぁ?」と顔をしかめる親方。
「武器工房の仕事はふたり以上で行なうものがほとんどで、ふたりの息が合っていないといけませんよね。それだけじゃなく、各パートとの連携も重要です。連携が取れていないと余計な待ち時間が発生したりして、品質にも悪影響が出るものです。鉄は熱いうちに打てって言いますからね」
「う~ん、そりゃまあ、そうかもなぁ……」
「そこでエイトさんにリズムを取ってもらって、そのリズムに乗って仕事をするんです! リズムで息を合わせ、リズムで連携を取るんです!」
親方は「そんなにうまくいくわけが……」と懐疑的だった。
でも僕が拝み倒したら「1回だけだぞ!」としぶしぶ付き合ってくれた。
試験的に、エイトさんのドラムソロをBGMにしての作業が始まる。
エイトさんの刻むリズムにあわせ、職人たちが足を踏みならしながらハンマーを振り下ろす。
すると打楽器のような澄んだ金属音が、イントロのように室内に響いた。
ダマスカス鋼の延べ棒を前に、横一列にならんだ職人たちが揃った動きで打ち慣す。
火花が次々に弾け、ピアノの鍵盤に指を滑らせたような軽快な音が流れていく。
焼けたダマスカス鋼が水に浸けられた音は、さながらシンバルのようだった。
それまでは無秩序で、ただのノイズでしかなかった作業音。
しかしいまは組み合わさり、ひとつの音楽のような音色を奏でていた。
小馬鹿にしたように眺めていたシトラスさんも、気づくと立ち上がって肩を揺らしている。
「なんか酒場みたいでいいじゃん! 今夜は踊れなくてムシャクシャしてたんだよねっ!」
ジャラシを振られた猫みたいに飛び出てきたシトラスさんが、フリンジをなびかせ踊りまくる。
その情熱的なステップに、負けじと応えるエイトさんと職人たち。
ママリアさんのニコニコ手拍子も加わって、セッションはさらに盛り上がりを見せた。
リズム大作戦は大成功。
盛り上がれば盛り上がるほど作業はハイピッチで進んだので、パーティさながらの大騒ぎが夜明けまで続いた。
無駄な動きをしているので本当ならとっくにダウンしててもおかしくないはずなんだけど、みんなノリノリ。
僕も身体はクタクタだったんだけど、疲れすぎて逆に眠くなくなるみたいな、へんなハイテンション状態だった。
「よおしっ! それじゃあコイツで最後だっ!」
親方が水槽の前に立ち、磨き終えた剣を振り上げた。
エイトさんが、待ってましたとばかりにドラムスティックを掲げる。
そのふたつは息もピッタリに、同時に振り下ろされた。
……じゃーーーーんっ!!
その音はたったふたつだったけど、オーケストラのフィニッシュのように盛大に響き渡る。
水槽から上げられた剣は、生まれたばかりの赤ちゃんの産声のごとく、これでもかと黒光りしていた。
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