15 回り道
15 回り道
「もう起きても大丈夫なんですか?」
「あ……ありがとうございます。ええ、もう大丈夫です」
「それはよかった。あ、そうそう、ところでネコを見ませんでしたか? 白くてふわふわのネコです」
「ネコですか? いえ、見てませ……あっ!? そ、そうだ、もう行かないと!」
ロートルフさんは不思議な雰囲気の人で、つい言葉に耳を傾けそうになってしまう。
僕はこんなことしてる場合じゃないのに!
しかしロートルフさんは、僕を通せんぼするように立ち塞がっていた。
「ど……どいてください! 僕には行かなきゃならないところがあるんです!」
アウトゾンデルックのことを言うと止められそうな気がしたので、僕はわざとぼかした。
「奇遇ですね、私も行かなきゃいけないんですよ。朝一番に『ワールドウエイト』に顔を出すよう呼び出されてましてね」
『ワールドウエイト』というのは、世界の主要国で構成された国際機関のこと。
忌み地であるフォールンランドを管理し、邪悪な瘴気や送り込んだ罪人が流出しないように監視しているらしい。
そしてフォールンランドを流刑地やゴミ捨て場として利用しているかわりに、食糧や人材などの支援を行なっているそうだ。
フォールンランドにも国王はいるけど、おおやけの場でも傀儡と呼ばれるほどの立場で、お飾り以上の役割はない。
国内の行政や治安維持、ギルドの管理などはすべてワールドウェイトの下部組織が行なっている。
そのためワールドウエイトからの呼び出しは、実質的な国王からの召喚に等しい。
僕は玄関扉のそばにあった柱時計を確認して、他人事なのに顔を青くしてしまった。
「も……もう夕方ですよ!? 大遅刻じゃないですか! こんなに遅れたら、大変なことになるんじゃ!?」
僕が当事者だったらチビってたかもしれない。
でもロートルフさんは、散歩で飼い主を待たせている飼い犬のようにノンビリしていた。
「向こうは大変なことになってるかもしれませんね。でも私も大変なんですよ、ネコが見つからなくて……」
「ネコなんて探してる場合じゃないでしょう!? 急がないと! どうして身支度すらしてないんですか!?」
「なんで急ぐ必要があるんですか? 用があるのは向こうなんですよ?」
「い、いや、相手はこのフォールンランドのギルドを管理してるんでしょう!? 呼び出しに応じなかったりしたら、ギルドにペナルティを与えられるかもしれないじゃないですか!」
「そうなんですか? ボンドくんは詳しいんですね。でも、たしかにペナルティもあるかもしれませんね」
僕は部外者なのに、あまりに危機感のないロートルフさんについ地団駄を踏んでしまった。
「だったら急ぎましょうよぉ! なんでそんなにノンキなんですかぁーーーーっ!?」
これだけ言っても、ロートルフさんはちっとも慌てる様子がない。
アゴをさすりながら「う~ん」と考えるような素振りを見せると、
「『急がば回れ』って言葉があるじゃないですか。急いでいる時ほどゆっくりしたほうが、いい結果が出るもんなんですよ」
この期に及んでさらにノンキなことを言いだしたので、僕は毒気を抜かれてしまう。
「そ……そうでしょうか?」
「ええ。回り道していたら、着く前に問題が解決しているかもしれませんしね。それに人間、ひとりじゃないんです。誰かがなんとかしてくれますよ」
「誰かがなんとかしてくれるって……。そんな都合のいいこと、そうそうあるわけが……」
「現にボンドくんがこうやって、私を急きたててくれてるじゃないですか」
「いや、だってそれは……!」
後ろからぱたぱたと足音がした。
振り向くと、メガネにふわふわ髪でメイド服姿の小柄な女の人が、息を切らしながら走ってきている。
「ギルド長さぁん~っ! たいへんですぅ~っ!」
「ああ、ミス・ケアレスさん、どうしました?」
「ワールドウエイトさんから使者さんがお見えになりましたぁ! いつまで待っても来ないから、迎えに来たっておっしゃってま……きゃんっ!?」
ミス・ケアレスさんと呼ばれた人は何もないところで躓き転んでいた。
でも、転んだ先にはいつの間にかロートルフさんがいて抱きとめている。
ロートルフさんは僕に向かって「ほらね」みたいな顔をした。
「慌てなくても、誰かがなんとかしてくれるものなんです」
ロートルフさんはそのまま、ミス・ケアレスさんに背中を押されて去っていく。
しかし、途中でいちどだけ振り返ると、
「それでもひとりで行くって言うなら止めはしません。でもいちどくらい、回り道してみたらどうですか?」
「はっ?」
それは、思いも寄らぬ提案だった。
虚を突かれたように立ち立ち尽くす僕に向かって、ロートルフさんはエントランスの片隅にある通路を示す。
「あっちの廊下を進むと部屋があります。そこを抜けた先にある勝手口から出てみるのがオススメですよ」
僕は「はぁ……」と生返事を繰り返しながら、ロートルフさんとメイドさんの背中を見送っていた。
ロートルフさんは、いったいなにが言いたかったんだろう……?
しかし僕の足は自然と、玄関扉ではなく通路のほうに向いていた。
いまは一刻も早くアウトゾンデルックに行かなきゃいけないんだけど、ロートルフさんの言葉の意味を、どうしても確かめたくなってしまったんだ。
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