13 グッドマックスの武器工房
13 グッドマックスの武器工房
僕は困っている人を見ると放っておけない性格で、お人好しすぎるとまわりから言われる。
ズルス班長からは、お前みたいなヤツはさんざん利用されて真っ先に死ぬんだとバカにされ続けてきた。
確かにそうかもしれない。僕は損な役回りを自分からすすんで買って出ているのかもしれない。
でもしょうがない、これが僕なんだ。
僕がグッドマックスに入ってまだ1年も経っていない頃、当時は副班長だったズルス副班長から、使い終わった装備を武器工房に運ぶ仕事を言いつけられた。
クエストで正規メンバーが使った武器や防具というのは、武器工房でメンテナンスされる。
武器工房はギルドの裏庭にあり、荷車で大量の装備を運んだ僕を待っていたのは、いかつい親方や職人たちの渋面だった。
「チクショウ、またこんなにダメにしちまったのかよ!」
「どうせ荒っぽい使い方したんだろう! 修繕させられるこっちの身にもなってみろってんだ!」
「すいません、明日またクエストですので、それまでに修繕をお願いしたいそうです」
「徹夜しろってのかよ、ふざけんな!」
「冒険者だからって偉そうにしてんじゃねぇぞ、やっちまえ!」
ズルス副班長は目下の者には強く、ギルド職員たちを遊び半分で蹴り散らしていた。
親方や職人たちはその被害にあっていて、日頃の鬱憤がたまっていたのか、僕は袋叩きにあってしまう。
よってたかって罵詈雑言と蹴りを浴びせられながら、僕は親方にすがった。
「お願いします! ど……どうか、修繕をしてください! 僕も手伝いますから……! 明日はズルス副班長にとって、とても大事なクエストがあるんです!」
すると、親方の蹴りが止まった。
「大事なクエストだとぉ……?」
「はい、班長昇進がかかってるみたいなんです!」
すると親方はニタァと笑う。
それが、なにかを企むような最低の笑顔に見えたのは、僕の見間違いだろう。その時はそう思った。
「そういうことなら、張り切ってやらねぇわけにはいかねぇなぁ……! よぉし、ザコ1号、お前も手伝えや!」
「は……はいっ! ありがとうございます!」
僕は思いが通じたんだと嬉しくなって、親方の鍛冶仕事をいっしょうけんめい手伝った。
だってこれこそが、僕の求めていたものだったから。
普段は不満を口にしていても、いざ大事な局面を迎えたら全力を尽くして助ける。
それこそが、仲間だと思っていたから。
僕が親方にエンチャントをしたおかげか、ズルス副班長の剣はいつも以上に立派なものになる。
その仕上がりに、親方は大満足だった。
「ザコ1号、お前、気に入ったぜ。お前を専属のアシスタントにしてやるよ。班長連中が大事なクエストをやるときは、必ず俺に言うんだぜ。最高の剣を作るために、手伝わせてやっからよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ただし、このことは班長連中には言うんじゃねぇぞ、もちろんズルスにもな」
「えっ、どうしてですか?」
親方は「そりゃあ……」と言い淀んだあと、
「そういうの、なんだかこっぱずかしいじゃねぇか」
普段は怒鳴り散らしてばかりの親方が照れているのはなんだか新鮮で、僕はこのことはナイショにすると約束する。
それから僕はできあがった剣を大事に抱え、ズルス副班長に真っ先に届けに行った。
「おはようございます、ズルス副班長! すごいですよ、この剣を見てください!」
その仕上がりに、ズルス副班長も大満足だった。
「ほう……武器工房のヤツら、今回はいい仕事をしたな。普段から調教してやった甲斐があったぜ」
『調教』……。
ズルス班長は、自分より下だと思った人をとことん見下すクセがある。
親方がどんな思いでこの剣を仕上げたかと思うと心が痛んで、僕つい言ってしまった。
「調教だなんて言い方、やめてください! 親方はズルス副班長が昇進クエストだって知ったら、いつも以上に腕によりをかけてくれたんですよ!」
すると、ズルス副班長の笑みが消えた。
「……おいザコ1号、テメェ、武器工房のヤツらに班長昇進クエストのことを話したのか?」
「はい! 親方は文句を言っていても、ズルス副班長のことを仲間だと思っているんです!」
しかしズルス副班長はそれっきりいつもの仏頂面に戻り、無言で武器工房へと向かおうとする。
なんだか心配になったのでついていこうとしたら、
「ザコ1号、テメェは後から来い。そうだなぁ、10分したら来てくれるか」
僕はその命令の意味がわからなかったけど、とりあえず言われたとおりにする。
しかし、この判断は間違いだった。
僕が武器工房を再び訪ねたのはきっかり10分後。
そこには、自分の判断を一生後悔してしまうほどの光景があったんだ。
親方が、ちいさくなった肩幅を押えてうずくまっている。
広がっていく血だまりの上に、ズルス副班長が立っていた。血塗られた剣を、だらりと垂れ下げたまま。
「なぁんだ、けっこう斬れるじゃねぇか……!」
親方は血の涙を流しながら、ズルス班長を睨みあげる。
「ぐっ……ま、まさか、あのガキがっ……!?」
「ああ、ザコ1号が教えてくれたぜぇ。テメェ、俺様が昇進クエストってのを知ってたんだってなぁ?」
「あのガキ、余計なことをっ……! せっかく、使えると思ったのにっ……!」
「そうか、ナマクラに加工されてるのに切れ味が良さそうに見えるのは、エンチャントのおかげかぁ。そうかそうかぁ、見た目は最高の仕上がりだったから、ザコ1号が教えてくれなきゃ危うくそのまま持って行っちまうところだったぜぇ」
僕は、ふたりの前で立ち尽くしていた。
「……ズルス副班長が昇進クエストだって知って、わざと剣をナマクラに加工してたんですか……? そんな……なんで、そんなことを……?」
親方は「へっ」と吐き捨てる。
「コイツにはさんざん蹴られてきたんだ、そんな足は引っ張って当然だろうが。昇進クエストなんて、またとない仕返しのチャンスだったのによぉ……!」
昇進クエストは、普段よりも強いモンスターと戦わされることになる。
万全の装備で挑まなければ達成すら危ういのに、ナマクラな剣なんて持ち込んだらどうなるか……。
「まずは、ズルスとオサラバして……そのあとでお前をさらに利用して、いまの班長連中を少しずつあの世に送ってやって……。ゆくゆくは、俺にとって都合のいいヤツを班長に据えるつもりだったのによぉ……!」
親方の告白を、最後まで聞くだけの気力は僕にはなかった。
気づくと目の前が真っ暗になっていて、工房の床にへたりこんでいた。
「そん……な……。仲間の足を……平気で……引っ張るなんて……」
それは僕にとって、まったく理解の及ばない考えだった。
不意に髪がわし掴みにされ、無理やり上を向かされる。
目の前には、邪悪なゆりかごのように揺れる、ふたつののどちんこがあった。
「テメェのおかげで、俺様を目の敵にしてるクソ野郎が1匹あぶり出せたぜ。このナマクラ剣をギルド長に見せてやりゃ、クソ野郎はお払い箱だ。まあ、鍛冶どころかテメェのケツも拭けねぇ身体になっちまったから、追い出されるのは時間の問題だけどな」
「それと……」と続けるズルス副班長の顔が、エイトさんとだぶる。
「テメェは今日から、俺様のペットだ……!」
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