第81話 魔法都市ヴィルガイア③

 幼少期、自分の感じているものが魔力なのだと初めて知った時。

 アルバスは思った。


 


 その存在は、遥か遠い

 通常、魔力は距離が離れるほどに感知しづらくなる。

 しかしその膨大な量の魔力ゆえに。

 どれほど離れていても、アルバスには感じられてしまうのだ。


 ……あれは、一体何なのだろうか。


 ずっと、アルバスは疑問に思い続けていた。

 天国か。地獄か。

 あるいは生命の根源と呼ばれるものか。

 アルバスには、何一つ分からなかった。


 アルバスが幼年学校に入学し、卒業するまでの間も。

 その存在は、変わらず在り続けた。

 それどころか少しづつ、その魔力を増やし続けていた。


 そして、幼年学校の卒業論文の作成過程で。

 アルバスは、魔力がヒトの死によって生じるものだということを知った。

 魔術の行使や魔物の存在によって、消失するということも。


 ……だとしたら。

 その時アルバスは、一つの考えに思い当たった。


 ――あそこにはもしかしたら、魔術や魔物のない、ヒトだけが住む世界があるのかもしれない。


 思いついた時、アルバスは、きっとそうに違いないと思った。

 少なくとも天国や地獄なんてものよりは、理解できる。

 こうして、この世界に自分達が生きているのであれば。

 それがもう一つあっても、おかしくはないだろう。

 アルバスは、そんな風に考えるようになった。


 しかし、その考えは、長く明かせずにいた。

 最初に両親や友人に話して、一笑に付されたからだ。

 話したことで、アルバス自身の信用も目減りしてしまった。


 もう、そんな愚行は犯すまい。

 アルバスはそう決めていた。

 だがその魔力の塊は。

 依然として、アルバスの感覚にその存在を訴え続ける。


 誰にも言えない、圧倒的なエネルギーを持つ存在。

 アルバスは幼少期からずっと、自分一人でその存在に悩まされてきた。

 そんな状況に、ずっとストレスを感じていた。

 そして――。


「あのな、実は俺たちの住んでるこの世界の他にも、もう一つ世界があるんだ」


 その日。

 打ち明けた。

 誰にも話さなかった、その秘密を。


 エドワードは確かに、自分の論文を認めてくれた。

 しかしそれは、この世界で経験できる事柄の範疇だ。

 その在り方についてなら。

 矛盾を指摘できない以上、自分の説を推してくれることもあるだろう。


 しかし、この話は全く別だ。

 自分の感覚以外に、その存在を示すものなど何もない。

 まさしく、妄想と変わらない類のものなのだ。

 打ち明けた直後、アルバスは不安に思った。

 エドワードからも、かつての友人たちのように、距離を置かれるのではと。


 しかし、その心配は杞憂だった。

 エドワードは、あっさりと信じた。

 アルバスの卒業論文を認めた時と同じように。

 面白そうなものを見つけたという顔をして。


 そして。

 話を聞き終えたエドワードは、ふと思いついたように言った。


「……なぁ、その世界ってのはさ、魔力を必要としてないんだよな?」

「ああ。俺の感覚が正しければな」

「お前の感覚は正しい。

 それはもう前提として扱おう」

「……じゃあ、そうだ。

 ヒトは存在するが、魔力が使用されない世界だ」


 その言葉に、エドワードはニヤリと笑う。


「だとしたら――」


 エドワードは、アルバスの肩を掴んで言った。


「その魔力、こっちに持ってこられないか?」


 その言葉から、全てが始まった。



 ―――――



 統一歴1731年。

 レオナルドが生まれてからひと月後。

 エドワードは城の地下室に、完成したばかりの転移魔術の魔法陣を描いた。

 この部屋はもともとは王の避難用に作られたもので、入り口は隠し扉になっている。


 実験はこの場所で、秘密裏に行うことにした。

 完成した転移魔術を公開するには、まだ時期尚早だと考えたからだ。

 公開することで生じる諸問題に対応する時間がもったいない。


 遠い世界の膨大な魔力を、こちらの世界で利用する。

 それが成功すれば、魔族との戦争を終結させうる力になるはずだ。

 そのために、とにかく最短距離を進む。


 そして、そのための下準備が、昨日完了した。

 転移魔術だけがあっても、エドワードの目的は果たされない。

 目的達成のためには、向こうの魔力をこちらで利用できる必要がある。

 難航するかと思ったが、意外にもあっさりと方法は見つかった。


 この世界の魔力にも、濃淡が存在する。

 魔力を濃い場所から薄い場所へと移動させる研究は、すでに存在していたのだ。


 ある魔法陣を物体に描き。

 それを魔力の濃い場所にしばらく置いた後、薄い場所へと移動させる。

 それだけで、魔法陣が導管としての役割を持つようになり、濃い場所の魔力を利用できる。

 そのことが、過去にすでに証明されていた。

 こちらの世界では魔力濃度の差は大きくないため、それほど有用ではなかった研究だ。


 しかし、今回の実験に関しては非常に大きな役割を持つ。

 つまり。

 あちらの世界に、魔法陣を描いた何かを送り込み。

 しばらくしてから、こちらの世界にそれを戻す。

 そんな簡単な方法で、膨大な魔力をこちらで利用できるようになるのだ。


 ――準備は、全て整った。




「……いよいよ、今夜だ」


 城の一室で、エドワードはつぶやいた。


 時刻は夜。

 今日の仕事を全て終わらせ、あとは決行を待つのみとなった。

 もう少ししたら、アルバスが訪ねてくることになっている。


「……ふぅ」


 少量の酒を煽り、一息つく。

 研究ばかりだったエドワードの人生に。

 最近は、嬉しいことが続いている。


 レオナルドは無事に生まれた。

 親の欲目かもしれないが、マリーに似てとても愛らしい容姿をしている。

 きっと成長したら美形になるに違いない。

 生まれて数日で髪も生えてきて、その可愛さをさらに押し上げていた。

 髪の色はダークブラウンで、自分と同じ色だ。

 日々変化する我が子が、いとおしくて仕方がない。


 そして。

 今日はついに、10年以上の歳月を捧げた研究の集大成だ。

 成功すれば、これまでよりも遥かに効率よく、より強力な魔術を使えるようになるはずだ。

 それによって、魔族との戦争に終止符を打つことができる。


 再度、酒をグラスに注いだ。


 気がはやる。

 酒で気を紛らわせなければ、一人で今すぐに決行してしまいそうだ。

 それではアルバスに申し訳が立たない。


 これほどに幸せな時間は、これまでの人生で味わったことがなかった気がした。

 そしてあとわずかの時間で。

 今を超える、人生最高の瞬間が待っている。


 キラキラと光る、酒の波紋を眺めながら。

 エドワードはこの時、そう信じて疑わなかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る