第74話 告白イベント③

 エミリーの衝撃の告白から、2日が経過した。

 もはやこの里でやることはない。

 装備を整え、旅立つことにした。


 準備は万端だ。

 もうしばらくで、出発の時間になる。

 出発は長老をはじめとして、カヤレツキやクリスの生徒たちが見送りに来てくれる手はずになっている。


 あの後、エミリーとはうまく話せずにいた。

 目が合うとお互いに顔が赤くなって、何も話せなくなってしまうのだ。

 朝と夕の食事くらいしか顔を合わせる機会はないから、それほど支障はないが、当然違和感を感じるやつが出てくる。


「……なぁハジメ。

 最近エミリーと何かあったのか?」


 ドキィッ!

 ……と音がしそうなほど、俺の心臓が跳ねた。


「いっ、いっ、いや?

 何もないけど?

 何?

 なんかおかしいか?」


「その態度が既におかしいが……」


 朝食後、エミリーが出て行った後、クリスが聞いてきた。

 はぁ、と、クリスはため息を吐く。


「一体どうしたというのだ?

 2日前に飲んだ時は普通だったじゃないか。

 明らかに、あの後から態度がなんだかよそよそしくなってるぞ。

 私が眠った後、何かあったんだろう?」


 鋭い。

 しかしここで白状するわけにはいかない。

 嘘をついて誤魔化すことにしよう。


「いやその、あの後ちょっとアイツと喧嘩してな。

 ちょっとしたことで言い争いになっちゃって。

 そのせいで少し、ギクシャクしてるんだ」

「……やっぱりそうか。

 そんなことだろうと思った」


 すごくクオリティの低い嘘だったが、クリスは簡単に騙された。


「しかしハジメ。

 もうすぐ離れ離れだというのに、このタイミングでそれでは、いささか寂しくはないか?

 どういう事情かは知らないが、ハジメだってエミリーを本気で許せないわけではないんだろう?

 旅立つ前に、仲直りしたらどうだ?」


「あ、ああ。

 ……そうだな、その通りだ。

 ちょっと、エミリーの所に行ってくるよ」


 ああ、胸が痛い。

 とにかくクリスとの会話を早く終わらせるために。

 俺はまた嘘をついて、家を出ることにした。



 ―――――



 家を出たものの行くあてもなく。

 適当に1人で時間を潰すと、出発の時間になった。

 クリスと一緒に荷物をまとめて、里の出入り口まで馬車で移動する。


 そこには既に、ギャラリーが集まっていた。

 長老やカヤレツキを筆頭に。

 多くのエルフ達が、俺とクリスを乗せた馬車を出迎えてくれた。

 その中にエミリーもいる。


 馬車を降りると、長老から挨拶があった。

 内容は俺達への感謝が主で、話の最後に贈り物をくれた。

 やたらと重い風呂敷だ。

 何が入ってるのかわからないが、後で見てみるとしよう。


 お世話になったエルフ達に、別れの挨拶を済ませた後。

 いよいよ見送りの段になって、俺とクリスのもとにエミリーが寄ってきた。


 しかしエミリーと目が合うと、また逸らしそうになってしまう。

 いかん。

 これでは同じことの繰り返しだ。

 クリスが期待した表情で、俺とエミリーを見ているのが分かる。


「エミリー、それじゃ、一足先に戻るよ。

 ……また会おうぜ」


 何とか、それだけの言葉を絞り出した。


「そ、そうね。

 また、会いましょう」


 エミリーは赤面しつつも、俺の目を見て頷いた。


「……どうやら無事に、仲直りできたようだな。

 いろいろあったが、この旅は本当に楽しかった。

 また必ず、3人で集まろう」


 クリスが満足げに微笑み、エミリーと握手をする。


「私も、すごく楽しかったわ。

 絶対に、また会いましょう」


 エミリーも嬉しそうに答え、しばしの会話を楽しんだ後。

 俺達は馬車へと乗り込み、帰路についた。



 ―――――



 行きと比べて、帰りは早かった。

 里長が、森の抜け道を知っていたのだ。

 その道を通ると、3日ほどで近くの街道に出られた。

 そこから最寄りの街までさらに3日歩き、その後は馬車で移動。

 計10日ほどで、トリアノンまで着いてしまった。


 トリアノンでは酒場に立ち寄り、あの店員に会った。

 俺達の帰還を喜んではくれたが、冒険者が返ってこなかった理由やエルフの里について話すと、半信半疑といった雰囲気だった。

 からかわれていると思ったのかもしれない。


 一応、エルフ達はこれから、人間とも繋がりを持とうとしているらしく、森に立てた目印はそのままでいいと言われた。

 そのうちエルフの使者がやってくると伝えても、やはり店員は半信半疑だった。



 トリアノンで一泊した後、馬車に乗ってアバロンへと帰った。

 1ヶ月ほどの道中だったが、特に問題なく過ぎていった。


 一度だけ魔物が道に現れたが、クリスが即座に切って捨てた。

 昔、ユリヤンと一緒に旅をしたときも、こんなことがあったなと、懐かしく思った。

 ユリヤンは、今頃何をしているだろうか。

 ふと、遠い友人に思いを馳せた。


 ちなみに長老に貰った袋を開けてみると、中身は金貨だった。

 かなり年代物でレリーフは摩耗してしまっているが、重さからすると純金製のようだ。

 売るところに売ればかなりの額になるだろう。

 ありがたやありがたや。


 すんなりと、アバロンに到着した。

 城壁の奥に、白亜の尖塔がのぞいている。

 相変わらず、アルシュタット城は美しい。


 宿を決めようとしていたら、クリスの家に誘われた。

 以前一度、クリスの家で食事したことがあり、家族とも顔見知りだ。

 せっかくなので、お邪魔させてもらうことにした。

 クリスの家族は皆、俺を歓迎してくれた。




 ―――――




 翌朝。


 俺はクリスの家を出た。

 もう、アバロンには特に用はない。

 街を歩けば懐かしくもなるだろうが、それよりも早く村に帰りたい。


 サンドラ村に手紙を送ろうかとも思ったが、届くのに1か月以上かかる。

 今から書いても俺の方が早く着いてしまうかもしれないので、辞めておくことにした。


「乗り合い馬車で帰るなら、ここからだと北門が近い。

 最寄りの乗合所まで案内しよう」


 そう言って、クリスがついて来てくれた。


 乗合所に着いて、出発時間を調べる。

 すると、一番早い馬車でも、小一時間ほど後だった。


「せっかくだから、喫茶店にでも入るか?

 おごってやるよ」


 ジャラリと財布を取り出しながら、少し尊大な物言いをしてみる。


「それはありがたい。

 お言葉に甘えるとしよう」


 クリスは、ややおどけた口調で同意した。


 出発の時間まで、そばにあった店で時間を潰すことにした。




 ―――――




「……こうしてると、出会ったばかりの頃を思い出すなぁ」


 対面のクリスを見ながら言った。

 こいつと出会ったばかりの頃。

 狩りの後で、反省会と称して二人で酒を飲んだものだ。


「確かに。

 あの頃は、キマイラを倒すために必死だったな」

「そうそう。

 クリスは今より張り詰めた感じだったし、俺も余裕がなかった気がする」


 思えば、このアバロンでの日々が俺の青春なのかもしれない。

 劇的に何かが変わったというわけではないが、なんとなくあの頃とは様々な考え方や感覚が違っている。

 アバロンの景色が身体に馴染んでいるが、それでいて少し色彩が薄れて感じるのも、この街に長く住んだことだけが理由ではあるまい。


 俺も歳をとった。

 大人になったということか。


「少し、寂しいな」


 窓の外を見ながらぼやいてしまう。

 アバロンに季節はない。

 景色は昔と変わらず、穏やかな陽気に包まれていた。


「……なぁ、ハジメ」

「ん?」

「ハジメは、アバロンに戻ってくることはあるのか?

 このまま離れ離れなんてことは、ないよな?」


 そう聞いたクリスは、不安そうな目をしていた。

 まるで捨てられた子犬のような目だ。

 珍しく、その瞳にいつもの力強さが宿っていなかった。


「……なに馬鹿言ってんだ。

 必ず戻ってくるよ。

 3人でまた会おうって、約束したろ」


 クリスの頭をポンポンしてみる。

 通報されかねない行為だが、この場、このタイミングならイケる、と俺の中の何者かが叫んでいた。


「ああ、そ、そうだよな……」


 クリスはどぎまぎしながらも、避けたりはしなかった。

 赤くなって俯いている。


 しかしクリスの髪はサラサラで、最高の触り心地だ。

 ほんのりいい匂いもする。

 嫌がられてないことに調子に乗った俺は。

 もう少しの間クリスの頭を撫でるために、適当なセリフを並べてみることにした。


「俺にとって、お前らはかけがえのない存在なんだ。

 絶対に、また会いに来る。

 もしそれまでの間に困ったことがあったら、すぐに連絡してくれ。

 絶対に、全速力で駆けつけるから」


 キラッと歯を光らせてスマイル。

 これでどうだ。

 頭を撫でるという行為が、ギリギリ自然になったはずだ。


「――好きだ」


 ……あれ?

 今なんか聞こえた気がする。


「ん? なんか言ったか?」

「好きだ。ハジメ」


 ……あれ?

 幻聴かな?

 なんだかデジャヴを感じる。

 つい最近、同じようなことがあった気がする。


 頭から手を離してクリスを見ると、本人もびっくりしたような顔をしていた。


「そう、だったんだ。

 私は、ハジメのことが。

 好き……だったんだ」


 クリスは、自分の気持ちを反芻するように繰り返した。


 ……待て待て。

 落ち着け。

 落ち着け俺。


 頭の中がいっぱいいっぱいになるから。

 エミリーのことは、村に着いてからゆっくり考えようと思ってたんだ。

 ひたすら、その出来事から目を背けつつ過ごしていた今日この頃。

 ここにきてまさか、クリスにも同じことを言われるとは。


 これはもしかして、モテ期ってやつか?

 フェロモンみたいのが出てたのか?

 やっぱり危険な旅を共にしたら、俺みたいなのでも魅力的に見えてきちゃうのか?


 ……って余計なことを考えている場合じゃない。

 どうするんだ、この状況。

 どうしたらいい。

 同時に2人の、それも超絶美人の女の子から告白をされてしまった。


 考えてみよう。

 もしも俺が転移なんてものに縁がなく、目的もなく普通にこの世界で暮らしていたなら。

 大喜びで、この状況を謳歌しただろう。

 じっくり考えてどちらかを選び、ゆっくりとさらに関係を深めて、幸せな人生を送ったことだろう。

 二人とも、とても魅力的な女の子だ。

 どっちを選ぶかなんてものは、現時点ではまったく考えつかない。

 だがそれだけを考えて生きるのであれば、いずれはどちらかを選ぶこともできるはずだ。


 しかし。

 俺には目的があるのだ。

 今は前向きな気持ちは沸かないが。

 だからといって放り出してもいいとは、到底考えられない。


 自分の存在、世界の存在に対する疑念というのは。

 少しずつ、精神を蝕んでくるのだ。

 最近は、かなり忘れていられたが。

 しかしそれは、原因究明のために前進していたからだ。


 立ち止まってしまえば。

 また自分の存在意義レゾンデートルの儚さに、鬱々とした感情が沸きあがってきてしまうだろう。


 転移魔術について手がかりを探しながら。

 どっちかを選ぶなんて、器用な真似はできない。

 何よりも。

 自分で自身のことを理解できていない、こんな状況で。

 誰かを愛することなんて、できるわけがないだろう。


「ハジメ……」


 思考のさなか、クリスに声を掛けられてハッとした。

 見ると、彼女は心配そうな顔でこちらを見ていた。


 俺は今、どんな顔をしていただろうか。

 クリスにしてみれば、人生で初めての告白だろう。

 クリスの気持ちは本当に嬉しい。

 だというのに、マイナスな思考を表情に出してしまっていたかもしれない。

 なんて愚かな男なんだ俺は。


「突然こんなことを言ってしまってすまない。

 大丈夫だ。

 私も今、自分の感情に気付いたくらいだからな。

 ハジメに返事を求めたりしない」


 クリスは少し悲しげな笑顔を浮かべて言った。


「どうやら私は、離れてしまうことに対する不安が強かったみたいだ。

 今まで、また会おうと言って死んでしまった冒険者を多く見てきた。

 ハジメもそうなってしまうんじゃないかと、怖くなった。

 同時に、それほど離れることを不安に思う理由がなんなのか、理解してしまって。

 つい、口をついて出てきてしまったんだ」


 クリスはバツが悪そうに頬をかいた。


「私のようなガサツな女から、こんなことを言われても困るだろう……すまない。

 いっそ、忘れてくれ。

 私なんかより器量のいい娘はいくらでもいるからな」

「違う!」


 思わず、テーブルを手で叩いた。

 クリスは驚いた顔をしている。


「違うんだ、クリス」

「……違う、って?」

「俺は、クリスに好きだなんて言ってもらえて、本当に嬉しいんだ。

 一切、困ってなんかいない。

 クリスみたいに綺麗で性格もいい子が、俺のことを好きになってくれるなんて。

 逆立ちしてもありえないと思ってたよ」


 エミリーに告白されたことは言うべきだろうか。

 ……いや、エミリーだって、思いを振り絞って言ってくれたんだ。

 仲間だからとむやみに話すのは、無神経だろう。

 代わりに、この告白もエミリーには伝えまい。


「……ただ、俺自身の問題なんだ。

 前に話した通り、俺はこの世界の人間じゃない。

 そして以前の世界でだって、両親が誰なのかも知らずに育ったんだ。

 自分が何者なのか分からない。

 この世界に来た理由も分からない。

 明日、目が覚めたら。

 これまでのことが全部夢だった、なんてこともあり得ると思って生きてるんだ。

 そんな不安定な人間が誰かを好きになっても、うまくいかないと思うんだ。

 だからクリスに魅力がないとか、そんな話じゃないんだ。

 むしろ、クリスはめちゃくちゃ魅力的だよ」


 思ってることを、包み隠さず言ってしまうことにした。

 クリスがくれた、俺にとっては宝物のような言葉だ。

 それを受け取っておいて、嘘をつくことなどできない。

 まぁ、嘘をつく理由もないが。


「そうか。

 ありがとう、ハジメ。

 おかげで私の自尊心は傷つかずにすんだよ」

「事実しか言ってないから、別に庇ったわけでもない。

 むしろ、俺の方こそありがとう。

 俺なんかを、好きになってくれて」


 自分を好きでいてくれる誰かがいるというのは、心があたたかくなる。

 この世界にも自分の居場所があるのだと、少しでも思える。

 二人には本当に、感謝しかない。


 外で、馬車が来たことを告げる笛の音が鳴った。


「……そろそろ時間かな」

「そうだな、行くとするか」


 立ち上がりかけたとき、クリスが言った。


「ハジメ、最後にこれだけは言わせてくれ。

 長い間一緒にいて。

 転移の件が、ハジメにとって非常に重要なのは承知している。

 自分の存在意義が見出せないでハジメが苦しんでいることも、薄々わかっていた。

 自己犠牲といえば聞こえがいいが。

 その中に自殺願望のかけらすら、感じられることがあった」


 その言葉に、内心でドキリとする。

 それが図星だったからだ。

 この世界でも、地球でも。

 俺は、自分が異分子であるという自覚をぬぐえずにいる。

 自殺願望とまではいかなくても。

 自身の価値を軽んじているようなところは、否めない。

 魔族の攻撃に迷わず突っ込めたのも、そんな感情が無意識にあったからなのかもしれない。

 もちろんエミリーを救いたいという気持ちの方が、圧倒的に大きかったとは思うが。


「でも、ハジメ。

 聞いてくれ。

 私は例えハジメが何者であれ、貴方のことが好きだ。

 それはハジメが、ハジメだから。

 その人が誰なのかを決める、最も重要なものは。

 生まれでも生い立ちでもなく。

 その人に関わった者なんじゃないかと、私は思うよ」


 そう言って、クリスは外へと歩いて行った。



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