第51話 中級魔術習得記念パーティー

 図書館で待っていると、エミリーがやってきた。


「場所を変えるわよ」


 俺にそう告げると、エミリーは図書館を出る。

 どこに行くのかと思ってついて行くと、校舎裏へとたどり着いた。

 エミリーと初めて会った場所だ。

 ちょっと懐かしい。

 彼女は壁を背にして、ため息をついた。


「……はぁ。まさかあそこまでとはね」

「俺もびっくりしたよ」


 本当にびっくりした。

 あんなものを生み出してしまうとは。

 カシルス畑を全焼させかけたときの反省を、全く活かせていない結果となってしまった。


「まぁ、怪我人がいなくて本当に良かったわ。

 さすがに怪我をした人がいたら、黙ってるわけにはいかないもの。

 私達は名乗り出て謝罪して、ハジメの異常性が公になっていたわね」


 全くだ。

 ……ん? 私達?


「俺が使った魔術だ。

 責任を問われるのは、俺だけじゃないか?」

「私もあなたの異常な魔力を知っていたもの。

 でもあんなことは想定してなかった。

 飼ってるカメムシの失態は、飼い主の責任でしょう?」


 なるほど。

 エミリーは俺の魔術の先生みたいなものだ。

 その自覚をエミリーは持ってくれていたらしい。

 言い方はひどいものだが。


「俺はカメムシじゃないしお前に飼われてもいない。

 ……けど、その姿勢には感謝するよ。

 ありがとう」


 ふいに、エミリーは視線を逸らした。

 心なしか、頬が赤い気がする。

 ……あれ? 照れてる?


「とっ、とにかく、ああいう結果になった以上、もう広場での練習は禁止ね。

 今後はアバロンを出て、誰もいない見晴らしのいいところでやりなさい」


 まぁ、そういうことになるな。


「ちなみにエミリーは、どうやって上級魔術を練習したんだ?」

「私は、夜に広場でこっそり練習したわ。

 まぁ私はカメムシじゃないし、すぐに規模を抑えられるようになったから、その後は普通に練習してたけど」


 そうかい。

 ……まぁもともとあの広場は、上級魔術の使用にも耐えられるように設計されているのだという。

 でないと学年が上の人達が困るだろうしな。

 だが俺が使うと怪しまれるので、使うわけにはいかない。


「じゃあこれからは、規模を抑えられるようになるまで街の外で練習か」

「そうね。

 ただ、いきなり休むと怪しまれるかもしれないから、少しずつにしときなさい」

「なるほど。そうしよう」



 こうして、俺はちょこちょこと学校を休んでは、アバロンを離れて南の方にある草原へと赴き、1人で魔術の訓練をする生活を始めた。


 草原に何度も火柱が立ち、たまに近くの道を馬車で通る人達に驚かれていた。

 しかし場所を毎回変えておいたおかげか、ギルドに調査依頼が来るようなことにはならなかった。


 術式の理解が深いからか、規模の操作は割と早くコツが掴め、1ヶ月程で習得できた。




 ―――――




「……と、いう訳で」


 ここは馴染みのバー。

 目の前には、俺の貴重な友人2人。


「どうしたんだ? ハジメ。急に呼び出して」

「どうしたのよ? この私を呼び出すなんて、いい度胸ね」


 クリスとエミリーが、それぞれの反応を見せる。


「本日は、中級魔術習得記念パーティーです!

 もう、好きに飲んじゃってくれ! ひゃっほい!」


 ……そう!

 できた時はアレなことになってしまって。

 あんまり実感が湧かなかったが、俺はついに、ついに中級魔術を習得したのだ。

 これで、はしゃがずにいられる訳がない!


「ハジメがそんなに明るいところを、初めて見たぞ。

 そんな一面もあるのだな。

 内省的で、奥ゆかしい人間だと思っていたのだが」

「根暗で卑屈なカメムシのくせにはしゃいじゃって、見てられないわね」


 2人とも、俺をネガティブ思考人間だと思っていたらしい。

 昔から暗いとか陰気とか言われてきたが、やはりこちらの世界でもそうなのか。

 ……だが、今夜の俺は一味違うぜ!


「普段のことなんて忘れろ!

 今日の俺はマジでテンション最高だぜ! いぇーい!

 今日はとにかく飲んでくれ! 俺の奢りだ!」


 早速酒を注文し、テーブルにグラスが置かれる。

 その1つを手に取り、立ち上がる。


「……おほん。

 俺は、この日のためにずっとやってきたんだ。

 サンドラ村から出てきて。

 冒険者をして金を稼ぎ。

 死にかけたところをクリスに救われ。

 稼いだ金で魔術学校に入学し。

 がんばって勉強して。

 ようやく、ここまでこれた」


 そう言うと、これまでの日々が走馬灯のように思い出された。

 アバロンに来て間もない頃は、不安なことも多かった。

 涙が出そうだ。


「これでようやく魔術協会のC級会員になれる。

 そしてついに、協会の図書館に入ることができるんだ。

 何か得られるかは分からないけど、明日、協会に行ってみようと思う。

 ……今日という日を迎えられたのも、お前ら2人がいてくれたからだ。

 ありがとう! 乾杯!」


 俺がグラスを掲げると、2人ともグラスを合わせてくれた。


「そうか。おめでとう、ハジメ。乾杯!」

「まぁ、カメムシなりに頑張って良かったわね。乾杯」


 2人に祝福してもらい、俺は天に登るほど浮かれていた。


 そして絶好調の俺はその日、かつてないほどに酒を飲んだ。

 エミリーに罵倒されても嬉しく感じる。

 クリスとの会話は言わずもがなだ。

 2人が話してるのを聞くのもほっこりする。

 酒はうまい。


 それはまるで、この世の楽園のようだった。


「ハジメ、顔が赤いぞ。大丈夫か?」


 とクリスが心配してくれたのは覚えている。

 それに対して、


「全っ然大丈夫だよ〜ん!

 心配してくれるなんて、可愛いなぁクリスは!」


 と、死にたくなる返しをしたのも覚えている。






 そして。


 気づけば自宅のベッドで寝ていた。


 一体何がどうなったのか。


 今はもう昼過ぎだ。

 とっくに学校は始まっている。


 俺の格好は昨日のまま。


 え? 何これ?

 怪奇現象?


 昨日のことは夢だったの?


 頭が割れるように痛い。

 気分が死ぬほど悪い。吐きそうだ。


 いや分かってる。

 状況から考えて、泥酔して記憶をなくしてしまったのだろう。

 自分がそんな失態をおかすなんて。

 そう思う気持ちがまずある。

 しかし、事態はもっと深刻だ。


 俺はどうやってここに帰ってきたのだ。


 これだけすっぽりと記憶がないのだ。

 酔っぱらって眠りこけたのだろう。

 クリスもエミリーも、俺の住所は知っている。

 どちらかに運んでもらったというのか?


 そう思うと、恥ずかしくて死にたくなる。

 服はキレイなままなので、吐いたりはしてないと信じたい。


 ああ、調子に乗って飲みまくるんじゃなかった。

 穴があったら埋まりたい。

 協会の図書館を調べるはずだったのに。

 今日はもう、何もやる気が起きない。


 水をひたすら飲んで、備え置きの食料を食べて、何もせずに過ごそう。

 

 そう思った俺は、起き上がって服を脱ぎ捨て、水をがぶ飲みして、再度ベッドに横になった。




 ―――――




 トントン。


 ドアを叩く音が聞こえる。

 ニーナが起こしに来たかな?

 いやアイツが俺を起こすなんてあり得ない。

 気のせいだな。

 もう少し眠ろう。


 トントン。


 ……って、ここはサンドラ村じゃない。

 アバロンの家だ。

 ニーナがいるはずない。

 寝ぼけていたようだ。


 起きて窓を見ると、もう日が暮れかかっている。

 水を飲んで眠ったおかげか、体調は少し良くなった。


 トントン。


 ノックの音は続く。


 誰だ?


 立ち上がって服を着た。

 玄関まで歩く。


「はい?」


 ガチャリとドアを開ける。

 そこには、エミリーが立っていた。


「起き上がれるようになったのね。もっと早く出なさいよ」


 彼女は大きな紙袋を抱えていた。


「はい、コレ。

 一応、食べ物と飲み物を持ってきたわ。

 せっかく買ったんだから、ちゃんと食べなさいよね」


 その紙袋を俺に押しつけてきた。


「用はそれだけだから。

 じゃあね」


 そう言って彼女は、扉を閉めようとする。


「待った!」


 慌てて彼女を呼び止めた。

 閉まろうとしていたドアが止まり、再び開いた。


「何よ?」


 エミリーの顔が覗く。


「頼む。昨日何が起こったのか、教えてくれ」


 エミリーは、キョトンとした顔でこちらを見ている。


「……あなた、まさか覚えてないの?」

「まったく覚えてない」


 エミリーはその言葉にため息をついた。


「呆れたわ。

 大変だったんだから」


 エミリーは俺の部屋に入ってきて、部屋で唯一の椅子に腰かけた。

 ……俺はベッドに座る。


 エミリーが言うには、俺はテンション高めのウザ絡みを続けていたらしい。


 エミリーが毒を吐いても、

「照れるなってエミリー! まったく素直じゃないんだから!」

 と自己肯定感のバグった発言をし。

 クリスが心配しても、

「俺はこれくらいで酔っぱらうような、ヤワな男じゃないんだぜ、ベイベー」

 と骨まで凍えるような発言をしたという。


 え?

 これ、マジで俺の話か?

 誰か他の人じゃない?

 ねぇ、他の人だよね?


 案の定、俺は糸が切れたように酒場のテーブルに突っ伏し、動かなくなった。

 しょうがないので会はお開きにして、会計はエミリーとクリスが折半したという。

 俺をここまで運んでくれたのは、クリスだった。

 クリスは軽々と俺を肩に担いで、ベッドに寝かせてくれたらしい。


 …………。

 ……死にたい。

 誰か。

 誰か、俺を殺してくれ。


「あなた、あんな一面もあるのね。

 いつも辛気臭い顔してるから、ハメをはずすことなんてないのかと思ってたわ」


 ……あれ?

 意外とマイルド?


「まぁ、気晴らしになったなら、いいんじゃないの?

 私は別に、気にしてないわよ」


 なんだか、エミリーが優しい。

 過去最強の罵倒をお見舞いしてくると思ったのに。

 どういうことだ?

 何が変なものでも食べたんじゃないか?


「エミリーどうしたんだ?

 そんなセリフ、らしくないぞ?」

「うるさいわね。

 死にかけのカメムシをいたぶる趣味はないのよ。

 それとも、昨日あなたがクリスに言った言葉を、できた鳥肌の多かった順に聞かせてほしいのかしら?」

「すみません勘弁して下さい」


 エミリーはため息をつき、立ち上がった。


「クリスも別に気にしてないと思うわよ。

 むしろあなたの新しい一面を知れたって、喜んでたわ。

 まぁ、会ったら謝っとくことね。

 ……図書館を調べたら、また学校に来なさいよ」


 そう言って、エミリーは帰っていった。

 昨日の金を渡そうとしたら、いらないと言われた。


 彼女が置いていった袋を覗くと、食べ物と飲み物が詰め込まれていた。

 その中からフルーツジュースとビーフジャーキーみたいなのを取り出して。

 飲み食いしたら、少しだけ元気が出た。


 ……はぁ。

 まぁ、やってしまったものは仕方がない。

 切り替えていこう。

 人生、切り替えが大事。


 まず、クリスに会ったら謝って、お金を返そう。

 そして明日こそ、魔術協会の図書館を調べに行こう。


 ……はぁ。


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