第43話 デートの誘い

 エミリーが勉強を見てくれるようになって、2ヶ月が過ぎた。


 彼女は教室では話しかけてこないが、放課後は必ず図書室に来てくれる。

 もうとっくに授業の内容には追いついて、もはや追い越してしまった。


 追いついた時点でエミリーに感謝と別れを告げようとしたが、断られた。


「授業に追いついたくらいで歩みを止めるなんて、愚か者の極みね、ハジメ。

 魔術の真髄のひとかけらすら、まだ分かってないっていうのに。

 あなたの脳髄をひとかけらも残さずに、取り替えたいくらいだわ」


 その言葉に不覚にも感銘を受け、俺は放課後の勉強を継続している。

 確かにその通りだと思ってしまった。

 彼女の罵倒の中には、罵倒成分をがんばって取り除けば、多くのメッセージが含まれていることに最近気づいた。

 取り除いて何も残らないこともしばしばではあるのだが。


 そんな努力の甲斐あって、最近魔術の調子がいい。

 完全無詠唱での発動はできていないが、詠唱下でのバリエーションが増えた。

 少し離れたところに発動したり、分割して数を増やしたりできるようになって、クリスへの援護はさらに精度を増した。

 無詠唱で魔術を使える日も、そう遠くないかもしれない。


 学院は10日に2日の休日があり、その時はクリスと狩りに出かけている。

 それ以外の時間、クリスは伯母家族と穏やかに時を過ごしているようだ。

 こないだ家族旅行に行ったと、嬉しそうに報告していた。



 ーーーーー



 そんな中で。


 エミリーが突然、こんなことを言い出した。


「ハジメ、今度の休日、私とデートをしない?」


 ……え?

 ごめん、もう一回言って?


「おとなしく質問に答えるのと、耳を切り取られるの、どちらがいいかしら?」

「おおう、相変わらずだな。安心した。

 ……突然どうしたんだ?」

「うるさいわね。

 どうするの? 行くの? 行かないの?」


 えぇー。

 まぁこの2ヶ月、エミリーにはかなり世話になったしな……。

 吐かれた毒舌は100や200じゃきかないが。

 それを補ってギリ余るくらいには世話になった。


 エミリーが行きたいなら、それに付き合うのはやぶさかではない。

 しかし何で突然デートなんだ?


 ……まぁいいか。

 これ以上聞いても無駄なのは分かりきってるしな。


「じゃあ、行こうかな」


「……そう。

 じゃあ、今度の休日の朝、校門前で待ち合わせよ」


 エミリーはなぜか顔をそむけて言った。


「はいはい。仰せの通りに」



 ーーーーー



「待ったかしら?」


 デート当日。

 エミリーが待ち合わせ場所に現れた。


 普段の制服姿とは違い、オシャレをしている。

 まず髪型は、普段通りだ。

 流れるような銀髪を、トレードマークのツインテールに仕上げている。

 髪をくくっている紐が、すこし小洒落ているくらいか。


 しかしその首から下を包んでいる服は、俺の想像からはかけ離れていた。

 それはゴシック&ロリータ調、通称ゴスロリのドレスだった。


 現実には見たことがないファッションが今、俺の目の前にある。


 しかし異世界だからか、場から浮いているという感じは意外とないな。

 むしろツインテールと小柄な体型とが相まって、とても似合っている。

 案外こちらの世界の貴族は、こういった格好が普通なのかもしれない。


「いや、今来たところだけど」


 俺が返事をする。

 しかしエミリーは不満そうだ。


「ダメじゃない。もっと早く来なきゃ」

「なんでだよ。お前も今来たとこだろが」

「デートでは、男は女を待つものなのでしょう?」


 なんだその偏った知識は。

 あれ、でもこの世界ではそうなのか?

 デートなんてしたことないし、よく分からん。

 まぁいいか。


「待たせたことで気を使わせないように、今来たところって答えるもんなんだよ」

「……へぇ、なるほど。納得したわ。

 ハジメに教わるなんてシャクだけど」


 得心がいった顔で頷くエミリー。


「それで、どこに行くんだ?」

「ハジメが決めてるんじゃないの?」

「……へ?」

「デートというのは、男が女をエスコートするものと聞いてるわよ」


 あれ?

 デートって、そういう感じ?


「あれ?

 何か用事があって、荷物持ちが必要とかそういうのじゃないのか?」

「そんなの別にないわよ。

 言ったじゃない。デートをしない? って」

「え、じゃあ、そういうことなの?」

「どういうことよ?」

「……お前、俺のこと好きなの?」


 その瞬間、エミリーは固まった。


「な……何を言ってるのよあなたはっ!

 そのスライム以下だった頭が最近少しはマシになったかと思ったら、そんな訳の分からないことを考えてたの!?

 そんな考えは今すぐに捨てなさい!

 さもなければ宿題を10倍にするから!」


 顔を真っ赤にして早口でまくしたてるエミリー。

 ちなみに俺は毎日、エミリーから宿題を出されている……。


「待て待て、お前の中のデートがどうなってるのか知らないが、俺の中ではお互い好きな者同士がイチャつきながら街をウロウロするのがデートだ。

 デートに誘うってことは、相手に気があるってサインだろーが」


 てっきり何かの冗談でデートという言葉を使ってるのかと思ったが。


「違うわよ!

 あなたに気なんてこれっぽっちもないんだから、勘違いしないでよね!」


 うおっ。

 そのセリフは危ない。

 勘違いしちゃいそうだ。


「じゃあ、何でデートなんて言葉を使ったんだよ?」


 俺の、その問いかけによって。

 あっという間にそれまでの勢いは失速し、エミリーはきまり悪そうにもじもじとし始めた。


「それは、その……。

 クラスの子が、楽しいって言ってたのよ……」


 ……ほう。

 なんとなく読めた気がする。


 クラス内で、エミリーは家柄、容姿、頭脳が飛び抜けており、その扱いはもはや、崇拝の域に達している。

 本人も悪い気はしないのか、それとも貴族の処世術なのか。

 それに見合うような振舞いをして過ごしている。

 しかし、崇拝と友情は違うのだ。

 エミリーとクラスメイトとの間には、良くも悪くも、距離がある。


 そんな中で、おそらく誰かががデートの話題でも出したのだろう。

 エミリーは知らない言葉に食いついたが、キャラを保つために深入りはしなかった。

 それとも、経験豊富なフリでもしたのかもしれない。


 とにかく内情をよく知らないままにデートという言葉を知り。

 探究心旺盛な彼女は興味を持った。


 その結果がこれという訳だ。


 相手が俺なのは、流れる雲のごとくクラスから浮いている俺ならば、もしも恥を晒しても後腐れがないからか。


「なるほどね」


 思わずニヤニヤしてしまう。


「何よその顔は。

 不愉快よ。今すぐやめなさい」


 エミリーの顔は真っ赤だ。

 普段は見られない顔だ。

 これが見られただけでも、今日という日に価値があったと思える。


「じゃ、エミリーは、よく知らないままにデートという言葉を使って、俺を誘ったという訳か。

 言葉の意味を考えろと、普段口を酸っぱくして言ってくるくせに、自分は言葉の意味をよく調べもせず、誤った理解で言葉を口にしたということだよな?」


 エミリーは悔しそうに歯軋りをしている。

 むふふ。

 たまにはこんな日があってもいいだろう。


「……だって」


 ん?


「だって、聞ける相手もいなかったんだもの」


 エミリーの顔には、一抹の寂しさが浮かんでいた。

 風が通り過ぎ、その髪を揺らす。


 そうか。

 エミリーは15歳。

 本来なら、周りのクラスメイトとキャッキャウフフしたい年頃だろう。

 しかし周りには、侯爵の家柄であるエミリーに、畏まる者達ばかり。

 性格は改めるべきとも思うが、家柄は彼女のせいじゃない。

 だとしたら、それをあげつらうのは悪趣味かもしれないな。


「帰るわ。

 また学校で会いましょう」


 エミリーが立ち去ろうとする。


「……待った。

 まぁせっかくだし、街を見て回ろうぜ。

 休日に集まって、このまま解散ってのはもったいないだろ?」

「でも私、あなたの事なんて、ひとかけらも好きじゃないわよ」

「ひとかけらも!?」


 軽くショックだ。

 じゃあなんで勉強を教えてるんだコイツは。


「……まぁいいだろそれで。

 別にデートじゃなくたって、街をぶらついたって構わないじゃないか」

「それになんの意味があるの?」

「友情は深まるんじゃないか?」

「友情……。

 そう。

 いいわ。ハジメがそんなに私との仲を深めたいっていうなら、しょうがないから付き合ってあげる」

「素直じゃないんだから」

「何か言った?」

「いや何も」


 こうして、少しだけテンションが上がったエミリーとともに、街をぶらつくことにした。

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