第42話 エミリーとの勉強
エミリーと出会ってから。
放課後は、エミリーに勉強を教えてもらうようになった。
場所は図書室。
授業が終わった後にそれぞれで図書室にやってきて、同じ机で勉強するのがルーティーンだ。
「なぁ、ここのところ、なんでこうなるのか分からないんだけど」
「どこかしら?
ああ、そんなことも分からないのね。
あなたと比べると、ゴブリンの方がまだ優秀かもしれないわ。
彼らは同胞の言葉を、ちゃんと理解できているそうだもの。
ここはね……」
彼女は思いの外教えるのが上手かった。
質問には的確に答えてくれるし、分かりやすい。
しかし、質問すると必ずひと言罵倒される。
ボキャブラリーも豊富で、もはや持ちネタなんじゃないかと疑うレベルだ。
50音揃えて罵倒かるたとか作ってほしい。
最初はいちいち腹を立てていたが、もはや慣れてきた。
次はどんなのが来るかと、期待すらしてしまう。
まさかこれがドMの気持ちなのだろうか。
嫌なものに目覚めてしまった。
彼女は、アルバーナの南の方の領土を治める、グレンデル家の末娘らしい。
貴族も色々と大変だろうが、根底の部分で末っ子として甘やかされて育てられ、今に至ったのではないかと俺は疑っている。
こんな性格で学園生活は大丈夫かと思うが、そちらは案外うまくいってるみたいだ。
グレンデル家という大貴族の家柄と、端正な容姿、魔術の優秀さによって、同級生の憧れの的らしい。
世の中、家柄と見た目と頭が良ければ、性格がアレでもなんとかなるということか。
目に見えやすいものを重視する世の中やで。
「何か失礼なことを考えてないかしら?」
「いや何も?」
「そう。ならいいのだけど」
「ちなみに参考までに、なんでそう思ったのか聞いてもいい?」
「なんとなくよ」
彼女のなんとなくは、けっこう鋭い。
時折こんな感じで思考を読まれ、危うい目に遭う。
さて、とはいえエミリーのおかげで、少しずつ教科書が理解できてきた。
中級魔術を習得するためには、まず初級魔術を無詠唱で行えるようにならなければいけないらしい。
これまでは、起こる現象を正確にイメージし、詠唱というトリガーによって魔術を発動していた。
しかしそれで行えるのは、画一的な魔術に過ぎない。
つまり、既に世に存在する術式を、頭の中でなぞっているだけだった。
無詠唱では、術式を自分の中だけで完結させる。
それをいじることで、魔術の数を増やしたり、形を変えたり、威力を高めたりすることが可能になるらしい。
ただ、もとの魔術の総エネルギーの限界のようなものは変えられない。
例えば威力を高めるなら範囲が狭くなったり、数を増やすなら威力が低くなったり、そんな感じだ。
口で言うのは簡単だが、無詠唱ではそれを正確に把握する必要がある。
そしてそのためには、複雑な計算式が必要なのだ。
それこそが、俺が頭を悩ませているものである。
俺は正直、この世界の文明は遅れていると思っていた。
しかしこと魔術に関する研究には、大きな情熱を感じる。
この計算に使う公式1つとっても、膨大な実験と検証のもとに編み出されたものだろう。
すごいものだ。
無から生み出す労力に比べれば、既にあるものを学ぶことなど、屁の突っ張りにもならないというもの。
頑張って理解するとしよう。
「……ほら、手が止まってるわよ」
「はいはい。ちょっと考えてるんだよ」
「オークの考え、休むに似たりって言葉を知ってるかしら」
「え、なんか聞いたことあるぞそれ」
どこの世界にも同じようなことわざがあるんだなぁ。
「私が今作ったわ」
「何ぃ!?
先人の含蓄がたっぷり詰まってそうな言葉なのに!?」
「うるさいわね。図書室では静かにしなさい」
適当な会話をしつつ、勉強を続ける。
ここは図書室だが、案外周りもおしゃべりをしている。
大声を出さなければOKなようだ。
「……なぁ、ここは何でこうなるんだ?」
「どこ?
ああ、そんなこと。
少しは自分の頭で考えられないのかしら。
あなたに比べたら、ネズミの方がまだ考えが深いわね。
最初にあなたをネズミに例えたこと、謝りたくなってきたわ。ネズミに。
ここはね……」
相変わらず、説明はわかりやすい。
しかし必ず罵倒は入る。
ならば今、俺を例えるなら何なんだろうか。
聞いても不快な思いをするだけなので聞かないが。
「どう? 分かった?」
「ああ、理解したよ。ありがとう」
「そう、よかったわ。
ちなみに今のあなたを例えるなら、ミミズといったところかしら」
「何で俺の考えが分かるんだ!
そしてやっぱり不快だったな!」
そんな感じで、勉強会は夕方まで続く。
しかしこいつも暇なヤツだな。
放課後は毎日俺と勉強してるぞ。
まぁ、俺が質問しない時は自分の勉強をしてるみたいだし、そんなに時間を無駄にしてるってわけでもないのか。
でもコイツって、何の勉強をしてるんだろう。
聞いてみるか。
「お前は何の勉強をしてるんだ?」
「あなたのような人間には考えの及ばない、高尚なことよ」
「その言い方だとまるで俺が、高尚なことを理解できないみたいじゃねーか」
「大丈夫よ。あなたの低俗なことへの見識は、群を抜いていると思っているから。誇っていいわ」
「何で高尚なことを理解できない埋め合わせが、低俗なことへの理解力なんだよ。
それだと単に俺が低俗な人間だって結論しかないじゃねーか」
「そうやって痛いところを突かれて取り乱すのが、低俗な人間の証よ。
語るに落ちるとはこのことね。
分かったわ。
今度あなたのために、証明書を作ってきてあげる。首から下げて過ごすといいわ」
「いるかそんなもん」
全然返答は得られなかった。
はぐらかされているというよりは、俺への罵倒に忙しくて返答がそっちのけになってる感じだが。
なんでこいつは、中級魔術を既に扱えるのに、まだ3年生なんかやっているのだ。
とっとと飛び級して卒業すればいいのに。
「バカね、ハジメ。
飛び級なんかしたら、この環境から離れなくちゃならないでしょう。
私は魔術が好きなの。
家に戻ったら、どうせつまらない相手と下らないお見合いをさせられる毎日よ。
そんなことになる前のこの有意義な時間を、できるだけ長く過ごしたいの」
へえ。
そんなこと考えてたのか。
「それなら、俺に教えてる時間なんて、勿体なくないか?
この何日かでかなり助かったし、あとは俺1人でもいける気もするけど」
「うるさいわね。
私は私の好きなようにしてるだけだから、気にしなくていいわ。
あなたもタダでさえ足りない頭をつまらない気回しに使ってる暇があったら、少しでもその足りない頭に知識を詰め込みなさい」
「足りないを強調し過ぎじゃないかね?」
コイツの考えはよく分からないが、ひとまずやってくれてること自体はありがたいものだ。
罵倒を除けば、教え方もうまい。
素直に従うしかあるまい。
日暮れまで図書室で過ごし、解散した。
そんな日々を経て、俺は魔術についての理解を少しずつ深めていったのだった。
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