第12話 ニーナの初級魔術


 あの後、3人でジャック君の家に謝りに行った。


 ニーナは少し不満そうだった。

 しかしやはり、叩いたことに関しては反省しているらしい。

 微妙な顔をしながらも謝っていた。


 ジャック君のお母さんは気の良い人で、

 「子どものケンカでしょう」と笑って許してくれた。

 むしろ、ジャック君の俺への暴言について謝られた。


 ジャック君もニーナにハタかれて目が覚めたのか。

 自分の邪推を恥じたようで、殊勝な態度だった。

 俺と目を合わせ、「失礼なことを言ってすみませんでした」と謝られた。


 案外良いやつかも。ジャック君。

 ちょっと思春期特有の感情で、周りが見えなくなっていただけで。


 以上、事件はひとまず、一件落着と相成った。




 そしてまた、3ヶ月ほどが過ぎた。


 さて、毎度お馴染みの魔術の訓練だが。

 最近、ニーナの成長が目覚ましい。

 もう果実の特訓で、答えられないことはなくなった。

 椅子だとか机だとか、他の物も鮮明にイメージできている。

 物質を構成する元素も全て感じているようで、俺が聞くと教えてくれる。

 本に描いてある入門編は、全てクリアしているように思われた。


 そしてついに。

 魔術のイメージ特訓に、本腰を入れて取りかかったのだった。


 ちなみに俺はまだ、果実と格闘中である。




 ―――――




「ニーナ、調子どうだ?」

「うーん、ダメ。なかなかうまくいかない」


 はぁ、とため息をつきながらニーナは答えた。

 ちなみにここは、家の裏のカシルス畑だ。

 最近ニーナはここで魔術の訓練をしている。

 万が一、火魔術でも発動して、家が燃えたら目も当てられないからな。


「何が悪いんだろ」


 ニーナがぼやく。


「うーん。

 本に書いてある下準備は、全部整ってそうだけどなぁ」


 カシルス畑で訓練を始めてから、2か月余りが経過している。

 火、水、風、土の中で好きなものを選べ、と本には書いてあり、ニーナは火を選んだ。

 火を見るのが好きらしい。

 他の属性だったら家の中でできたろうに。

 まぁ、好きこそものの上手なれ、だな。


 しかし、いくらイメージを作っても魔術は発動せず。

 フラストレーションを抱えているようだ。

 やってることに進歩が見えないと、イライラしてしまうよな。


「何かやり方が違ってるのかな」


 ニーナが言った。

 やり方なら、俺にも分かるはずだ。

 本の知識は全て頭に入っているのだ。

 何か力になれるかもしれない。


「どうやってるのか、教えてもらってもいいか?」

「いいよ。っていっても、別にそのまんまだよ。

 目を閉じると、世界に満ちてる魔力を感じるでしょ?

 それを両手から取り込むの。

 そのあと、起こしたい現象を頭に描く。

 それを世界に放つイメージで、手をかざすの」

「ちょっとやってみせてくれ」

「いいけど……何も起きないよ?」

「いいからいいから」


 ニーナはちょっと待ってね、と一呼吸置いた後、おもむろに眼を閉じた。

 すると、少しだけ何かがこの場から失われた感じがした。

 何だ?

 え?もしかして魔力を消費したのか?

 焦る俺をよそに、ニーナが集中しているのが伝わってくる。

 ニーナは目を閉じたまま、ゆっくりと両手を前にかざした。


 ……しかし、何も起こらなかった。


「ほらね」


 ニーナは嘆息する。


「いやでも、魔力がこの場からなくなる気配があったぞ。

 魔力を取り込む事には成功してると思う」

「うん。私もそれは感じるの。

 でも取り込んだ後、術式に通そうとすると、だんだん身体から出て行っちゃうの」

「でもすごいよ。あと一歩だ」

「その一歩がずっと進めないの。もー」


 ニーナは座り込んでしまった。

 あと一歩、というところで全然進歩がないのは、キツいんだろうな。


 しかし今のを見ていて、1つ疑問に思ったことがある。


「なぁ、ニーナ」

「何?」

「詠唱って、しないのか?」



 詠唱。

 それは不思議な概念である。


 教科書によれば。

 もともと、魔術に詠唱など存在せず、それぞれの魔術師が固有の術式を組んで発動していた。

 しかし不思議なことに、似通った魔術を使う者が大多数であった。

 例えば、拳大の火球を飛ばす魔術であったり。

 例えば、土で壁を作る魔術であったりだ。


 おそらくこの世界には、発動しやすい術式の型、というものが存在するのだろうと結論づけられた。

 そこで魔術師達は、それらに名前を付けた。

 拳大の火球を飛ばす魔術は、ファイアボール。

 土で壁を作る魔術は、ストーンウォール、という具合に。

 それらは、その魔術師に可能なことを表すのに便利であった。

 さらに、戦闘中に名を叫んで魔術を使うことで、味方に当たる確率を減らすことができた。

 そうして徐々に、術名というものが魔術師に浸透していった。


 術名を叫ぶ魔術師が増えてくると。

 ある時、不思議なことが起こった。

 術名を口にしなければ発動できない魔術師が出てきたのだ。


 術名とセットで魔術を発動し続けた結果。

 術名に術式の概念が内包されてしまっていたのだという。

 名に現象が刻まれているぶん発動が容易らしく、昨今では術名を唱えながら魔術を使用することが主流である。

 ただし詠唱すると、初心者は単一の現象しか起こすことはできない。


 と、教本によると、そんな感じだ。

 パブロフの犬みたいな話か。

 ちょっと違うか。


 ちなみに教本の後ろの方には、初級魔術名の一覧が載っている。



「詠唱?」

「そう、詠唱。

 した方がやりやすいって、書いてあったぞ?」

「確かにそうだったね。忘れてた。

 ……ただ私、イメージを作る時に何か言うと、イメージが乱れちゃって。

 最初は詠唱してみたけど、どっちにしろ何も起きなかったし、結局魔術の発動に必須じゃないでしょ?

 だから最近はイメージを作る方に集中してたの」


 ニーナなりに、詠唱しない理由はあったようだ。

 しかし、試す価値はあるような気がする。


「でも、今行き詰ってるんだろ?

 ダメ元で1回、やってみせてくれないか?」

「……そうだね、わかった。

 やってみる!」


 ニーナは俺をまっすぐに見つめ、頷いた。

 素直な子やで。

 


 ちょっと待ってね、と言った後。

 ニーナはしばらく空を見上げた。


 ふう、と呼吸を整え、目を閉じる。

 意識を集中するニーナ。

 この場から魔力が失われるのを感じた。

 さぁ、ここからだ。


 ニーナはゆっくりと両手を前にかざし、そして唱えた。


「……ファイア」


 ――すると。

 両手の先に、火が灯った。


 え?

 マジで?


 ニーナを見ると、驚きで目が見開かれている。

 口もぽかんと開けて、呆然としている。

 俺もそんな顔をしているに違いない。


 時間が止まったかのように固まった俺達2人をよそに。

 火はしばらく燃えた後、ふっつりと消えた。

 俺達はしばらく、石像のようにその場から動けずにいた。



「……できた」


 ニーナがゆっくりとこちらを向いて、言った。


「うん」


 俺も返事をする。

 何も考えられなかった。


 みるみるうちに、ニーナの目に涙がたまり。

 勢いよく俺に抱きついてきた。


「できたぁぁぁぁぁぁ!!!」

「できたなぁぁぁぁぁ!!!」


 俺も感極まって、ニーナを抱き返しながら叫んでいた。

 すごくうれしい。感動した。

 今まで散々訓練してきたけど、ホントにできるんだな、魔術。

 勇気をもらえた。

 ついでに、最近急成長を遂げているニーナの胸部の感触に、少しドキッとした。


「私、びっくりして。ホントにできるなんて。いやできるって信じてやってきたんだけど、なんだか信じられなくて。

 信じられない。今の、ホントだよね? 私できたよね?」

「ああ、俺もしっかり見てた。間違いなくできてたよ」

「やった。うれしい……うえーん、うれしいよぉ……」


 ニーナは俺の胸で泣き始めた。

 俺もその華奢な背中を撫でながら、嬉しかった。

 しばらくしてニーナが泣き止んだ後、その日は家に戻って眠った。




 翌日から、ニーナの魔術の検証をした。

 教本に書いてある通りの結果だった。


 魔術には、使用できる回数に制限がある。

 ニーナの場合は、ファイア5回が限界だった。

 4回目で軽度の気分不良を感じ、5回目を使うと、歩くこともしんどいような状態になった。


 このように魔術が使えなくなることを魔力切れと呼ぶらしい。

 だが、魔力はその辺に溢れている。

 足りなくなってるのは別の何かな気がするが。

 とにかくそう呼ぶらしい。


 その日は俺がおぶって運び。

 一晩ぐっすり寝ると、翌日にはケロッとしていた。

 起きてきたのは朝食の準備が整ってからだったが。

 それが魔力切れの影響なのか、本人の性質によるものなのかは不明である。

 本人は断固として、魔力切れのせいだと主張していたが。



 あと、詠唱なしでやってもらうと、できなかった。

 やはり詠唱した方が発動が簡単なようだ。

 また、炎を大きくしたり小さくしたり。

 数を増やしたりをイメージしてもらったが、ダメだった。

 詠唱した瞬間にイメージが書き変わり、最初と同じファイアが発動するのだという。


 やはり詠唱すると、初心者の場合は型通りの魔術が発動するようだ。

 ファイアなら、その人の一番作りやすい大きさの炎が、かざした手の前に現れる、という魔術なのだと教本にも書いてあった。

 2つにしたりするなら、独自に術式を作る必要がある。

 でもまだニーナもできるようになったばっかりだ。

 本当は詠唱でも、多少の変化はできるのかもしれない。


 まだまだ先は長そうだが、とにかくニーナは最初の壁を乗り越えた。

 地道に今まで頑張ってきたニーナを知ってるので、本当にうれしい。


 ……次は、俺の番になったらいいが。

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