第22話 外食はデートですか?

 

「たまには夫婦水入らずで夕食デートに行って来たらどうでしょうっ?」


 と。そんなリーチェの言葉に背中を押されて……。

 お義母様の面白がるような声援にも後押しを受けて、私は王都を歩いていた。

 というか旦那様の面白がる癖みたいなの、絶対お義母様似だわ。


「すまんな。あの母上が」

「いえ。リーチェ私の侍女が言ったことでもあるので」


 シィちゃんが居ないのはちょっと残念だけど。

 さすがに王都のど真ん中で魔物を連れまわすわけにはいかない。

 貴族街というだけあって相変わらず手入れが行き届いている。

 私の家だった場所は逆側にあるけど、ここもそんなに変わらないわね。


「どこに行くのですか?」

「この近くに貴族たちが顔を隠して通うバルがあってな。そこに行こう」


 そう言って旦那様が取り出したのは顔半分を覆う仮面だ。

 渡された私の分を眺めながら首をかしげる。


「バルですか……なぜ顔を?」

「たまには貴族も平民のように飲んで騒ぎたい時があるのさ」


 そういう需要に応えた店らしい。


「この前は陛下が出入りしてたぞ。内緒だけどな」

「王族の方とは、あまり会いたくはないですが……」

「あと、ちょーうまい」

「行きましょう」


 即答してしまった。

 でも美味しいなら行くしかないよね。


「あ、だから馬車ではいかないんですね」

「そうだ」


 私たちは現在、徒歩である。

 馬車は家紋が入っているから誰か分かってしまうのだ。

 仮面をつける意味がないというわけである。


 平民区と貴族区の境には壁があって、その店は貧民街の壁側にあった。

 路地裏の辺鄙なところだ。


「いらっしゃいませ」


 扉をくぐった入り口には部屋がある。

 その扉の奥が本当の入り口で、ここで仮面をつけないといけないらしい。


「……思ったより楽です」

「特注だからな」

「旦那様、さては常連ですね?」


 仮面の着け心地を良くしたのはよく通うからだろう。

 思わず湿り気のある視線を向けると、旦那様は何食わぬ顔で頷いた。


「こういう場所は情報に事欠かないんだ。表も裏も」

「……そういうことにしてあげます」


 決してご飯が美味しいからじゃないよね。

 えぇ、分かってますよ私は。責める気もないし。

 そう思っていた私だけど、出てきた夕食を食べてそんな感想吹き飛んだ。


 ──あ、これ通う。


 そう確信するほどの味だった。


 オリーブオイルと香草で味付けた野菜は不思議な味がするし、生ハムメロンは贅沢の極み。燻製ベーコンの暴力的な旨味とマッシュルームの味わいあるアヒージョは最高のアテだ。そしてワイン。何百種類も取りそろえたワインを楽しみながらいただく食事は最高という言葉しかない。


 私もお酒がたくさん飲めたらなぁ……

 ワインの飲み比べにはちょっと憧れるのよね。


「気に入ったみたいだな」


 旦那様の分かったような顔がちょっとムカつく。

 私は顔を逸らして言った。


「少なくとも旦那様が通う理由は分かりました」

「また来るか」

「王都に来た時には寄りましょう」

「即答か。了解した」


 くっく、と旦那様は肩を揺らして笑う。

 手のひらで踊らされている感が否めないが、ご飯が美味しいので良しとした。


「そういえば、夕食はデートに入るんでしょうか?」

「なに?」

「リーチェがそんなことを言ってました」

「ふむ……あいつめ、余計なことを」


 楽しんできやがれですぅ!といい笑顔で言っていた侍女である。

 何分、私は第三王子と婚約している時もデートをしたことがない。

 せいぜいが図書室で一緒に本を読んでいたくらいだから、本の知識しかないのだ。平民だった頃は生きることに精一杯で、恋愛どころじゃなかったしね。


 百聞は一見に如かず。旦那様の意見やいかに。


「君がそう思うなら、デートなんだろうな」

「んん。なるほど」

「結局は相手がどう思っているかだろう。それが一番合理的な考え方だ」


 私は納得する。


「では、デートですね」

「デートか」

「はい」


 旦那様はためらいがちに聞いて来た。


「……俺とデートして嬉しいか?」

「まぁ、嬉しいですね」


 偽の妻としての役目を果たせるわけだし。


「そうか」


 なぜか旦那様が嬉しそうな気がするけど、たぶんワインが美味しいからだろう。

 ほんとに美味しいな、ここのワイン。

 こういう時にお酒が強かったら、もっと楽しめただろうに……。


「てかさー。ぶっちゃけどうよ。エミリア嬢との仲は」


 突然、知らない声が入って来た。

 言うまでもないがここはバル。つまり私たち以外のお客も多い。

 空席だったところにやってきたのは声変わりしたての若い声だった。


「まぁまぁだね」


 背筋に悪寒が走った。

 心臓が音を立てる。身体中の筋肉がこわばった。


(この声は……)

「お前も罪な男だよな、チャーリー」

「はぁ? どこがだよ」


 ちらりと横目で見る。

 顔半分が仮面で隠されているが、声を聞いて確信する。


 チャーリーと呼ばれた男は私の知り合いだった。

 知り合いどころか元婚約者だ。


(なんでこの人がここに……)


 第三王子、リチャード様だった。

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