第25話 下準備

 話が脱線しかけたところで、桜二くんは手を叩いて注意を集めた。



「さて、葵さんの情報は読み終わったね?」



 颯馬くんはまだ納得いってない顔で、しぶしぶうなずいた。



「葵さんは未婚で、金銭的に困っているということでもない。また、たまたま鍵の在り処を知ってしまったことが犯行のきっかけだね」



 犯行という言葉は不適切な気がしたが、口を挟むところじゃないので何も言わなかった。



「これからはオレの考えだけど、他に誰も知らなかったことを知っていた葵さんは、無理して鍵を盗み出すことを考えなかったんだ。万が一失敗したら、職を失うからね。そこでのんびりチャンスを伺っていたら、千代さんが亡くなってしまった」



 特に不自然な点はなかったので、私たちはそのまま静かに聞き続ける。



「葵さんはきっと、寄木細工を大事にしていたのは千代さんだけだから、なくなった後に持ち出そうって考えたはず。でも、予想外なことが二つ起きた」

「寄木細工が突然消えてしまったことと、俺が寄木細工を探していることだな」

「ウン。ソウが熱心に探しているから、葵さんが動けるのはオレたちが学校に行っている間だけ。普通に仕事もあるはずだから、満足に探せなかったにちがいない。そうじゃないと、さっきみたいな迂闊な行動はしなかったはずだ」



 私はうなずいた。きっと、葵さんは今焦っているんだ。



「今更諦めきれなかったんだろうな。それにしても、どうして葵さんは俺と一緒に探さなかったんだ。そうすれば堂々と探せるし、俺の頼みっていえば仕事を減らしてもらえたかもしれないのに」

「お前たちの話を聞くに、葵さんは小心者なんだと思う。一条は雇い主の息子だし、あんなに寄木細工を大事にしてるのをみたら……気持ち的に言えなかったんじゃないの?」



 これは私たちじゃ分からない問題なので、話はここで終わった。

 桜二くんはパソコンをしまって、声のボリュームを落とす。



「ここからが本題だ。さっき、オレがさんざん煽っといたから、葵さん今頃鍵を見つけようと躍起になっていると思う」

「鍵が開いたら、独り占め出来なくなるからね」

「それだけじゃない。新しく鍵を取り換えられたら、今度は夫人が管理することになる」

「あ。そういえば葵さん、夫人は管理が厳しいって言ってもんね」



 颯馬くんが深く頷いた。身内ですら難しいと思うんだから、そりゃ盗みに入る隙はなさそうだ。

 つまり葵さんにとって、今が最後のチャンスってことか。



「オレにいい考えがある」



 桜二くんはそう言うと、アキくんの前に寄木細工を置いた。



「アキ、これにそっくりな物を作れって言われたら、どれくらいかかる?」

「再現度はどれくらい?仕掛けも完璧に再現するってなると、一週間は掛かるよ」



 アキくんは寄木細工を手に取って、くるくる回したり仕掛けをいじる。



「見た目だけ似せればいいよ。なんなら中身は作らなくてもいい」

「うーん、じゃあ1時間くらいかな」

「30分か。材料は揃えるから、今すぐ作業に入ってくれ」

「半分になってる!?」

「どうせ余裕みて言ってるでしょ」



 アキくんが抗議の声を上げるが、桜二くんは当然のように無視した。

 本気で寄木細工の偽物を作るつもりだろうか。



「代わりを用意してどうするんだ?中身がなかったらすぐにバレるぞ」

「一瞬本物だと思わせて、注意を惹き付けられれば十分だよ」

「まあ、その程度なら」



 納得できるラインを見つけたアキくんは、持ってきていたボストンバッグを漁り始めた。新聞紙を広げて、その上に絵具や筆、それからやすりなどをおいていく。



「……まさか、適当に入れた角材の端っこが役に立つとはねぇ。あ、持ってきたものだけでこと足りそう」

「何を想定して角材を入れたんだ……?」



 颯馬くんは不可解そうに新聞紙の上に置かれた角材をみた。角材は寄木細工より一回り程大きかったが、アキくんの手にかかれば問題はないだろう。



「よし。アキが作業している間に、オレたちは千代さんの蔵に行こう」

「は、蔵?」



 颯馬くんは困りながらも、早足で部屋を出ていった桜二くんの後を追いかけた。

 アキくんを1人にしていいのかと迷ったが、ここにいても私にできることは無い。それなら、素直に桜二くんたちを追いかけた方がいいだろう。



「アキくん、行ってくるね」



 すでに作業に入って集中モードになってるアキくんに私の声は届いていないだろうが、それでも声をかけておく。

 そして颯馬くんたちを見失わないうちに、私も部屋を出た。


 もう行っちゃってたらどうしようと不安になったけど、幸い二人は私を待っててくれていた。

 そのまま三人で千代さんのコレクションが置いてあるという蔵まで行く。千代さんが趣味のためにわざわざ後から建てたから、蔵はかなり近くにあった。

 ただ近くに建てることを優先しすぎたせいか、蔵に行くためには一度靴を履き替える必要があるのが難点らしい。



「これがひいばあちゃんの蔵だ。半年も手入れされてないから、ちょっと埃っぽいかも」



 ここの鍵は颯馬くんが持っているみたいで、桜二くんに促されるまま蔵を開けた。

 颯馬くんが扉を押すと、重量感のある音を立ててゆっくりと開いていく。骨董品は基本、日光に当てない方がいい。そのためか、昼間だというのに蔵は真っ暗だ。

 だが颯馬くんは慣れた様子で中に入り、電気をつけてくれた。


 少し迷って、私は眼鏡をかけて中に入ることにした。一気に付喪神を見すぎると、情報があふれかえって気分が悪くなってしまうのだ。



「うわあ、埃が舞ってる。マスクを用意してて正解だったね」



 私の家ほどある二階建ての蔵の中は、まるで工芸展の会場のようにきっちり整理されていた。まるで小さな美術館のようだ。

 ツボや掛け軸のような比較的によく見るものから、入手経路が気になる銅鐸まである。正直、こんな時じゃなければゆっくり数日かけて見て回りたい。



「それで桜二、一体何をするつもりだ?」


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