第24話 犯人は
私は少し考えて、付喪神が乗っている寄木細工を颯馬くんに向けた。
千代さんとよく遊んだって言っていたし、きっと颯馬くんの顔なら覚えているはずだ。
『わ、わ、っそうまさま!』
効果はてきめんだった。付喪神はパッと顔を赤らめ、嬉しそうに颯馬くんの名前を呼んだ。
突然鼻先に寄木細工を突き付けられた颯馬くんはキョトンとしているが。
「私は颯馬くんの……仲間です。私たちは、貴方が必死に守ってきた鍵を狙う犯人を捜しています」
そう言って、少しドキドキしながらそっと颯馬君の顔色を窺った。仲間といった時も、少しも嫌そうな顔をしていない。
よ、よかった……。
『なかま、わかる!かぎ、だいじ!』
着物の付喪神が言っていた通り、寄木細工の付喪神は隠れるために無理に姿を持ったらしい。その言葉はおぼつかなく、単語を放すのが精いっぱいのようだ。
「この子、あんまり難しいことは話せないみたい。たぶん、犯人の名前を聞くのが精いっぱいだと思う」
「いや、それで十分だ。他のことは、捕まえたあとに本人から聞く」
とはいえ、私たちの会話は普通に理解できるようだ。付喪神は大きくうなずくと、単語を並べていく。
『かぎ、しった、たまたま』
「鍵、知った、たまたま」
認識に差が出ないように、私は言葉をそのまま繰り替えす。すると、今まで黙っていた桜二くんが口を開いた。
「鍵の存在を知ったのは、偶然ってことかな?」
『うん!あるじのせわ、たまたまみた』
「……!それは」
このあとに続く言葉が予想できてしまった。
急に口ごもった私に、アキくんが心配そうに声をかけてくれた。
「ユキちゃん?大丈夫?」
「――うん。桜二くんの推測は正解だって。主の世話、たまたまみたって」
颯馬くんが息をのんだ。
でも、ためらうことなく疑問を口にした。
「その主って、誰の事なんだ?」
『ちよさま』
この時だけは、私しかこの声が聞こえていないことを呪った。だって、こんなのはほぼ答えを言っているようなものだ。
いっそ嘘ついてやろうとも考えた。
だけどそれは、身を削ってまで頑張った付喪神に失礼だ。彼女の気持ちを伝えられるのは私しかいないのに、その努力を踏みにじることはできない。
「……千代様だって」
「じゃあ、鍵を狙ってるのは、誰だ?」
颯馬くんの黒い瞳が、力強く輝いた。
そこにはもう不安げな表情はかけらも残っていなくて、ただ真実を知りたいというゆるぎない意思が伝わってきた。その強さが羨ましくて。
『あおい。よしだあおい』
「吉田葵って、いっています」
純粋にすごいと思った。だから私も、私情を挟まずに答えられた。
颯馬くんは少し泣きそうな顔をしたが、私は見ないふりをした。桜二くんも、アキくんも何も言わない。
「そう、か。葵さん、なんだな」
自分に言い聞かせるように数度つぶやくと、颯馬くんは再び寄木細工を見つめた。
「他に、鍵を狙ってるやつはいるか?」
『いない。しってるの、あおいだけ』
「他にはいないそうです。鍵のことを知っているのは、葵さんだけみたいです」
「ん。犯人が葵さんだけなら、オレたちだけで捕まえられそうだね」
桜二くんはニヤッと挑発するように笑った。顎を突き出して、壁に背を預けたまま颯馬くんを見下ろしている。
颯馬くんは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに悪い笑みを浮かべた。
「当然。俺は葵さんに聞かなきゃいけないことがたくさんあるからな」
そしてそう言い切ったところで、颯馬くんは盛大にお腹が鳴らした。
気を張り詰めていたアキくんが真っ先に噴出す。
「その前にご飯だね。腹が減っては戦ができぬっていうし、もう完全に作戦会議できる空気じゃないよ」
「……悪い、燃費が悪くてな」
「っあっははっ!あんなにかっこよく決めたのにっ、台無しにも、ほどがあるでしょ」
少し顔を赤らめた颯馬くんをここぞとばかりに笑い転げる桜二くん。
ほどなくして食事を運んできた葵さんはその光景を見て、困惑したように「仲がよろしいのですね」とこぼした。
その光景にちくりと胸が痛んだが、犯罪を未然に防ぐことは葵さんのためにもなる。私は豪華な料理を口に運びながら、自分に気合を入れた。
ご飯を食べた後、私たちは葵さんに片づけをお願いする前に作戦会議を開いた。第二回ミーティングである。
葵さんに見つからないようにボストンバッグに隠していた寄木細工を取り出すと、付喪神はすでに眠りについていた。きっと、さっきは最後の力を振り絞ってくれたのだろう。
「無理に起こさなくてもいいよ。ここからはオレたちが頑張る番だから、その子はゆっくり休ませてあげて」
進行は自称書記兼経営顧問の桜二くんだ。
すでに考えがあるらしく、余裕そうな表情で笑って見せた。
「まず、さっきソウがいじけてる間にホシの情報を洗ったよ。個人情報なのでパソコンの画面で我慢してね」
「いじけてない。動機について考えてただけだ。っていうかホシって、お前も刑事ドラマ見てるのかよ」
颯馬くんはじとりとした視線を送ったが、桜二くんはうっそりと笑った。
二人のやり取りを無視して、私とアキくんはノートパソコンの画面に覗き込んだ。
「うわ、家庭環境から一条家に入った後の経歴までびっしり書いてある。お前ちゃんと法を守ってるの?」
「特技がピッキングなやつに言われたくないかな」
どっちもどっちだと思う。
いいことをしているはずなのに、私はわずかに罪悪感を感じた。
「ん?これ、俺んちのデータベースにある雇用者情報じゃないか?」
画面に目を滑らせた颯馬くんが形のいい眉をひそめた。
「さすが。よく分かったね」
「よく分かったねじゃないんだよ。ここにアクセスするには管理者コードとパスワードが必要なはずだが」
「ハッキングした」
あまりにもあっけらかんとした態度に、いよいよ颯馬くんは絶句した。
私も驚いた。桜二くんがパソコンを触っていのなんて、たったの十分くらいだったのに。
「俺は葵さんより先にお前たちを捕まえるべきか?」
颯馬くんは、顎に手を当てて真顔でそういった。
私たちやってきたのって、ピッキングとハッキングだもんね……。
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