第16話 つくもがみ

 案内されたのは、うっすらとお香の匂いが残る角部屋だった。

 十八畳もある広々とした部屋は少しガランとしており、棚や開け放たれた押し入れの空白が目立つ。おそらく整理された後なのだろう。



「荷物は好きにおいてくれ」



 私の荷物はウエストポーチだけなので、腰につけたまま端っこに座る。

 アキくんも私の隣に腰を下ろし、そばにボストンバッグを置いた。ガコとプラスチックのバケツのような音がしたが、一体何が入ってるんだろうか。



「ずっと思ってたけど、それ何が入ってるの?」

「土汚れを落とすためのハケとか、バケツとか。あとは布と新聞紙。何かに使えないかなって、今朝アトリエから持ってきたんだ」



 白鳥くんが聞くと、アキくんはボストンバッグを開いて見せてくれた。私とずっと一緒にいたせいか、アキくんも骨董品の扱いに詳しいのである。



「布とか新聞紙なら、言ってくれれば俺が用意したのに。雪乃は何を持ってきたんだ?」

「私はペンライトとか、作業手袋だよ」



 私もポーチを広げて二人に見せる。結構使い古したものもあるから、あんまりまじまじ見ないでほしいけど。



「蔵は明かりがつくから気にしてなかったけど、確かにペンライトとかはあった方が便利そうだな」

「本格的な装備だね。っていうか手袋!オレたち、今まで普通に素手で触っちゃってた……」

「素手で触っても大丈夫だよ。物によっては滑りやすくなるし、手袋の繊維が引っかかって逆に痛めちゃうこともあるんだ」



 だけど、中にはそんな危険性があっても、手の脂とかをつけないように注意する必要なものもある。この手袋は念のために持ってきたのだ。



「それに、手袋よりもマスクとかした方がいいかも」



 ホコリ対策もだけど、主に唾を散らさないようにするためである。特に私は付喪神と話すことが必要になってくるから、マスクは何よりも大事な装備だ。

 理由を説明すると、一条くんはスッと立ち上がった。



「そうとわかれば、俺たちも必要だな。俺持ってくるから、桜二は間取りを見せてやってくれ」

「ソウの家だろって、もう行ったし」



 大きなため息をついて、白鳥くんは小脇に持っていた鞄を開いた。中から取り出したのは先日蘭の館でも見たノートパソコンだ。



「プロジェクターないから、今日は小さい画面で勘弁してね。これがこの部屋付近の間取り図。大人のジジョーで印刷できないから、確認したいときはオレに言ってね」



 パソコンの画面の右側にはこの部屋と思われる図があり、左側には蔵の存在が書かれていた。

 間取り図のサイズから考えるに、蔵はそこらへんにあるファミリーレストランと同じくらいありそうだ。



「あれ、この部屋の隣もひいおばあちゃんの部屋だったの?」

「ああ、ここはひいおばあちゃんにとってのリビングみたいなところで、寝室は隣なんだ。ほら」

「そっちは十二畳か。両方合わせると結構広いな」



 白鳥くんは立ち上がると、私たちが入ってきた方と真逆にある襖を開けた。今私たちがいる部屋と違って、そちらの方はまだ生活感が残っている。



「蔵の方はいったん庭を通る必要あるから、先にこの二つの部屋を調べるつもりだ。そのあとに千代さんの蔵、それでもなかったら母屋の方って順番に見ていくつもりだ」



 私たちが間取りを確認していると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。

 数秒もしないうちにスパーンと障子が開かれた。手にマスクの箱と……たくさんの布を持った一条くんだ。



「遅いと思ったら、何寄り道してるの」

「悪い、葵さんに何か手伝うことはありますかって聞かれたからさ。ついでに寄木細工のことも聞いてきたぞ」



 布とマスクの箱を畳において、一条くんは自信満々に話し始めた。



「葵さんは二十年もひいばあちゃんのお世話をしていたから、俺よりあの寄木細工に詳しいかなって思ったんだよ」

「そんな自信満々に言うんだから、アタリだったんだね?」

「ああ!とりあえず、あの寄木細工は特注品で間違いないらしい。雪乃の見立てが正しかったんだ」



 まっすぐに褒められて、少し照れくさい。

 でも、特注品だと分かったところであんまり意味は無い。寄木細工は確かに高級品ではあるが、それでも先日鑑定士が詐欺ろうとしたツボの方が値打ちがあるだろう。


 もし泥棒がいたとして。こんな奥の部屋までやってきて、寄木細工だけを盗んでいくのは考えにくい。



「どこで作られたものかは分からないが、60年くらい前に作られたものらしいぞ」

「60年前、か……」



 アキくんの顔が少し曇る。



「付喪神は、百年大切に使われないと宿らないんだっけ」

「ううん。形をとれないだけで、空っぽの物は少ないよ」



 その場合、付喪神というよりは霊に近い存在だ。姿は見えず、簡単な単語でしか意思疎通はできない。

 付喪神と呼ばれるのは、本体である”物”とは別の姿をとることができる存在だ。神というより精霊である。この間のツボの小人のように、自由に動けて会話でき、個性や感情を持つ。


 そもそも彼らが付喪神と呼ばれているのは、九十九つくもという言葉がかかわっている。九十九とは「長い年月」、または「あらゆるモノ」という意味だ。

 だから九十九神とも言われたりするが、そうと呼ばれるほどの存在はもはや精霊ではなく神である。九十九神は人と変わらない姿をとり、ほとんどの個体が魔法のような力を使える。

 ……空飛ぶ蔵の友達のように。


 そういうわけで。

 60年しか経ってない寄木細工に、付喪神が宿っていない可能性が高いのだ。



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