『再会の影』

「……さいかいのかげ?」


 思わず尋ねずにはいられない蒼介。ハルは蒼介が何に疑問を持ったのか理解し、注釈をつける。


「ああ。再び会うと書いて再会、そして影はそのまま光の当たらない場所に生まれる影だ」

「はぁ……なんでそんな変な名前を……」


 呆れ顔の蒼介に真面目な顔でハルは説明をしてくれた。


「ああ。どうやらそれにW.o.Rが関わっているらしくてな」


 ハルの言葉に呆れ顔で聞いていた蒼介は表情を戻す。蒼介が姿勢を正して真面目に聞く気になったのを確認したハルは再び話し始める。


「私の持つ情報では、再会の影の最終目標は『翼神をこの世界に再誕させること』らしい」

「翼神……って、伝承に存在する、能力者を生み出した存在のことですか」

「ああ、それで間違いない。それとW.o.Rがどう関わっているかまでは私の情報では調べ切れていないんだが、兎に角翼神の再誕にW.o.Rが必要らしい」

「……馬鹿げてる」


 話を聞き終えた蒼介が思わずそんなことを口走ってしまうが、その言葉にハルは同意する。


「ああ、私もそう思う。太古に存在した神を生み出すために現代の人間を犠牲にするなどという凶行を許すわけにはいかない」


 コーヒーを飲むハル。しかしその表情は少し暗いものになっていた。


「……が、奴らの行いを止めることができないというのが現状なんだ。悲しいことに」

「何でですか?」

「強いのさ」


 蒼介の問いに対してきっぱりとそう言い放つハル。淹れたての時よりは熱が抜けて飲みやすくなったコーヒーを一気飲みしてから口を動かす。


「……奴ら、どうも個々の戦闘能力が高いらしくてね。その戦闘能力の高さのせいで、下手な能力者では返り討ちに遭いかねない、つまり手を出せないんだ」

「花桜先輩は?」

「あの子もよく頑張ってくれたよ。2~3人であれば同時に相手は可能だそうだが……それ以上となると難しいみたいでね」


 蒼介は学内大会の花桜の戦いを思い出していた。あれほどの力を持つ能力者でも苦戦を強いられる程の能力者の集団であれば、調査が難航するのも無理はないと思った。


「そこで、お前に白羽の矢が立ったわけだ」

「花桜先輩以上に強いから、ですか」

「ああ。決勝では花桜とは戦わなかったお前だが、その実力は花桜を上回るものだと私は認識しているからね」


 大会の場にはハルはいなかったが、おそらくは中継か何かで戦う様子を見ていたのだろうと蒼介は思った。直接対決をしてはいないが、蒼介の戦いの様子から、ハルは蒼介が花桜以上の実力を持っているのだろうと考えていた。


「……それにだ、これはあくまでも私個人の直感でしかないんだが」


「……お前、裏社会の人間と戦った経験があるだろう?」


 ハルのその言葉に、蒼介は俯いて口に出さなかった。ハルは納得したような表情を見せる。


「……肯定、と受け取らせてもらうよ」

「どうしてわかったんですか?」

「直感だと言っただろう?私もそれなりに裏社会を知っている者だからね、お前の雰囲気からそんな感じがしたんだよ」


 ついにハルのコーヒーが3杯目に突入する。蒼介はと言うとようやく1杯目のコーヒーを飲み終えたところだった。


「追加はいるかい?」

「お願いします」


 ハルは蒼介の言葉を聞き、糸で絡め取ったカップを隣の部屋に運ぶ。そして今まで通り指を動かしながら、蒼介と会話を続ける。


「……それじゃあお前からの返事を聞く前に……ちょっと聞きたいんだが、どこで裏の連中と一戦交えたんだ?」

「それは……」


 蒼介はハルの問いに、答えるべきかどうか悩んでいた。その記憶は、蒼介にとっては全てを隠すには大したものではなく、しかし全てを晒すにはある者に了解を取らねばならないと思ったからだった。故に蒼介は、一部を話さないよう話し始めた。


「……実は7年前に、ある事情がきっかけで事を構えることになったんです。あの頃の俺はまだ未熟でしたけど……何とか勝つことができました」

「ふむ……その、ある事情っていうのは話してもらえないみたいだね?」

「すみません……」

「いや、いい。そこまで深く詮索するつもりはないからね。興味で聞いただけさ」


 運ばれてくるカップを手にとり口に付けるハル。蒼介は出された2杯目のコーヒーに口を付けなかった。


「それで、蒼介。協力してくれる気になったかい?」

「……断ったら、どうなるんですか?」

「どうもしない。今まで通り花桜に協力を仰ぐだけ。そして私も今まで通り日本国外でW.o.Rに関する調査を行う」


 それで普段学校にいないのかと合点がいく蒼介。いつ「学園長がやればいいじゃないですか」と言おうか迷っていた蒼介だったが、おれで余計なことを言わずに済むと思った。


「返事に迷っているなら、別に今じゃなくていい。wPhoneの連絡先を渡しておくから、決心がついたらここにかけてきなさい」


 ハルから一枚のメモを渡される蒼介。開いてみると、そこにはハルのwPhoneへ繋がる電話番号が書かれていた。随分アナログなやり方だと思いながらメモをブレザーの内ポケットに入れる。


(俺は……)


 答えに迷っていた。どうすれば良いか、どうすれば正解なのか。この回答は彼にとっては今の平穏からは程遠いものになるだろう。このような面倒極まりない依頼は断ってしまった方が良い。


(でも……)


 しかし考えてしまう。このような危険な組織を野放しにしてたら、自分の身の回りの皆に危害が及んでしまうのではないかと。平穏を脅かす可能性のあるものであれば、それを排除するに越したことはないのではないか。不穏の目を摘めば、平穏な日常が訪れるのではないか。


(これは、分かれ道だ……)


 学校の皆と、いつも通り楽しく過ごすか。"一度は覗いたこともある"暗黒の道へ再び足を踏み入れるか。再び日常へと帰れば、今度はこの学園長による支援ある、もう危険が及ぶ事はないだろう。

 しかし後者はどうだ。以前はたまたま足が付かなかった、逃れる事が出来たものの、彼女からの提案を受ければ今度はもう二度と普通の日常に戻ってこれない可能性がある。そうなれば、自身の身の周りにあるすべてが危険にさらされることになるのだ。


「……少し、お時間を頂くことになるかもしれません」


 学園長室を後にする蒼介は、少し弱弱しく彼女にそう返事をした。その様子を、ハルはただ黙って見送っていた。


「酷な選択になるかもしれないねぇ……でも蒼介、私らにはお前の力が必要なんだ。できることなら……首を縦に振ってくれることを願うよ」




「兄さん」


 他の生徒たちよりもずっと長く校舎に残っていた蒼介、校門を出る頃には既に辺りは暗くなってしまっていた。しかしそんな遅くなっていた蒼介のことを待っている少女がいた。


「杏奈」


 蒼介よりも一回り小柄な義理の妹が出迎えてくれたので、少し早足だった蒼介の歩みは彼女に合わせてゆっくりとしたものになる。杏奈は小柄なので、比較的長身の蒼介と比較して歩幅が小さく、足は遅かった。


「随分長いこと学園長とお話しされていたんですね?いったい何を話してたんですか?」

「それは……言えない」

「妹である杏奈にもですか?」

「……ああ」


 杏奈の問いに対し、答えることをしない蒼介。当然である、その内容はハルが自分という強い力を持つ者に託せるかもと思い話したものであり、それを身内とはいえ他者に話すのは彼女の信頼を裏切ることになるのだから。


「そう、ですか」

「ごめんな」

「いえ……いいんです。学園長直々の呼び出しと言う事は、それなりに重要な案件であるということは予想できます。兄さんが杏奈に話すことができないことも、理解しています」


 そう言いながら夜道で蒼介の隣を並んで歩く杏奈だが、街灯で影が出来て読み取ることが難しいその表情は、僅かに陰りが見えていた。


「もう危ないことは、やめてくださいね」


 暗い声で、杏奈は話し始める。蒼介は、口を開くことなくそれを聞く。


「あの日、杏奈を助けてくれた時から、杏奈の全ては兄さんのものです。だから、兄さんがいなくなってしまったら、杏奈はきっと……もう生きていけないかもしれません」

「杏奈……」


 それは、明確な不安の吐露だった。自らの心の中で存在が大きくなりすぎた蒼介がいなくなってしまったら、という不安。


「兄さん、お願いです……危ないことだけは、自分を犠牲に晒してしまうようなことは……」

「……大丈夫だ」


 杏奈の手を、蒼介は握る。自分よりもずっと小さな手が、震えているのがわかった。蒼介は杏奈が痛がらない程度に、握る力を強める。


「俺は、強い。あの頃よりもずっと、強い。もしかしたら、俺がこれから立ち向かおうとしてるのは、あの頃戦ったやつらよりもずっと強いやつらのかもしれない。でも、それでも俺は勝つ。必ず勝つ、買って見せる。だから安心してほしい、俺は俺は杏奈の前からいなくなったりしない。お前を全力で守る、大丈夫だ」

「に、兄さん……ちょっと、痛いです」


 話している途中に思わず力が入ってしまっていたのか、杏奈の顔が痛みで少し歪んでいた。蒼介は慌てて手を離すと、杏奈は掴まれていた手をもう片方の手で抑えていた。


「……そうですよね、兄さんは……そういう人だったって忘れてました」


 半ば諦めたような声を出している杏奈。蒼介からそのような回答が帰ってくることを思いだしたのだろう」


「……杏奈を守ってくれるのはいいですけど、自分も大事にしてくださいね兄さん」

「ああ。カワイイ妹の願いだ、言うこと聞くよ」

「かわ……」


 その言葉を聞いた瞬間、顔まで真っ赤になってしまう杏奈。


「……杏奈?」

「か、かわわわ……!」


 突然の誉め言葉に思考がバグってしまう杏奈。


(か、カワイイ!?兄さんが杏奈をカワイイ!?か、かわわわわ!?!?!?杏奈がカワイイ!!!?!?兄さんが杏奈を、カワイイ!?!?!?)


 どうやら杏奈にとっては到底処理できるような言葉ではなかったらしく、あまりに過剰な情報量により顔面は真っ赤になり、蒼介から無意識に後ずさりするように動いてしまう。


「……?どうした杏奈、なにか……」

「ひゃ……」


 蒼介は杏奈の顔を覗き込んでくる。顔を覗き込む、それはつまり杏奈の顔が良く見える距離まで蒼介が近づいているということであった。蒼介の顔を覗き込んでくる蒼介、その距離は鼻が当たってしまうんじゃないかと言う程近くて。


「あ、あ……」

「……?」


「あああああああああーーーーーー!!!!!!!!!」


 蒼介に背を向け全速力で逃げ出す杏奈。


「ああっ、杏奈!?」


 土煙を巻き上げながら脱兎の如く逃げ出した杏奈を追う事もできず、すごい勢いで小さくなっていく杏奈の背中をただ見ている事しかできなかった。


「……まあ、杏奈は強いしあのままでも大丈夫だろ」


 杏奈を追いかけることはとりあえず諦め、ゆっくりと帰路につく蒼介。暗い夜道ではあったが、街灯が照らしてくれるため特に自分の能力で道を照らさずとも不自由はなかった。


「……再会の影、か」


 ハルから聞いた闇組織の名。そして、蒼介はその名を聞きながら、自身の記憶の中にあるある組織の事を思い出していた。


「……『翼神の再誕』か……」


 記憶の中にある組織。その組織もまた、同じことを言っていたと、思い出した蒼介。


『俺たちはぁ、偉大なる翼神様をこの世界に再び誕生させるんだ!!!』


「……いや、まさか……な……」


 心をよぎる一つの不安。そんなはずはないと自分に言い聞かせるが、その不安はぬぐい切れない。


「アイツらは、あの時……」


 記憶の中に存在した無数の敵たち。その者たちの発言を思い出す。それを思い出せば思い出す程、それは彼の不安を加速させていく一方だった。

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SPREAD BLUE~最強能力者の無双生活~ ベルカ @rejection1897

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