第110話 お風呂

 自分の家への電話をつつがなく終えた優香に、


「さてと、これで泊まるのは確定したとして。雨で少し濡れちゃったし、とりあえず風呂に入らないとだな」


 俺は極めて冷静に――冷静さを装って告げた。


 もちろんそれは上辺だけで、内心では緊張感でいっぱいだった。

 だって2人きりでお風呂の話題とか、なぁ?

 年頃の男子高校生なら、何をどうやったってアレコレ色々と考えちゃうだろ?

 そういうお年頃だろ?


「う、うん。この時間になるとまだ少し肌寒いし、お風呂に入らないと風邪ひいちゃうよね」

 

「そういうわけだから、まずは優香から入ってくれ」


 当然のことながら『一緒に入るか?』などというセリフは、冗談でも言いはしない。

 この状況だと冗談にならないからな。

 言った時点で優香の中で俺は性犯罪者と同等扱い、完全にアウトだ。


「ううん。蒼太くんのおうちなんだから、蒼太くんが先に入るべきだと思うよ?」


「いや、女の子の方が冷えたり風邪を引いたりしやすいだろ? だから優香が先だよ。これだけは譲れないから」


「そう……? そこまで言ってもらえるなら、先にお風呂に入らせてもらうかな?」


「そうしてくれると、ありがたいな。それと、着替えがないよな」


 学校帰りだったので優香は高校の制服のままだ。

 もちろん着替えだって持ってきていない。


「適当に服を貸してもらえるかな?」

「俺のTシャツとハーフパンツでいいか?」

「うん、貸りちゃうね。ありがとう蒼太くん」


 今の会話の何がそんなに嬉しいかったのか、優香がにへらーと幸せそうな顔をした。


「それでその、問題は……下着なんだけどさ」

「う、うん」

「女物の替えの下着を、俺は持ってなくてだな」


 おれが持っていたら、それはそれでいろいろと問題ではあるのだが。

 もちろん母の下着を使わせるわけにはいかない。


「えっとね、ブラはダメだけど、今日のショーツは乾燥機オッケーのだから、お風呂に入った時に手洗いして、すぐに乾燥機で乾燥させたら、お風呂上がりにはなんとか間に合うなかって思うんだけど」


 ぶ、ブラ!?

 ブラって、あれだよな?

 ぶ、ぶ、ブラジャーのことだよな!?


 ブラジャーってのはつまり女性の胸部を覆う特別な着衣のことで――はっ!?

 いかんいかん!

 危うく危険な妄想をしでかしてしまうところだった。


 これなるワードは、お年頃の男子高校生にはあまりにもデンジャラスすぎる。

 思春期を殺しにくる妄想の刃だ。

 よって聞かなかったことにした。


 っていうか!

 この会話、尋常じゃなく恥ずかしいんだけど!?

 ぶ、ブラとかショーツとか、同級生の女の子とする会話じゃないぞ!?


 だけど変に緊張しているのを態度に出してしまうと、優香も嫌な気持ちになるだろうから、俺は変わらず平静さを装おうと努めていた。


「そ、そうなんだな」

「う、うん……」


「……」

「……」

「…………」


 くぅ、ここで黙っちゃったら、いろいろと意識しちゃってるのがもろバレだろ俺……!


「じゃ、じゃあ。そういうことだから、先にお風呂をいただいちゃうね」

「お、おう。いただいちゃってくれ」


「シャワーとかの使い方を教えてもらっていい?」

「ああ、そうか。じゃあ一緒にお風呂場で教えるよ」


 俺は優香と一緒に風呂場に行くと、実際に水を出したり温度調節をしたりと、簡単な使い方を教えてあげた。

 もちろん洗濯機の乾燥機モードの使い方を説明するのも忘れてはいない。


 俺は最低限、必要なことを優香に教えると、


「俺は居間にいるから、何か問題があったら遠慮なく音声通話ボタンを押して呼んでくれていいからな」


「わからないことがあったら呼んじゃうね」


「じゃあごゆっくり」

 そう言い残して、洗面所の引き戸をピタリ端までしっかり閉めてから、足早に居間へと向かったのだった。

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