第74話 これは勉強会です。

「えっと、何の話だ?」

 しかし、悩みごとと言われても、俺に特に心当たりはない。


 優香への恋愛感情を抱えていながら、踏み出してしまうことで関係が壊れてしまい、結果として美月ちゃんを悲しませてしまうのが怖くて気持ちを告げられない――のが悩みと言えば悩みだけれど。


 まさか本人にそれを言うわけにはいかない。

 優香の様子だと、どうもそういうことを聞いているわけではなさそうだし。


「あのね、部屋に入った時の蒼太くんが、やけに険しい顔をしていたなって思って。英語の勉強をしていたみたいだけど、もしかして全然分からないとかかなって」


 あー、うん。

 そういうことな!


 俺が優香のベッドを見て過敏に反応して、あらぬ妄想をしてしまい。

 そんな思春期の欲情を必死に抑えようしたら険しい顔になってしまっていて、それを見た優香は、俺が何事かに悩んでいるように見えてしまったんだろう。


「あーいや、そういうんじゃなくてさ。しいて言うなら、弱い自分の心と戦っていたのかな?」


 心配してくれた優香に、えっちな妄想をしてしまう欲にまみれた思春期な心と戦っていた――とはさすがに言えず、俺はやや言葉を濁して答えた。


「えーと……つまりテスト勉強をする前に、しっかりと心構えをしていたってこと?」

「ああうん、まぁそんな感じ……かも」


「ふふっ、やる気なんだね、中間テスト」

「ま、まぁボチボチな」


 優香のベッドが気になってしょうがなかっただけなのに、優香はこれでもかといい風に勘違いして受け取ってくれた。


「そうだよね、学生の本分は勉強だもんね。テスト勉強を頑張って、一緒にいい点とろうね♪」


 どうやら優香の中では、俺は中間テストに真面目に取り組もうとする好青年になってしまっているようだった。

 優香の思い描く俺の姿と、リアルの俺がかけ離れすぎていて、なんていうかものすごく申し訳なかった。


 申し訳ない気持ちを誤魔化すように、俺は熱々の紅茶をもう一度、軽く口に含んでから言った。


「おしゃべりはこれくらいにして、そろそろ勉強を始めるか」

「そうだね」


 というわけで。

 なんとも長い前置きを終えた俺たちは(主に俺のせい)、やっとこさ1学期中間テストの勉強会をスタートした。


「私はいつも最初に得意な英語をやって、ちょっとずつ他の勉強をしていく感じなんだけど、蒼太くんは何の教科を勉強するの?」


 座卓の対面に座った優香が、英語の教科書を開きながら尋ねてくる。


 可愛らしい女の子座りをしている。

 しかし座卓は透明なオシャレガラス製だったので、優香のスカートから伸びる健康的な太ももがどうしても目に入ってしまう。


 っと、ダメだダメだ!


 さっきから俺は何を馬鹿なことばかり考えているんだ。

 俺は勉強会をしに来たんだぞ?

 真面目にやらないと、俺の成績を心配して勉強会に誘ってくれた優香に失礼だろうが。

 俺は優香の太ももから視線を引きはがした。


「俺も英語を一通り最初からやっておこうかなって思ってるんだ。まずはテスト範囲をざっと見て、英単語とか文法の確認かな。時間かけてじっくり基礎からやっていこうかなって」


 ちなみにその理由は優香とは全くの正反対で、俺は英語が苦手なので、赤点を取らないようにある程度時間をかけてやる必要があるからだ。


 もちろん全然できないわけじゃないんだけど、全教科の中で英語が一番苦手なんだよなぁ。

 前置詞の微妙な違いとか難し過ぎね?


 ぶっちゃけさ、英語がワールドスタンダードな今の世の中って、英語を母国語にしているアメリカ人とかイギリス人が得すぎないか?

 君ら、後付けで日本語の読み書きができるようになるの?


 絶対にものすごく大変だよ?

 断言できるよ?


 あーあ、はやくスマホで簡単に同時通訳できる時代にならないかなぁ……。

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