“魔人”ダバルプス

「以上が今回の顛末です、陛下。敵戦方士には逃げられました。王女の奪還もなっておりません」軍事国家エセルナート王国軍偵ライオー=クルーシェ=フーマは安宿の壁に寄り掛かりながら自分の最高上司たる“狂王”トレボーに女冒険者達の報告をしていた――遠距離通話用のペンダントだ。


 ライオーは意図してこの道具をホークウィンド達に渡さなかった。


“神託通りとはいえ、気は休まらぬな”トレボーが鷹揚に返事をする。


「陛下には割り切れぬ事かも知れませぬが御容赦を――あのパーティが王女を奪還すれば秩序機構オーダーオーガナイゼーション首領ゲルグの首級をあげれるのです――後の我が国の戦略、政治に多大な利益をもたらすでしょう――憎きワードナに奪われた護符アミュレット以上の利益をです」 


“期待しておるぞ。ライオー=クルーシェ=フーマ”


「恐れ入ります」ライオーは通話を切ると冷たい笑いを浮かべて窓から月を見上げた。


「さて、どうなることかな――」転移魔法を使える協力者の魔法使いと極少数の部下を連れ、ホークウィンド達を追いかけている――彼女達が追いかける秩序機構の戦方士バトリザードコールドゥ=ラグザエルにも今の所気付かれずにだ。


 ホークウィンド達の援護バックアップを担うのと同時に失敗した際には始末する事も任務の内に含まれていた。


 ライオーは秩序機構の構成員と連絡を取り合っていた――機構の総帥ゲルグは反トレボーの急先鋒というべき男で、魔導専制君主国の実権を握るようなことになればトレボーの世界征服の野望にとって障害となる事は間違い無かった。


 ライオー自身は世界征服などに興味は無かった――主君たるトレボーの命を守る事は間違いないが、それと主君の思想に賛同するかどうかは別だ。


 自身も立身出世などに興味は無い――命を懸けたやり取りと命の掛かった駆け引きが楽しいから今の仕事をやっている。


 秩序機構に潜り込む事も皮膚を焼く様な緊張感が味わえる事と主君の役に立つから行っているのだ。


 先祖代々エリストラトフ、トレボーの一族――を影として守る事――その宿命がトレボー個人への忠誠心より勝っていた。


「信ずるものは自尊する心」――家訓を口にする――身が引き締まる思いがした。


「ダバルプス――リルガミンの救世主と呼ばれる男――さて、奴はネズミかそれとも龍か」コールドゥが秘密裏に接触を試みる男だ――を見定めて対処しなければならない。


 ダバルプス――エセルナート王国に軍事的に押されつつある最古の帝国リルガミンの皇室を無能と糾弾し王国に断固として当たるべきだと煽動する男。


 数多の奇跡を起こし魔法も使わずに病人を癒し死者を蘇らせたとまで噂されていた。


 彼に心酔する帝国民も多い。


 ――ライオーは事によっては自分自身がダバルプスに会う必要もあると考えていた。


 *   *   *


 戦方士バトリザードコールドゥに拉致されたエセルナート王国王女アナスタシアは彼の右腕が見る間に再生していくのを改めて驚いて――表情には出さなかったが――見ていた。


 恐らく商都アメルガートの何処かだろう、路地裏だった。


「淑女の目の前で着替えなさるのは止めていただける」収納魔法で新しい上着を取り出したコールドゥに王女は冷たく言った。


「気になるのか?」


「男には興味無いわ」


「王家の者としていずれ子を成さねばならないのに?」


「いざとなれば養子を取るか、血縁者から相応しい者がなれば良い。私は男と寝るなんて御免よ」


「威勢の良いお姫様だな」


「そう言う貴方こそ何故私を汚さないの」


「俺は不能だ。この悪魔を植え付けられた時の呪いでな」コールドゥは左手を指して言った。


「植え付けられた?誰に?」


「秩序機構最高指導者にして俺の祖父ゲルグ=アッカムだ」コールドゥの声には苦さが有った。


「実の祖父が――?」


「細かな事を話しても仕方が無い。祖父は俺の仇敵だ――死ぬまでに一矢報いてやらなければ気が済まない」


「人質を取られているか、強制ギアスの魔法を掛けられて従わざるを得ない――そんなところかしら」少しの沈黙の後、王女は戦方士の瞳を見て言った。


「良く分かるな」コールドゥは舌を巻いたようだった。


「王家の者として教育を受ければ誰でもそれ位の事は想像がつくわ――貴方の不運には御同情申し上げるわ」


「同情されてもお前を助けることは出来ない――余計な事は考えなくて良い」


「貴方に助けられなくてもカレンは助けてくれる――」


「あの女護衛騎士か――確かにあの女ならお前を助けられるかもしれない」コールドゥは彼女達の襲撃で命を落としかけた事を思い出していた。


「何故私をさらったの?」王女は優しく聞いた。


「理由は聞かされてない」コールドゥは上着を替えながら言った。


「大方お前の父“狂王”の事が気に入らない――その程度の理由だろう。これ以上に下らない理由で人殺しをさせられた事も有る」素っ気ない言い方だった。


「人間の心臓を悪魔に食べさせるのも下らない理由なの?そうしなければならない訳が有る様だけど」


「話は終わりだ――数日後にはリルガミンに入る。お前はさかし過ぎる」コールドゥは話を打ち切ると歩き出した。


 王女アナスタシアは溜息をつくと戦方士の後に続いた。


 *   *   *


 四日後――コールドゥはカレン達の襲撃を受ける事も無くリルガミンの門をくぐった。


 王女には認識阻害の魔法を掛け、更に頭巾フード付きの法衣ローブを着せていた。


 コールドゥは戦闘以外の魔法は得手では無かった。


 力技で相手をねじ伏せる――それがコールドゥのやり方だった。


 ダバルプスと接触し協力を仰げ――そう命令されていた――リルガミンでは救国の英雄と呼ぶ者も居る男だ。


 王女も一緒だ――強制の首環をしている以上仕方のない事だった。


 召使いという事にしているが――駒として使えるなら王女の身分を明かしても構わない――王女を魔都マギスパイトまで傷つけずに連れ帰れるならばの条件付きだが。


 安宿に一泊し、翌日にダバルプスと会う。


 リルガミンの有力貴族の館が面会の場だった。


 ゲルグの話ではコールドゥが王女をさらった事はダバルプス達は知らない――そう聞かされていた。


 正門から入る。


 館の奥の一室にダバルプスとその後援者の貴族は居た。


 衛兵が四人――相当の手練れだとコールドゥは見て取った。


 ダバルプスは平均的な身長の長い黒髪を垂らした優男だった。


 ちょっと力の有る女と格闘したら負けそうだ――そんな印象を受けた。


「ようこそリルガミンへ――秩序機構の戦方士」優しい声色だが違和感をコールドゥと王女は覚えた。


「ゲルグ殿は達者ですか」


「余計な挨拶は要らない」敬語を使うべき場面だったがコールドゥは直観に従った。


“この男は自分を善人だと信じて疑わない悪人だ”左手の悪魔を通してコールドゥはダバルプスの正体を悟った。


 後援者の貴族も表ではエセルナート王国への徹底抗戦を口にしながら裏では王国に通じていた――リルガミンが負けても自分の権益は確保する為だ。


 裏で何をしていようと利益になるなら手を結べ――秩序機構の立場を代表すればそうなる。


 だが強制の魔法もこの様な裁量に影響を及ぼす事は出来ない。


 ダバルプスとその仲間は頼りにならない――そう判断して手を切っても構わない。


 コールドゥはもう少し様子を見る事にした。


 ダバルプスは一刻ほども饒舌に語った。


 如何に世界が悪に満ちていて自分はそれと戦っているといった話に自らの起こす奇跡は善き神の加護だの果ては秩序機構やコールドゥへのおべんちゃらまで良くも話の種が尽きないものだとコールドゥと王女は呆れた。


「世界は善き人々に導かれなければなりません――私の様な私欲の無い者に」


「聖なる大義の為に悪と闘う者こそ神が祝福なされるのです」


「全ては自己責任です――運不運すらも。人間は置かれた場所で咲くべきなのです」


 話し終わったダバルプスは自己陶酔を浮かべた顔つきで辺りを見まわした。


「今日の所はこれで。秩序機構として協力させてもらうかは明日以降に」コールドゥは早くこの場を立ち去りたいというニュアンスをちらつかせて言った。


「お待ちなさい」ダバルプスの目に狡猾な光が宿った。


「そこの召使い――只の少女ではありませんね」


「何が言いたいのか分かりかねる」コールドゥはとぼける。


「そう、丁度一カ月ほど前にエセルナート王国の王女がさらわれたとの情報を我々は得ているのです」


「だから?」コールドゥは密かに左手の悪魔の力を解放する。


「その少女を置いていきなさい――我々の方が彼女を有効に活用できる」


「断ると言ったら?」


「貴方に選択権は有りません」


 言いしなに四人の衛兵が襲ってきた――コールドゥは魔法で収納していた魔剣イェルブレードを抜く。


 コールドゥは心臓目掛けて襲ってきた敵の攻撃を無視し、一人の衛兵の右腕を切り落とした。


 残りの三人の攻撃はコールドゥの悪魔化した肉体部分――人間なら急所の部分だった――に弾かれた。


 腕を切断された衛兵が尚も短剣を抜いて襲ってくる――命を捨てた攻撃だった。


 コールドゥは左手で短剣を受け止めた。


 そのまま相手の左腕を掴むと残り三人の攻撃を止める盾にした。


“盾”はおよそ人間のあげる悲鳴とは思えない声をあげた――三本の長剣が“盾”を串刺しにする。


 そのままコールドゥは左手一本で“盾”を三人に投げつけた。


 一人が避けきれずに下敷きになる――すかさずコールドゥは相手を踏みつけるとイェルブレードを突き立てた。


 下敷きになった衛兵は急所を貫かれ絶命する――身体の中から煙が上がり見る間に燃え上がる。


 この男が相手では勝ち目が無い――そう見て取った残り二人は王女を人質に取ろうとする。


 しかしコールドゥの方が早かった。


 単音詠唱で麻痺パラリシスの魔法を二人に掛ける――衛兵は二人とも随意筋が麻痺し立ち尽くした。


「まだやるか?」コールドゥは身動きすら出来ずにいた貴族とダバルプスを脅す。


「フフ――ハハハ」突然ダバルプスは笑い声をあげた。


「いや、流石にお強い――だが、これはどうです――」ダバルプスが何かを唱える――途端にコールドゥは全身に激痛が走るのを感じた。


 くずおれそうになるのを辛うじて堪える。


 イェルブレードが乾いた金属音を立てて床に転がった。


「悪魔に力を与える奇跡の呪文です――貴方の場合、体内の悪魔が活性化される事で拒絶反応が起こるのですが」余裕を持った笑みを浮かべている。


「貴方を殺せるのであれば王女の命は要らない――秩序機構総帥ゲルグ殿からそう言われているのですよ」ダバルプスは大笑した。


「王女は我々が――」そこまで言った所で貴族が震える手で後ろを指さしているのにダバルプスは気付いた。


「そこまでよ――呪文を止めなさい」王女の声は低かった。


 王女はいつの間にか落ちた剣を拾いダバルプスの背後から突き付けていたのだ。


 あらかじめ掛かっていた認識疎外の魔法に気配遮断の呪文を重ね掛けして効果を強め、気付かれない内に後ろに回っていた。


 王女はダバルプスの手を逆手に取って関節を極めるとその喉元に剣をあてがった。


「コールドゥ、転移の呪文を唱えて――ここから脱出しましょう」


「どうして一人で逃げない――?」コールドゥは一瞬王女が自分を助ける理由をはかりかねたが、要らない詮索に時間を掛けることはしなかった。


 王女の手を取ると呪文を唱える。


 二人の姿が消えた――コールドゥとアナスタシア王女は館の裏手に脱出した。


「私の呪文では館の外に出るまで気配遮断は持続出来ない――それに貴方を見捨てて逃げれば首枷が締まるんでしょう――他に選択の余地は無いわ」そうは言いつつも声には安堵の色が有った。


 自分はこの戦方士の境遇に同情している――王女はそれを感じ取っていた。


「ともかく助かった――出来れば口にしたくは無かったが、礼を言う、王女アナスタシア」微かではあるが感情のこもった声だった。


「どういたしまして。これで貴方が私をカレンの元に返してくれると言う事は無いのだけれど」


 コールドゥの顔が複雑に歪んだ。


「今回の件は貸しよ――いつか返してくれれば良いわ。ダバルプスが信頼に足らない相手だと分かった、それだけでも王国にとって収穫は有ったわ」


 コールドゥは王女のしたたかさに再び舌を巻く。


 必ずエセルナート王国に帰れると信じて疑わない――王女のその強さはコールドゥにはまぶしかった。


 一回りも歳が離れるとこんなにも違うものか――かつて自分がこの王女と同じ年齢だった時、こんなにも自分を信じていただろうか――。


「リルガミンには長く留まらない方が良いんじゃないかしら――あの似非救世主は嫉妬深そうよ」


 もう午後に差し掛かっていたが――最もリルガミンの門は夜間でも閉まらない――すぐにでも出発した方が良さそうだ、コールドゥもそう判断した。


 海路では襲われたら逃げ場が無い――時間も手間もかかるがガランダリシャ王国連合には陸路で異界山脈を超えていく――そう決めるとコールドゥと王女は宿に預けた馬を取りに向かった。


 陸路でガランダリシャに入るのは河川を移動する行程を含め十日程かかる。


 国境から連合首都ガランダルまでは更に五日から六日ほど必要になる筈だった。


 次の任務――首都の神殿に祀られた神像を盗み出す――その任務も自身を破滅させる為の罠では無いか、コールドゥはそう推測していた。


 ――そしてその推測は当たっていたのだった。

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