第39話 中川家

 予選ライブ当日。僕と鵜飼さんは会場であるライブハウスに乗り込んだ。


 大きな街の片隅にある、キャパシティ200人ぐらいのライブハウス。メジャーで活躍するようなバンドがライブをやるには、やや小さいかなと思うハコだ。


 僕らからしたらそこはまるで街から隔離されたかのような別世界で、慣れない雰囲気に少しだけ困惑している。


「うわあ、ライブハウスってこんな感じなんだね」


「僕も初めて来た……、なんだか不思議な感じ」


「思っていたよりも広くないかも」


「そりゃあ、市民ホールに比べたら小さいでしょ」


 何千人も収容できる市民ホールに比べたら確かに小さい。

 おまけにちょっと暗いし、ひんやりとした独特の空気感もある。

 世の中にはこれがたまらなく好きな人もいるのだろうけど、僕はちょっとすぐには慣れそうにもないなと思った。


「確かにそれもそっか。でもここに沢山のお客さんがくるわけでしょ?そんな場所でライブができるんだからワクワクしてきた」


「ぼ、僕は緊張してきたよ……」


「大丈夫大丈夫。失敗しても死ぬわけじゃないんだし。むしろ初ライブから上手くいくなんて思ってないから、岡林くんも気楽にいこうよ」


「う、うん……」


 確かに言われてみたらそうだ。別に失敗したからといって死ぬわけでもないし、山下へのアピールがうまくいかなかったとしても、他に挽回する機会はいくらでもある。

 ここが全てではないぞと改めて自分に言い聞かせることで、僕の呼吸は少し楽になった。


 しばらくして、鵜飼さんは主催者に呼ばれて出演順のくじを引きに行った。


 なんやかんや運が良さそうな鵜飼さんなので、僕はあまり心配はしていない。

 鵜飼さんが戻ってきたとき、やっぱりそれなりに良い順番を引き当てたようで、彼女はいい顔をしていた。


「みてみて、出演順のくじ引きをしたんだけど10組中5番目だってさ」


「ちょうど真ん中だね。会場があったまってきた頃だろうから、タイミングとしては悪くないかも」


「でしょでしょ? 私のくじ運凄くない?」


 くじ運もそうだけど、良い事があったときの僕に対する物理的距離の詰め方もなかなか凄いよ鵜飼さん。

 そんなに近くに寄られると緊張とはまた違う意味でドキドキするんだけど……。


 そんな感じで順番も決まり、ライブに対するモチベーション上げに専念しようと思ったところでふと声をかけられた。


「あなた方が5番目ですか……。では、私の直後ということですね」


「梓!」

「梓ちゃん!」


 聞き慣れた声と、そのクールな雰囲気。

 僕の従兄妹である溝脇梓がそこに立っていた。


 一緒にコンテストに出ようと僕は梓を誘ったわけだけど、どうやら彼女も書類選考を突破できたみたいだった。


「こんにちは。お二人が書類選考を突破してて安心しました。また紅ちゃんに約束をすっぽかされたらどうしようかと」


「落ちるわけないじゃん、あれで落ちたら審査員に殴り込みにいくぐらいだよ」


「ははは、鵜飼さん……、流石に物騒すぎ……」


 鵜飼さんは拳を突き出しながらその有り余る自信を見せつける。

 ライバルである梓と同じステージに立てるということで、なおさら嬉しそうだ。もちろん、僕も嬉しい。


「梓も書類選考を突破したんだね。さすがだよ」


「ま、まあ、これぐらい私にとっては朝飯前ですから……」


 梓は褒められると思っていなかったのか、ちょっと恥ずかしそうに凄む。

 昔から褒めたときは素直に喜ばず、こんな感じで照れ隠しをする。そういうところは変わっていない。


「梓ちゃん、ピアノも歌も上手いもんねー。私が審査員なら即グランプリだけどね」


 なんて鵜飼さんは冗談混じりに言うけど、僕からしたらそれは過言ではないと思う。

 今回の予選ライブで1番の強敵になるのは、梓で間違いないだろう。


「じゃあ梓は僕らの前、4番目ってことか」


「ええ。トップバッター以外ならどこでもいいと思ってましたので、これはこれで良い順番です」


 確かにトップバッターは辛いところがある。

 会場があったまっていないのもあるし、審査員もどういう風に点をつけたらいいかまだ基準が出来ていない。


 色々な賞レースがあるけれど、トップバッターで優勝したのは2001年のM-1グランプリぐらいかなと僕は思ったりする。


「私達の出番がくる前に梓ちゃんに全部持っていかれないように頑張らないとねー、岡林くん」


 鵜飼さんはニヤニヤと僕を見てくる。ちょっとからかっているつもりなのだろうか、それともテンションが上がってきたのだろうか、なんだか楽しそうだ。


「な、なんで鵜飼さんはそんな楽しそうな目で僕を見るの……?」


「ふふふ……、内緒」


 もう何度脳内で思い返したかわからない、その鵜飼さんのいたずらっぽく笑う顔に、僕はまたノックアウトされそうになる。

 ここは男として、負け試合でもなんとか判定まで持ち込みたい。


「それでは私はちょっと準備をしますので。――ご武運を」


 梓は精神統一をするために控室へ入っていった。昔から出番前はあんな感じで集中力を高めている。これも変わっていない。


「梓ちゃんも頑張ってね。一緒に全国大会行こーね」


 鵜飼さんは手を降って梓を送り出す。


 全国大会への切符は10組中1組ないし2組。いよいよ僕らの運命を決めるステージが幕を開ける。

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