第3話 天魔と地魔

 トト先生の授業は続く。この講義後は魔物を使役する練習もするらしい。

 二体は自分が授業に集中できるようにという配慮なのか、言い争いはしなくなり、静かになった。


「先生、質問です。召喚した魔物が天魔や地魔に分かれているのは、なぜですか?」


 生徒の質問を聞き、トト先生は丸いメガネの真ん中を指で押し上げた。中学でも習ったことはあるが話は天魔と地魔の違いから始まった。


 天魔も地魔、どちらも魔物という類だが。天魔は天に関わりがあるのか、鳥のような姿、翼を持つもの、妖精みたいな、かわいらしいものが多い。


 一方、地魔は地に関わりがあるのか獣みたいな姿をしたもの、地にしっかりと足をついた力強いものが多いようだ。それらの区別は昔に決められたもののようで起源は知らされていない。


「召喚時に天魔か地魔に分かれる要素は皆さんの潜在能力によって分かれるとされています。それはそのままの名前で天の力、地の力と言われています。それは生まれ持っているものなので自分で操作することはできません。けれど皆さんは体内にそれぞれの力を持っています。その力がどちらか強い方によって天魔か地魔に分かれるということですね」


 その話にミューは首をかしげながら恐る恐る手を挙げた。


「先生、じゃあ僕はなんで二体も現れたんですか?」


 トト先生は「うーん」と少しの間、うなっていた。


「それについては私も詳しいことはわかりかねますが。本来なら天と地の力はどちらかに傾くはずなんです。ただミューくんが二体を召喚できたのは、もしかしたら潜在する力の均衡が全く同じだったからと言えるかもしれません、私の推測ですが、偏りがなく一定の力、だったのかも」


 それは、つまり――。


「……普通ってこと、ですか?」


 天秤が全く傾かず、真横に揃っていてぶれない状態。先生は再びうなる。


「そうですね……本来は天地の力も均衡が保たれているのが普通だったのかもしれません。とすると長い年月を経たせいで力が偏ったものの方が普通ではないのかもしれない」


 なんだかややこしくなってしまった。


「でも力は様々でも、そんなの関係ないと私は思います。だってみんな地球上で生きる存在なんですから。ミューくんの二体召喚は滅多にないかもしれませんが、この世界の誰かはできるかもしれない。ミューくんだけ異常だ、なんていうことはないんですよ、絶対」


「わ、わかりました。ありがとうございます」


 ミューは自分の手の平を見ながら考える。

 自分の能力は普通だ、何もかも普通。何も秀でたものがないのは長年のコンプレックスだ。いくら勉強しても運動しても何をしても。悪くはならないし、良くもならない。常に波がなくて真っ平らな海のようになめらかな状態だった。まぁ、そこまで本気で勉強や運動に打ち込んできたわけじゃないけれど。


(だから二体が生まれたのかもしれない。それが良いことなのか、悪いことなのかは、わからないけど……)


 トト先生の講義が終わり、休憩時間をはさんでから一年生徒は校庭に集合した。

 ちなみに一年生徒はこのクラスの三十人だけだ。この学校生徒が特別少ないというわけじゃない。世界的に今は子供の数が少なくなってきている、少子化という社会問題だ。数十年後には魔物の方が多くなると言われている。


 生徒達の近くには宙を漂うもの、地に足をつけたもの、犬や猫の動物のような姿、小さな翼を持つ子供の天使、トカゲのような肌をしたもの。様々な姿形の魔物が勢ぞろいしている。

 全部に共通しているのは、みんなそれほどレベルが高くない下級魔物ということ。見ていてかわいらしい、初々しい姿をした魔物は見ていると心がホッとする。みんな新しいことにチャレンジする初々しい新人、といった感じだ。

 ……自分の両肩に手を置く、この二体を除いては。


「さて、せっかく皆さんの新しいパートナーもできたことですし、今度はパートナーの能力を見せてもらいましょう。難しいことではありません、だって皆さんのパートナーなんですから、お願いすればいいんですからね、こんなふうに――」


 生徒から少し離れた位置に立った先生は右手を前に差し出した。

 するとどこからか蹄の音が聞こえてきた。軽快な心地の良いリズム。パカッ、パカッと地面がかすかに揺れる。


 その音の持ち主は近づいてくると虹色のふわりとした翼を広げて減速し、細面の鼻先を先生の差し出された手の平にくっつけた。

 その姿は相手に信頼を寄せる馬の姿。虹色の翼と白い体毛、黒い物憂げな瞳が印象的だ。


「皆さんに私のパートナーを紹介しましょう。私が使役するパートナーは天魔ペガサスです。最初はとても小さかったのですが長年連れ添って力を増し、今では立派な上級天魔として、いつも私を助けてくれています」


 ペガサスは同意するように鼻先を手の平にくっつけながら、つんつんと動かしていた。先生のことが大好きなんだということがわかる。

 理想的な召喚者と魔物の関係。素敵な光景だなぁと、自分や周囲の生徒達が見守る中だった。


「……なんだぁ? 今年は随分出来の悪そうなガキどもばっかりだな。いかにも頭悪そうで勉強もできなさそうなツラしてんじゃないか。それでよく入学できたもんだなぁ」


 目の前のペガサスは嘲笑うかのようにヒヒンと鳴いた。


「……え?」


 みんな開いた口が塞がらなくなった。

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