第6話 文化祭準備です

「それでは、来月の文化祭に向けて話し合いたいと思います」


 学級委員長である田橋京子たばしきょうこという、眼鏡をかけたおさげの女子生徒が指揮をとっていた。


「メイドカフェがいーと思いまーす」

「やだ、変態!」

「劇!」

「うわ、劇とかダルすぎ」

「焼きそばとかどう?」

「食品系だと管理がたいへんそうだよねぇ」

「お化け屋敷もいいけど、競争率が高いしなぁ」


 うーん、とクラスが微妙な雰囲気になったところで、一人の女子生徒が声を上げた。


「あ、ねえ、かおりちゃんの実家花屋だからさ、売れ残った花とかもう商品として売れない花を分けてもらって、その花で何か作れる体験工房とかどう?」


 かおりちゃんとは、担任の花好はなよし先生のことである。


「何かってなんだよー」

「う〜ん、ハーバリウムとか、テラリウムあたりかなぁ」

「え~いいね! カワイイ!」

「えー材料費かかりそう~」

「あ、そういうのたくさん安く売ってるところ、知ってるよ!」

 

 女子たちが話をどんどん進めている一方で、男子たちは退屈そうにし始めた。


「女子の文化祭になっちゃうじゃん。つまんね~の」

「俺たちも一肌脱ぎたいよな~」


 それを聞いた女子たちは、


「何よ。だったらなんか案の一つや二つでも出せばいいんじゃないの?」

「そうだ、そうだ!」

「何もないんだったら黙っててよね!」


 と、男子たちを非難し始め、教室の規律が乱れ始めた。


「あの、ちょっと皆さん落ち着いて……」


 京子はみんなをなだめようとしたが、彼女の声は誰にも届かない。議論がヒートアップしてきたところで、


「花好先生もちょうど処分に困ってたって言ってたし、いいんじゃない?」


 と、いわゆるクラスの人気者である、風見裕斗かざみひろとが声を張って言った。クラスは水を打ったようにしーんと静まり返った。それを聞いた男子たちは、


「まあ、確かに……かおりちゃんの為なら……」


 と、気持ちが揺らぎ始めた。


 花好先生はファンクラブができるほど、若くて美人な先生である。そんな可憐で優しい先生の為なら……、と男子たちは考えていたのである。


「男だって花の一つや二つ知っておけば女子にモテるかもしれないしなあ~」


 と、普都男が独り言を、というには大きすぎる声で言った。


 モテる、という単語を聞いた瞬間、男子たちの目の色が変わった。ダァン! と一人の男子生徒が立ち上がって椅子に片足を乗せた。


「よし!! 今年の文化祭は『かおりちゃんの花工房』に決定だ‼」

「うおおおおおおおお‼」


 教室内に男どもの咆哮が轟いた。


「それでは、今年のクラスの出し物は『かおりちゃんの花工房』に決定、と。はい、それでは役割分担をしたいと思います。リーダー、買い出し班、制作班、教室内の配置を決め、飾りつけをする展示班……ざっとこんなところですかね」

「リーダーお前でいいんじゃね?」


 男子生徒が先程工房の案を出した女子生徒を指差した。


「え、ごめん、部活あるから無理」

「えーじゃあ誰がやるんだよー」

「もういっそのこといなくてもよくね? 適当にいこうぜ~」

「いいえ、駄目です」


 京子は男子生徒を一蹴した。


「今決めておかないと、後々たいへんになるのが目に見えています。私も補佐しますので、リーダーをやってくれる人はいませんか?」


 こんな面倒くさい役割を引き受ける者は相当な暇人か目立ちたがり屋か京子と親密になりたい人くらいしかいるはずもなく、部活動や個人の都合もあるため(端的に言えば面倒くさいので)案の定、全員上を向いたり空を見たり目を逸らしていた。


「てか委員長でいいじゃん、リーダー」

「確かに!」

「適任じゃんね」

「そ、それは……」

「…………」


 リーダーが京子に決定しそうになっている中、裕斗はリーダーになるか決めかねていた。サッカー部に所属している裕斗は部のエースで、大会も近い。部活に穴をあけると迷惑が掛かってしまうかもしれない。しかし、チャンスは一度きり……。これを逃したら仲良くなれる機会はもう二度とないかもしれない……。


 裕斗は覚悟を決め、手を挙げようとしたところで、


「リーダー、凡子が良いと思いまーす。花、めっちゃ詳しいから」


 と、普都男が凡子に向かってばちん、と可もなく不可もないウインクをかました。


(おい、普都男~~ウインクすな~~ムカつく~~)


 普都男は、凡子は花が好きだと知っている人の数少ないうちの一人である。


「本当? それじゃあ、平さん、お願いできますか?」


(え~~~、私なんかがやっていいんですかぁ~?)


「えーっと……」


 陽菜が振り向いて言った。


「ファイト! ぼんちゃんならできる!」


 断れない雰囲気になってきた。やっとの思いで口にしたのは、


「ちょっと……考えさせてください……」

「…………」


 伊圭男は神妙な面持ちで凡子を見ていた。

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