第64話 許せないのは一点だけ

 「仲違なかたがいっていうのかさ」

 幸織さちおはいきなり瑠姫るきの始めた話に戻った。

 「あれは事故だよ。いや、結生子ゆきこと彼があそこまで行っちゃったのは。その結果っていうか、結果のはずがないけど、それが引き金になってあのいわし御殿がなくなるとかしちゃったから、大ごとになっちゃったけどさ」

 「知ってるんだ……その事情」

 「……うん」

 幸織は少し間を置いてうなずく。

 「そういう話、還郷家かんごうけを回ってうちに入ってくるんだよね」

 ふう、と息をつき、ちょっと上を見上げる。

 「あの三善みよしの家のおじいさんさ」

 三善の家ってどこだったっけ?

 ああ、結生子のところか。三善結生子って名まえだったな。

 「その、結生子を結婚させようとしてた相手の親って、昔からの、岡平おかだいら藩っていってたころからのおカネ持ちで、わりと帰郷家きごうけに肩入れしてくれてる人だったんだよね。そこに結生子が嫁入りすることで、その孫に帰郷家の将来を託そうとしたんじゃないかな。その希望が途切れたところで、まあ、酔っ払って階段踏みはずしたか何かでしょ? あそこの家、梯子はしごみたいな急な階段、多かったからさ」

 「ああ」

 幼い幸織は、そういう階段を上ったものの、下りるのが怖くなって、瑠姫と結生子に見つけてもらうのを待っているうちに寝てしまったのだった。

 結生子の話だと、肝臓をやられて倒れた、ということのようだったが、どちらでも似たようなものだ。

 「あそこのおじいさん、お酒弱いのに、お酒を飲んだらいいアイデアを思いつくって思ってたらしくてさ、うちのおじいちゃんとか止めるのに苦労したって話だから」

 「お酒を飲んだらいいアイデアを思いつくって思ってた」というだけならば「かわいいっ!」と言ってあげてもいいのだが。

 「ああ」

 それでも、話は結生子と幸織の仲違いから離れて行ってしまった。

 「彼の件はさ」

 その瑠姫の思いを読んだように、幸織はその話に戻った。

 「わたしも意地になってたんだよね。彼が結生子と連絡取ってるってわかったとき、あ、負ける、って思っちゃったから。それで彼に熱を上げてるところをアピールしようとして、ますます取り逃がす結果になり……」

 ナレーションで解説しているように、幸織は言った。

 「でもさ。気の毒なのは結生子だよ。だって、結生子の家がぐしゃぐしゃになったのって、彼にも責任あるわけじゃない? いや、責任あるかどうかっていうより、責任、感じていいはずなんだ。町の子だったけど、事情はどこかから入ってたと思うから」

 町の子というのは、海岸近くではない街の、ということだ。甲峰こうみねではそういう言いかたをした。

 「でも、ぜんぜんフォローもしないで、どこか遠くにキャンパスのある大学に行ってしまったしさ」

 本心から、気の毒と思っているのだろうか?

 きいてみてもいいと思ったが、やめる。

 「結生子で許せないのは一点だけ」

 そういって、幸織は笑った。

 寂しい笑いとか、含むところのある笑いとかではなかった。

 昔から、よく幸織がしていたような、何の裏もない笑い……。

 「彼に、わたしの振りかたを伝授したことだよ」

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