第47話 姫様とか、姫神様とかもいうけど

 結生子ゆきこはまたふふっと笑って、いきなりまじめな顔をつくった。

 「だから、さっき、瑠姫るきが頭を下げようとしてたでしょ? あそこにまつられてるのが、その玉藻姫たまもひめだよ。神様としては、みことがついて、玉藻姫命。姫様とか、姫神ひめかみ様とかもいうけど」

 「はあ」

 正直に言う。

 「ぜんぜん知らなかった」

 「ま、へんだな、とは思ったんだけどさ」

 言って、結生子は、頭の上に両手を組んで伸びをした。

 「ほんとは、帰郷家きごうけの人間はここの境内にも入らないことになってるんだけどね。でも、わたしも、もう、関係ないから」

 いたずらっぽく肩をすくめて見せる。

 「その原因っていうのがさ。江戸時代に……って話、聴く気、ある?」

 「うん」

 即答する。ここまで話を持ってこられて、いや、興味ない、とは言えない。

 それに、ほんとうに興味があった。あの中学生のころにはべつにふしぎには思わなかったけど、いま思うと、あのころの自分たちには何か違和感がつきまとっていた。

 その違和感の謎が解けるかも知れない。

 結生子は一つうなずくと話し始めた。

 「江戸時代の、宝暦ほうれき年間っていう時代さ、ここ、岡平おかだいら藩っていう藩だったんだ」

 瑠姫がきく。

 「いまの岡平市?」

 だとしたら、わかりやすい。

 「岡平市から岡下おかしたを除いた範囲かな」

 岡下は岡平の北のほうの街だ。なぜそこが除かれるのはわからないけど、きかないでおく。

 結生子は小さく笑った。

 「それでさ。ま、この時代はどこもそうだけど、財政破綻状態でさ。それで、相良さがら易矩やすのりっていう家老がいて、それがその財政立て直し? いまでいう行財政改革みたいなのを熱心に推進したんだ」

 「ああ」

 そういう話っていつの時代にもあるんだな、と瑠姫は思う。

 「その大きなポイントが、漁村っていうのか、海辺の村からの収入だったわけ。年貢って、基本、田んぼが基準だからさ。ま、そうじゃないところもあるけど、ここの藩じゃそうだったから、海岸って田んぼが少ないから年貢が安かったんだよね。ところが、この相良易矩って、漁村だって魚を売れば儲かるだろうっていうことでね、その年貢をすごく高くしたんだ」

 「はあ」

 そういう話っていつの時代にもあるんだな、やっぱり……。

 うちの会社でも、こないだの会議で、これまで課金してなかったサービスに課金すれば財務状況が大幅に改善できるという話が出ていた。けっきょく、そんなことをしたらクライアントが離れるという反対論が出て、結論は出なかったのだが……。

 いや、その話ではなかった。

 結生子の話だ。ちゃんときいていないとわからなくなって、また最初から説明してもらわなければならなくなるのは、中学時代にいやというほど経験した。

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