第34話 そういえば、お祭りは?

 防波堤をくぐったところにお店がある。瑠姫るきがここに住んでいたころは、飲み物とか、カップラーメンとかアイスクリームとか、水着とかタオルとかあとゴムボートとかの海で使うもの一式と、おみやげ物とか、なぜか文房具とかを売っていた店だ。その店は、一階のガラス戸をきっちり閉めていて、そのガラス戸の向こうもカーテンがしまっていた。店のなかがどうなっているか見えない。

 ここの店も閉店してしまったのか。

 まあリゾートホテルだけでなくペンションも民宿も一軒もないのではしかたがないだろう。

 幸織さちおの家まですぐなのだが、このまま急ぎ足で帰るとまだ水着が濡れたままで着いてしまう。ゆっくりめに歩いてそのあいだに乾かそうと思う。

 それにしても、と、瑠姫は思った。

 もの足りないというのか、奇妙だというのか。

 知った顔に出会うかと思ったら、これまで幸織とその家族以外にはだれにも出会っていない。初めてここに来たのならともかく、十年ちょっと前にはここに住んでいたのだ。同級生、先輩、後輩、それに近所に住んでいた人……だれかには会ってよさそうなのに。

 もちろん、そこそこは大きい村なので、あのころから知らない人も多かった。

 村というとだれもが知り合いで、とても親密なつきあいをしている、というイメージとは違っていた。隣の一家さえ、会えばあいさつもしたけれど、何人家族で何をしている一家なのかまったく知らなかった。

 親密さというなら、東京に引っ越してからのこぢんまりしたマンションのほうがつきあいは親密だった。荷物を預かったり、おみやげを持って行ったり持って来てもらったり、それにお祭りとなるとみんなで役割を分担したりした。

 この村ではそういうのはなかった。まだ小さくて知らなかっただけかも知れないが、瑠姫の覚えているかぎりでは、なかった。

 あ、いや。

 そういえば、お祭りは?

 東京では、地域の神社の大きいお祭りや、もっと小さい近所の神社のお祭り、盆踊り、近くのお寺でのお花祭り、そして商店街の何かの祭りと、何かあるたびにお母さんかお父さんが手伝いに出ていた。瑠姫も行ったことがある。そこでいろんな知り合いができた。

 この甲峰って村、お祭りはあっただろうか?

 よく覚えていない。

 そんなことを考えて幸織の家の門まで帰って来ると、ちょうどなかから幸織が出てきたところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る