第26話 「幽霊松」の「幽霊」の正体?

 ホテルの廃墟は、いまも村のいちばん高いところに建っている。下から見上げたときには、その映画撮影か何かですすけたところが痛々しかったけれど、ここからだとまだ十分に使える建物に見えた。

 そこからまたその博物館のほうに目を戻す。

 あれっ、と思った。

 何に「あれっ」と思ったかをさぐろうと、またホテルのほうに目を上げる。

 あの幽霊松の前のガードレールのところにだれかがいる。

 距離が遠いので、表情までわかるわけではない。でも、この季節に、全身に黒い服を着ていて、雰囲気が異様だ。

 この世のものではないのかも知れない。

 これが、その「幽霊松」の「幽霊」の正体……?

 あの崖から跳び下りたか、人の突き落とされたか、それで成仏じょうぶつというのができなくて、あそこから海を見ているのか?

 しかし、その黒い服を着た不気味な存在が身を翻し、瑠姫るきはその思いこみのおかしさにぷっと笑い声を立てた。

 ガードレールに立てかけていたらしい何かを手で持ち上げて、向こうを向く。そして、その「何か」の上に、ひらりと身軽にまたがった。

 自転車に乗って来ていたのだ。それで、長袖で長ズボンのウェアを着ていたのだろう。

 どこへ行くつもりだろうか?

 幸織さちおはその自転車乗りに気づいた様子はない。

 瑠姫は軽く水を蹴ってボートに近づいた。顔を上げて幸織に言う。

 「じゃ、今度は、ここらへんをぐるっと泳いで、また、さっき来たほうに戻るわ」

 「ボートに上がって休まなくていい?」

 「うん」

 まだ泳げると思う。

 「じゃあ」

 幸織は、背後から日を浴び、頬は海から反射した光で明るい。明るい海と空の青さに負けていない。

 たしかに、これなら、肌を白く保とうとがんばる価値はあると思う。

 その幸織を背にして、瑠姫は、今度は平泳ぎで泳ぎ出した。

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