第25話 あれがね、その漁業博物館

 村の右側は漁港だ。いまも使っているのかどうか、人の姿は見えなかったが、漁船らしい白い船は何隻もその堤防の向こうで揺れていた。

 その漁港の後ろで高くなっているところが、あの幽霊松とか馬塚うまづかとかのところだろうか。

 道を歩いていると、あの馬塚はたいして目立って見えることはないが、海から見ると、コンクリートで固められた崖の上にその「塚」の部分だけ突き出して見えて、目立つ。

 馬塚の右斜め下にガードレールが見える。そのさらに右側には高い松の木が何本も並んでいた。あのうちのどれか一本が「幽霊松」なのだろう。

 ガードレールの下は、コンクリートで固めた急な崖だ。

 高さは二十メートルぐらいはありそうだ。もっとあるかも知れない。崖の下に建っている二階建ての家が小さく見える。

 中学生のころ、馬塚に上ったとき、コンクリートの縁に腰かけようとしてやめた。やめてよかった、といまさらながらに思う。

 その崖の下のほうにこんもりとした森がある。その小さい森の斜め下、漁港の隣に、ガラスでぴかぴかの奇妙なかたちの建物があった。台形で、しかも上のほうが長い。屋根の端が左右に突き出ていて、その端のほうまで壁がガラスだった。

 この村に住んでいたころ、瑠姫るきは危ないから漁港のほうには行ってはいけませんと言われていた。だから漁港のほうがどうなっているかは知らないのだけれど、少なくともあんな建物はなかったと思う。

 瑠姫が、立ち泳ぎしながら、その建物のほうから目を動かさないことに幸織さちおは気づいたのだろう。

 「あれがね、その漁業博物館」

 振り向いて見ると、幸織もその建物のほうに顔を向けていた。

 「船のかたちをしてるんだって」

 「はあ……」

 それは、上のほうが長い台形ならば船のかたちにも見えるけれど、べつに船以外にもそういうかたちのものはあるんじゃないだろうか。ほかに何があると言われてもいまは思いつかないけれど。

 「でも、全面ガラスに?」

 瑠姫がきく。

 「うん」

 幸織はうなずいた。

 「漁協のひととか、朝、漁港に太陽の光が反射するからとか、すごい台風が来たら割れて危ないとか言って反対したんだけど、建築家の人がどうしても譲歩しなかったらしくてさ。それに、博物館から海が見えないとお客さんが減りますよ、って言われて」

 幸織は軽く肩をそびやかす。

 「それ以前の問題で、お客さんは来なかったけどね」

 「ガラスの建物ってさ」

 瑠姫が自分の仕事で得た雑知識を活かして言う。

 「メンテナンスにすごい手間とおカネかかるんだよ」

 「ま、そうだね」

 幸織は短く答えた。

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