第20話 夜のギルド【SIDE:シャロン】

 夜のギルドは好きだ。静寂に包まれた建物のなかで、ペンを動かす音だけが私の耳を穿つ。

 まるで自然と一体となったような……なんて、この狭い部屋には似つかわしくない言葉だが。


「さて、今日の分の仕事の埋め合わせをしなくてはな……」


 今日はダンジョンに潜ったから仕事の進捗に遅れが出ている。明日に回さないように、日付が変わる前には終わらせてしまおう。


 その時、部屋に何かをひっかいたような音が響いた。

 見ると、部屋の扉が開いていた。


「アスラ? 何か忘れ物でもしたのか?」


 二人が来たのだと思い、声をかけるが――返事はない。


「おかしいな……」


 扉の方まで行って廊下を覗き込むが、そこには誰もいない。ただ闇が広がっているだけだ。


「風で扉が開いたのか? いや、でもそんなはず――」


 次の瞬間、私は口をふさがれて体を押さえつけられた。


ぶわっぶわれだっ!?」


 必死にもがくが、体の自由は利かない。周りには誰もいないのに、まるで羽交い締めされているようだ。

 その時、私の足に何かが擦ったような感覚が走る。それと同時にまるで体がしびれていく。


「一体なにが……!」


「よう、さっきぶりだなあ、ギルマス」


 宙に浮いていた私の体が床に落下した。そして背後に現れたのは――、


「お前たちは、黒き雨粒ブラックレイン!?」


「お前に解散を言い渡されたせいで、だけどな。まあいい、こんなまたとないチャンスの前じゃどうでもいいことだ」


 私は地面にうつぶせになりながら、顔を上げるので必死だ。意識は嫌というほどはっきりしているのに、体がまるで動かない。


夢遊病者の悪夢リアルナイトメアって知ってるか? ――って聞かれても答えられるわけねーか。正悪夢リアルナイトメアは毒の名前だ。今、お前の足に毒のついた矢じりで傷をつけた。こいつの恐ろしいところは、気を失うことが出来ず、体の自由だけが失われることだ」


 どうりで、意識は嫌というほどはっきりしているわけだ……!


 気を失っていると聞いたラグルクは、余裕綽々な表情で解説をした後、私の髪を掴んだ。


「さっきはよくも偉そうに指図してくれたなあ、お前のせいで俺たちの冒険者人生キャリアはまる崩れだよ!!」


 ラグルクは掴んでいた髪を振り払い、私の体を投げ飛ばす。

 悲鳴を上げれば、こいつらは増長するだろう。


 これは……かなりマズいな。


「おいラグルク、下手に暴力を振るうなよ。傷ものの女に価値はねーからな!」


「んなことわかってるっつーの! どっちが上かをわからせてやっただけだよ!」


 ラグルクは私のデスクの椅子に座ると、私を見下してへらへらと笑う。


「まあ、そういうわけでお前には行方不明になってもらう。殺しだけはやりたくなかったんだが……こっちにはコネがあるからなんとかなる。俺たちの過去の不正の証拠をもみ消せば、俺たちはいつも通り冒険者ってわけだ」


 ラグルクはデスクの引き出しから、一枚の紙を取り出す。――ついさっき作成した、黒き雨粒ブラックレインの4人を除籍することを示す書類だ。


「これを、こうだ」


 ビリッという嫌な音が部屋の中に響く。ラグルクは書類を真っ二つにした後、さらに細かく割いて床に散らしてしまった。


「どうだ? お前の努力なんざ、一瞬で水の泡だ。雑魚がいくら頑張ったところで無意味だってことがわかったか?」


「そんなことをしても無駄だろう……何のためにこんなことを!」


「お前の指図に乗ったみたいで気に入らないが、答えてやる。俺はてめえみたいな雑魚が正義感を振りかざす奴が嫌いなんだよ!!」


 雑魚……か。

 笑えるな。そうだ、私は雑魚に違いない。


 幼いころから、私は体が弱かった。冒険者になりたかったが、到底無理なほどに。

 だから、せめて冒険者をサポートするギルドで働こうと思った。祖父の仕事であるギルドマスターを引き継ぎ、少しずつ強くなれているはずだった。


 常に完璧でありたかった。弱かった自分なんか見たくない。だからだれにも頼らず頑張った…つもりだった。


 だが、その結果がこれだ。私に力はない。あの頃と同じ――弱いままだ。


「おっ、泣いてるじゃん。可愛い~」


 泣いてなんかいない。泣かないと決めただろう。強くなると決めたあの時に。


「言っとくけど絶望はまだこれからだからな? 明日の朝まで、このギルドには誰も来ないと聞いている。毒は24時間は持続して、まともに動けない。ここからは俺たちのお楽しみタイムだ」


 こいつら……どれだけ下劣なんだ!


「……その目だよ、てめえのその正義感振りかざしてる目がムカつくんだよ!」


 ラグルクは椅子から立ち上がると、私の服を引きちぎった。


「てめえは黙って俺たちに手籠めにされてればいいんだよ! その目を閉じろ!」


 嫌だ。現実から目を背けたくない。ずっとそうしてきたじゃないか。自分の弱さから目をそらさないって。

 でも――もう涙で視界がぼやけて、何も見えそうにない。


「目を閉じろ! クソアマが、反抗するんじゃ――」


「お前たちはもう少し、現実を見た方がいいんじゃないか?」


 次の瞬間、聞きなれた声が部屋に響く。私の体が再び宙に浮いた。


「……お前、なぜここに来た!?」


「忘れ物をしたんでね。――大事な友達を、一人ばかり」


 私の体を抱きかかえているのは、アスラだ。

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