第19話 安堵と違和感

 ギルドに戻り、ギルマスの部屋にやってくる。

 ごたごたがあったせいで、時間はすっかり夜になってしまった。ギルドはとっくに閉まっていて、ギルマスの部屋だけに明かりが灯っている状態だ。


「ふう、ダンジョンに入ったのは久しぶりだな。おかげで少し疲れたよ。さて……」


 シャロンは自分のデスクにつくと、にっこりと笑った。


「君たちには感謝をしなければならない。特にアスラには感謝してもしきれないよ」


「いいや、俺もあいつらには鬱憤が溜まっていたからよかったよ」


「その件はすまなかったな……まさかラグルクが倒れてしまうとは」


 敗北によって精神が崩壊したラグルクは、泡を吹いてその場に倒れてしまったのだ。

 危険な状態だったので一時的に約束は保留にして<疾風怒涛>で病院に連れて行ってやった。


 おかげで謝らせるという当初のルールは反故にされてしまったわけだけど……それでもいいと思える理由があった。


「だが、二人のおかげで黒き雨粒ブラックレインは解散し、これ以上奴らの被害を受ける冒険者がいなくなったのも事実だ。本当にありがとう」


 そうだ。黒き雨粒ブラックレインを追放することには成功したし、クエストはこれでクリアだ。

 二人に怪我がなく難易度2のクエストをクリアできたのはよかった。心残りはあるが、おおむねは満足だ。


「約束の謝罪の件も、必ず彼らにさせる。その時は私が立ち会おう」


「よろしく頼む。まったく、気絶するくらいなら最初から喧嘩なんか吹っ掛けてくるなよな……」


「まあまあ、結果的にうまくいったんだからいいじゃないか。ところで、今回の報酬は何が欲しい?」


 シャロンが話題を変えた。


「今回の件はギルドの信頼に関わることだった。そんな窮地を救ってくれた二人だ、欲しい物があったら何でも用意しよう。何がいい?」


「いや、何もいらない」


「そうか、ではそれをメモしておこう――って、今なんと言った?」


 引き出しから紙を取り出そうとして、シャロンが目を丸くした。


「それでは困る! 労働に対して報酬を払うのは当然のことだ!」


「じゃあ、シャロンはこの前俺を助けたとき、報酬を要求してきたか?」


「それは……ギルドマスターなんだから当然のことだ。私がふがいないことで起こった事件なわけだし」


「違う。あれはあの受付嬢の問題だ。そしてシャロンは確かに俺を助けてくれた」


 しかし……と口ごもるシャロン。困っているようなので、助け舟を出すことにした。


「だったら、これはどうだ? 俺たちと友達になってくれ」


「私と友達になることは報酬になるとは思えないが……」


「俺はそれでいい。友達になって、お互いに助け合う。ティナはそれでいいか?」


「もちろん! アスラさんがそれでいいなら!」


 ティナが屈託のない笑顔でそう言うと、シャロンは吹き出した。


「ふふ、君たちは本当に不思議だな。思えば何から何まで不思議なことばかりだったが……今は君たちの好意に甘えることにしよう」


 シャロンは手を伸ばし、俺に握手を求めてくる。


「では、これからよろしく頼むよ。何か困ったことがあったら、友人としてなんでも言ってくれ」


「……ああ!」


 俺たちは握手を交わし、友達になった。



「いやー、いいことをした後は気分がいいですね! シャロンさんもいい人でしたし!」


 ギルドから帰路についている途中、ティナが言った。


「私、まさかギルマスと友達になれるなんて思いませんでしたよ! 冒険者になってからすごい体験をさせてもらえているのは、アスラさんのおかげです!」


「そうか? 俺はむしろ、ティナのおかげでクエストをクリアできてると思うけどな」


 ウィンドウを見ると、『ギルドマスターの苦悩』は攻略済みとなっている。

 これで大量の経験値を手に入れただけではなく、スキルの<自動防御オートガード>も手に入った。……相変わらず、どんな能力なのかはわからないけど。


「クエストといえば、私気になってることがあったんです!」


「なんだ、あった・・・って」


「今となっては過去形なんですけどね。ギルドマスターの苦悩は、なんで時間制限があったんでしょうか?」


 思えば……今回のクエストは、最初に見つけたときにあと3日となっていた。


 過去の例からすれば、ティナや彼女の祖父に死が迫っていたことの暗示だったわけだが――、


「あれ、言われてみれば確かに、今回は時間制限の必要なんてなかったよな?」


「そうなんです。でも、こうして安全にクエストがクリアできているわけですし、きっと何もしなくても解決だったのかもしれませんね」


 いや――そんなはずあるか?

 シャロンが半年以上かけても証明できなかったハイエナ行為だぞ? そんな急速に解決することなんかあるだろうか?


「アスラさん?」


 何か、見落としているような気がする――、


『黒い雨は、世界を真っ黒に染め上げて、嘘を塗りつぶしていく! それが俺たちだろ!? だから、今こいつを――』


「……そうか!」


 なんで気づかなかったんだ。正義感の強いシャロン。俺を殺そうとした黒き雨粒ブラックレイン


「ティナ、ギルドに戻るぞ!」


「えっ、えっ!? なんでですか!?」


「シャロンが危ない!」

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