第15話 決闘

 翌日、俺は黒き雨粒ブラックレインの連中を探しにギルドに顔を出した。


「……いた!」


 間違いない。黒き雨粒ブラックレインの奴らだ。何やら話し合いをしているようで、テーブルを囲んで4人で膝を突き合わせている。


「お前ら、この前はお世話になったな」


「なんだ? 誰かと思えば最弱くんじゃねえか」


 メンバーの一人が俺たちに気づくと、4人は揃って薄ら笑いを浮かべてこちらに目を向けた。


「何の用だ? まさか御礼参りってわけじゃないよな?」


「そのまさかだ。ティナのことを悪く言ったのを謝ってもらおうか」


「ティナ……? ああ、あのイモ臭い女のことか。嫌だね」


「っていうか、なんだよお前? 雑魚の癖に調子に乗ってんじゃねえぞ」


 メンバーの一人が俺の胸ぐらを掴む。空気が緊迫する。


「お前、何しに来た? そんなこと言われてはいそうですか、ってなるわけないだろうが」


「そんなこと、こっちだってわかってる。だから、俺はこれをお前に渡しに来たんだよ」


 俺は一枚の紙を懐から出すと、それを奴らが座るテーブルに叩きつけた。


「これは……決闘の果たし状か」


 ラグルクは紙を手に取ると、そこに書かれた文字を読み始める。


「はっ、そんなもん、俺たちが受ける義理はねえだろ?」


「いや、よく見ろ。この果たし状はギルド公認・・・・・だ」


 ラグルクがテーブルの上に投げた果たし状には、下部にシャロンのサインがされている。

 これこそが、ギルド公認の証。そのことにラグルクは気づいたのだ。


 そもそも決闘は、正式な冒険者同士が争う仕組みとして導入されているものだ。

 かつては決闘自体を禁止していたが、それゆえに無法な決闘が行われ、多くの冒険者が血を流したことで認める流れとなったらしい。


 ただし、決闘と言っても直接戦闘は今でも禁止だ。冒険者同士で争うことはギルドにとって損失でしかない。

 だから、決闘を行う際は両者で勝敗の付くルールを決め、そのうえで争い、勝敗を決める方式だ。


「俺が提案するルールは、ダンジョン5層のモンスターを制限時間の1時間以内にどちらが多く倒せるか競うというものだ。これは直接戦闘を禁止するルールにも反していないが」


「……5層は駄目だな。3層だ」


 乗り気でなかった黒き雨粒ブラックレインたちも、ギルド公認の事実を理解してようやく話に返事をしてくれた。


「なぜだ? お前らはブラッディボアを倒せるんだろ? だったら5層のモンスターを倒した数でいいはずだ」


「……チッ、うるせえな。だいたいお前はFランク、俺たちはEランクだぞ? そもそも5層はFランク冒険者の適正じゃない。こっちが配慮してやってるんだろうが」


 上手く切り抜けられたな。本当は自分たちにブラッディボアを倒す力がないってだけなのに。

 この口の上手さがこいつらの狡猾さの源泉だ。こちらも注意しないと、話の主導権を握られる。


「ただ、決闘ならお互いに賭けるものがあるだろ。それはどうする?」


「俺はもう決まっている。お前ら全員、ティナを悪く言ったこととモンスターを押し付けたことを謝れ」


「ああ、いいぜ。その代わりもしお前が負けたら――俺たちの奴隷になってもらう」


「奴隷? この国では奴隷は禁止されているぞ」


「んなこと知ってんだよ! 奴隷と同じような扱いを受けてもらうって言ってんだよ!」


「それから、あのティナとかいう女も奴隷だ! それでもいいなら受けてやるよ、決闘!」


 なるほど、こいつらに負ければ、金や労働力を搾取されて、おもちゃにでもされるんだろう。


 どう考えても賭けているものの重みが釣り合っていない。それに、ティナを奴隷になんてさせるものか。

 それは絶対に譲らないうえで――俺はこう答えよう。


「ああ、それでいい」


 黒き雨粒ブラックレインの4人が一斉に笑い始める。人を馬鹿にしたような笑いだ。


「おいおい冗談だろ!? こんな話に乗る馬鹿がいるかよ! どんだけ謝ってほしいんだよ!」


「俺は冗談なんか言ってるつもりはない。勝てばいいんだからな」


 俺の返しに、ラグルクはムッとした表情になる。


「さっきから雑魚の癖に――ムカつくんだよ!」


 その時、ラグルクが手元にあったグラスの水を俺にかけた。

 額から胸元までびしょ濡れだ。水が滴る感覚を覚えながら、俺は淡々と述べる。


「俺がお前の条件に納得したのは、ティナを奴隷にしてもいいと思っているからなんかじゃない。ティナに『どんな条件を吹っ掛けられても乗っていい』と言ってもらったからだ。どんな条件でも、俺なら一人・・でお前らを潰せるって」


「一人って……まさかお前!!」


「ああ。これからの決闘はお前らは4人、俺は一人で構わない。それが、俺が追加するルールだ」


「……お前、さっきから調子に乗ってるよな? うそぶくのもいいかげんにしろよ?」


 席から立ち上がったラグルクは、俺の目を睨みつけて離さない。まるで猛禽のような眼光だ。

 それでも俺も目を逸らさない。互いに視線を交じり合わせること数秒、ラグルクが俺に背を向けた。


「――決闘は一時間後、それでいいな?」


「ああ、いつでも構わない」


 床に置いていた武器を手に取った後、ラグルクは再び俺の方を見る。


「俺は舐めてる奴が一番嫌いなんだ。お前みたいな最弱野郎、のしてやる!」


「ああ、受けて立つ!」


 こうして、決闘の約束がされた。

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