第14話 黒き雨粒

「……ふぅ、シャロン。1階から受け取った書類、ここに置いておくぞ」


「ああ、ありがとう。そこで構わない」


 シャロンは机に張り付き、黙々と仕事を続けている。

 彼女の荷物持ちに任命されて約8時間。そろそろギルドが閉まりそうだという時刻になって、俺はようやく一息ついた。


 ギルド職員は女性が多く、重い荷物を持つ男手が必要だったようだ。おかげでギルド内の書類運びや掃除など、いろいろなことを頼まれた。


「じゃあ、俺は次の仕事に移るから」


「ちょっと待ってくれ。君はこの8時間、休憩も取らずに働きっぱなしじゃないか。今日はもう帰っていいぞ」


「ああ、慣れてるからまだ働ける。それに、ギルドは21時に閉まるからシャロンの仕事もせいぜいあと1、2時間だろ?」


「いや、私はこの後もう少し仕事をする。上がるのは日をまたいでになるから、先に帰っていいぞ」


 ……嘘だろ。この8時間、シャロンはほとんど席を立たずに仕事をしていたぞ。まだ働くのか!?


「君と同じで、私も慣れてしまったんだ。遅くなるから、君は帰ってくれ。今日はよく働いてくれた。助かったよ」


「そうか、じゃあ俺ももう少し仕事が出来るな。倉庫の片づけをしてくる」


「アスラ……何を?」


「日付が変わるくらいまで時間があれば、倉庫の片付けも終わると思ってたんだ。ちょうどよかった」


「はーい! 二人ともお疲れ様です、お茶を淹れましたよー!」


 ティナが扉をノックし、元気よく部屋に入ってくる。

 シャロンは何秒か黙って俺たちを見つめた後、ようやく口を開いた。


「……教えてくれないか」


「教えるって、何を?」


「君たちをそこまで突き動かす原動力を、だ。ただ人のために働きたいからというには異常すぎる。君たちのことは信用しているから、悪いことではないのはわかる。だが、それが何なのかが全くわからないのだよ」


「信頼してくれているなら、教えてくれないか。悩みの種を」


 シャロンの冷静な表情が一瞬崩れる。そして、大きくため息を吐いた。


「……どうやら、君たちに隠し事をしても無駄なようだな。いいだろう、話そう。座りたまえ」


 シャロンに促されて、俺たちは部屋に置かれていた椅子を座る。


「さて、どこから話せばいいかわからないが……君たちは『ハイエナ』という言葉を知っているだろうか」


「ハイエナって、あの動物の……ですか?」


「違う。他人の獲物を横取りすることだ。登録するときに講座で禁止行為って教わるだろ、聞いてなかったのか?」


「……まあ、アスラがわかっているならいい。話を進めよう」


 『てへへ』とおどけるティナに対して、シャロンの表情がさらに険しくなっていく。デスクの引き出しから、一枚の紙を取り出した。


「半年前、1人の冒険者からハイエナ行為に会ったと申し出があったんだ。容疑がかかったパーティに聞き取りを行ったんだが、彼らは自分たちがハイエナ行為をしていないことを理路整然と話し始めた」


 ……なるほど、繋がってきたぞ。


「ギルド側としても、禁止行為をしていない冒険者を裁くことはできない。その時は見逃したのだが――」


「後になって、またそのパーティがハイエナ行為をしたという報告が上がった、ということだな」


「そうだ。そのパーティは同じように自分たちの潔白を説明したのだが――これは私の勘だが、彼らは嘘をついていると思う」


 彼女が取り出した紙を広げると、そこには4人組の人相書きが姿を見せた。


「パーティ名を『黒き雨粒ブラックレイン』。主犯と思われるのは、リーダーのラグルク」


「……アスラさん、この人って!」


「ああ、そうだ」


 そこに書かれていたのは、片目が隠れた金髪の青年。

 俺たちからブラッディボアを横取りした張本人だ。


「なんだ、君たちはラグルクと知り合いなのか?」


「知り合い――といえばそうなるな。俺たちは3日前、こいつらからハイエナ行為をされたんだ」


「なにっ!? なぜそれを言わなかった!」


「言っても無駄だからだ。あいつらは狡猾に周りの冒険者を説得して、俺たちから手柄を奪った」


「おまけに、私たちにモンスターを押し付けたんですよ! これは違反行為にありましたよ! 私覚えてます!」


 シャロンは神妙な面持ちになって黙りこくる。素早く返答する彼女が、答えあぐねているという様子だ。


「……アスラ、君の意見を聞かせてくれ」


「だいたいはシャロンと同じだろうな。今回のハイエナ行為のことを問い詰めても、また逃げられるのがオチだろう。シャロンが聞き取りをすることは解決にならないと思う」


「あ! じゃあ現場を見に行きましょう! 何か証拠が残っているかもしれませんよ!」


「それは意味がないんだ。ダンジョンは時間の経過とともに形状が変わる。俺たちがいた場所も、今頃は壁の中だろうさ」


 奴らが厄介なのは、ハイエナ行為の証拠を隠すところ。そして事実を周囲に誤認させる口の上手さ。

 この二つによって、ギルドは手出しが出来ないというわけだ。


「……そうか、わかった。二人とも私の相談を聞いてくれてありがとう。後は私が――」


「待ってくれ。俺の意見を聞いてるんだろ? まだ言うことがある」


 ……だが、いくら奴らが狡猾であろうと、俺の気持ちは揺るがない。

 俺はハイエナ・・・・の尻尾を掴んでその罪を日の目に晒すまで許すつもりはない。


「この一件、俺たちに任せてみないか?」

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