第34話:魔術変化

アバコーン王国暦287年8月22日・ウェストミース王国王城本丸・美咲視点


 ぐぎゃアアアアア!


 とても人間が出せるとは思えない叫び声をあげて巨体が襲い掛かってきます。

 身長は3メートルほどでしょう。

 体重は想像もつかないが、盛り上がる筋肉から考えてかなり重いようです。


 ギャヒィイイイイ


 巨体が降り降ろしてきた右拳を避けて肘関節にハルバードを叩きつけます!

 密度のある直径メートルの大岩さえ一刀両断した一撃なのに、関節部を斬り落とすどころか皮膚に傷さえつきません。


 続いて放たれる左拳の横なぎを避けながら、更に左前腕にハルバードを叩きつけるが、また傷1つつきません。


 ですが、最初の1撃も今回の攻撃も全く無力だったわけではありません。

 敵の腕をはじく事はできています。

 攻撃の軌道をそらすだけの衝撃力は伝わっているのです。


 表面的には何のダメージも与えれていないようですが、内部はどうでしょうか?

 骨は折れていないようだが、筋組織にはダメージが入っているのでしょうか?

 このまま攻撃を続ければ、いつかは筋断裂をさせられるのでしょうか?


「ミサキ!

 加勢は必要か?!」


 ぐぎゃアアアアア!


「そう簡単に陛下の所に行けると思わないでください!」


 ギャヒィイイイイ


「陛下、しばし様子を見ていただけませんか?

 このまま倒せそうなら倒してしまいます。

 加勢して頂いて倒せるようなら加勢をお願いします。

 逃げていただいた方がいいのなら、そうお伝えします」


 ギャヒィイイイイ


「わかった、存分に戦え!」


 エマも戦いたいのかな?

 それなら別に止めないけれど、そうじゃないよね?

 ああ、また騎士や傭兵がバケモノを見るような目で見ているよ。


 ギャヒィイイイイ


 全部お前のせいだからね!

 身長3メートルで武器も持たずに素手で戦うなんて、もう人間じゃないよ。

 鬼とかオークと巨人と言った方がいいね。


 ギャヒィイイイイ


「これ、これ、これ、オークの分際で陛下に近づこうとしないで。

 お前の相手は私がやってさしあげます。

 どうしても陛下の所に行きたいのなら、私を斃してからにしなさい」


 ギャヒィイイイイ


 本当にこいつタフだね。

 もう100回以上ハルバードで思いっきりぶちのめしているのに、全然平気な顔をしています。


 できるだけ私を無視して陛下の所に行こうとしているけれど、私に叩かれて行きたくない方向に向かされるから、全然近づけないでいます。

 衝撃が通るのなら、これでどう!


 ギャヒィイイイイ

 ドッーン


 うん、体重が足にかかるタイミングを見定めて、足を叩くと転倒させられます。

 柔道なら心得があるから、大外刈りや足払いの要領で叩けば転倒させられます。


 転倒させて抵抗できない所をタコ殴りにすれば、狙いたいところに攻撃できます。

 少しかわいそうな気はするけれど、もう人間とは思えないから、人間を喰い殺す害獣を狩る気持ちで、眼を攻撃します!


  ギャヒィイイイイ


 うん、両眼が開いているタイミングなら、眼玉を潰すことができました。

 これでトロールのような再生力がないのなら、もうエマを狙う事はないでしょう。


 でも、だからといって、ここで攻撃の手を緩めたりはしません。

 害獣だと思えたら、もう殺す事にためらいはありません。

 頭を徹底的に狙って、脳死状態にします!


 ギャヒィイイイイ


「うわ、あのバケモノ光っているぞ!」

「なんだよ、嘘だろ、眼が治っているのか?」

「まさか、魔法か、魔術なのか?!」

「ウェストミース王国は魔術の再現に成功していたのか?!」


「何をうろたえているのです、しっかりしなさい!」


「「「「「女王陛下……」」」」」


「ウェストミース王国が魔術の再現に成功していたのなら、どうして今まで使っていなかったのですか?」


「「「「「それは」」」」」


「成功していないから、今まで使えなかったのです。

 研究していたのは間違いないでしょう。

 ですが、未完成だからこそ、今まで使ってこなかったのです。

 今使ってきたのは、王家が滅ぶ寸前だからです。

 未完成の状態の魔術など恐れる必要はありません。

 現にミサキ1人で十分戦えているではありませんか」


「それは、ミサキ殿がバケモノだからで……」


 聞きたくない、聞きたくない、聞きたくありません!

 私が、目の前に倒れているオークかトロールか分からないバケモノ同然だと思われているなんて、聞きたくありませんでした。


 こんな事ならエマに戦ってもらえばよかった。

 女王に戴冠したエマなら、どれほど強くても勲章になります。

 バケモノだと忌み嫌われる事もありません。


 もうこれで恋人もできないでしょうね。

 女王陛下の最側近だから、結婚はできるかもしれませんが、愛し愛される相手を見つけることはできないでしょう。


 日本では結婚できなかったし、子供を産む事もできませんでした。

 覚悟を決めてこの世界で生きていく気になったから、恋人を作って子供も産む気になっていたのに、こんな姿を見せてしまったら、もう無理です。


 この怒りは元凶であるオークに叩きつけるしかありません。

 いえ、もう思いっきり怒りをたきつけているのに、全く効いていないようです。

 頭だけでなく、再生する度に目を潰しているのに、その度に再生してします。


「ミサキ、実際に戦ってみてどう思いますか?」


「陛下、このオークが魔術の産物かどうかは分かりません。

 しかしながら、人間離れした存在だという事は確かです。

 同時に、人間がコントロールできない可能性があります。

 目の前にある動く者を全てを殺す可能性があります」


「その点が不完全だから戦いに投入しなかったのでしょうか?」


「そうですね、その可能性もあります。

 こんな奴を野放しにしたら、大陸中の生き物を皆殺しにしかねません」


「だとしたら、ここで殺してしまわなければいけませんね。

 ミサキに殺せますか?」


「それはもっと戦ってみなければ分かりません。

 魔術の産物なら、魔力の限界があるかもしいれません。

 長時間食事ができない状態にすれば、再生力を失うかもしれません」


「長期戦になるのなら、ミサキも食事や睡眠をとる必要がありますね。

 わたくしが代わって差し上げますから、疲れたら申し出てください」


「「「「「陛下!」」」」」


「私以外にミサキの代わりが務まる人がいるのかしら?

 いるのなら申し出てください」


「「「「「……」」」」」


「女王陛下、代わって頂けるのはうれしいですが、その前に敵の城を落として頂けませんか?

 敵の城にオークの謎が隠されているかもしれません」


「ミサキの言う通りですね。

 今から敵の居城を攻め落とします!

 もう敵の拠点は目の前にある城だけです。

 これが手柄を立てる最後のチャンスだと思ってください。

 わたくしが城門を破壊したら突入ですよ」


 ドッガーン!


 エマが大岩を投げて城門を粉砕しました。

 もう1体オークがいなければ、我が軍の圧勝でしょう。

 それに、このオークもそれほど強いわけではありません。


 今までは鍛え上げた人間の筋力だけで戦ってきましたが、身体強化をすればオークの手足を千切れる確信があります。

 魔術を使えば、簡単に絶命されられる気がします。


 いえ、身体強化や魔術を使わなくても、毎回大口を開けえ叫ぶので、そこに槍を突き刺せば脳を破壊出来ます。

 今それをしないのは、魔術で創りだせたオークがこの1体かもしれないからです。


 多くの制限があるのだとは思いますが、魔術でオークが量産できるのなら、もっと早くこの戦いに投入していたはずです。


 もっと狂暴であろうと、多少弱かろうと、それでも人間を圧倒する力があります。

 コントロールできなくて民を虐殺する事になっても、自分達が生き延びればいいというのが、一般的な王侯貴族の考えだと思い知りました。


 そんな王侯貴族がこの1体しかオークを作っていないのなら、成功率が極端に低い可能性があるのです。


 ですが、エマと私なら、もっと上手くオークを創れるかもしれません。

 製作方法が外道な方法でなければ、量産できれば最高の兵士になります。


 製作方法が外道なら、この世界から消去しなければいけません。

 エマと意見が対立しなければいいのですが……

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