第28話:焦り
アバコーン王国暦287年7月5日・王都オレンモア城・ガブリエル宰相視点
「何をやっておる、グズグズせずにさっさとエマを言いくるめてこい!」
「申し訳ございません、国王陛下。
私が思っていた以上のエマの恨みは根深いようでございます。
何度も会談を申し込んでいるのですが、全く取り合ってもらえません」
「おのれ、執念深い奴め。
そのような性格だから、チャーリーに嫌われるのだ。
チャーリーがイザベラに魅かれたのも、エマの性格が悪かったからだ!
全ての元凶はエマにあるのだ!」
「陛下の申される通りかもしれませんが、エマの事を悪し様に言うだけでは何の解決にもなりません。
このまま包囲されてしまっていては、王都の食料も尽きてしまいます。
既に王都内の食料品が高騰しており、食糧を買えなくなった貧民が、陛下の事を悪し様に罵っているとの報告を受けております」
「おのれ、貧民の分際で余の悪口を申しているだと?!
そのような者は早々に皆殺しにしてしまえ!」
「はっ、早速軍を動員して貧民共を皆殺しにしてご覧に入れます」
さて、どうしたものだろうな?
王の命令を引き出せたから、本格的に食糧が不足する前に口減らしができる。
貧しい者から順に10万人ほど殺せば、食糧不足を2年は先延ばしにできる。
だがその分王都の城壁を守る兵士の数が減る事になる。
王太子を殺すことができれば簡単だったのだが、王も王妃も同意しないし、情けない話だが、息子のエリオットも同意しないだろう。
息子共々王太子を殺せればいいのだが、1人息子は殺せない。
これではバカ王太子を育てた王や王妃を批判する事もできないな。
密偵達に集めさせたエマの性格から考えて、敵である王都の民は無残に殺せても、味方を無駄死にさせる事はできないだろう。
今王都にある戦力を十分に使いこなせれば、いかにハミルトン公爵家の精鋭部隊が相手でも、そう簡単の城壁を突破される事はない。
いや、全ての城門前にあれほどの濠を造ったのだ。
無駄攻めをする気など最初からなかったのだろう。
味方に全く損害を出さないように、情け容赦なく王都の民も含めて飢え死にさせようと言うのだから、公爵家の当主らしい見事な策だ。
私も負けていられないな。
貧民から10万人と言わず、20万人ほど殺してしまうか?
そうすれば4年は籠城できるだろう。
問題は、4年の間に助けが現れるかどうかだ。
4年の間に、王都以外がハミルトン公爵家とブラウン侯爵家に攻め滅ぼされてしまってしまったら、籠城する意味などない。
周辺の中小国がハミルトン公爵家とブラウン侯爵家に勝てればいいのだが、エマの武勇が話半分でも偵察部隊の報告通りだとしたら、期待できない。
カニンガム王国とウェストミース王国も、そう簡単のハミルトン公爵家に滅ぼされるような事はないだろうが、それぞれが領地の三分の一でも併合されるようだと、ハミルトン公爵家は中規模国を超える力を持つことになる。
王都に攻め登ってきたという事は、もう既に中立の貴族士族を全て味方に加えた事になる。
もう王家の軍勢だけでは太刀打ちできない。
早急に味方を作らなければいけないが、王家の評判が悪すぎる。
やはりどう考えても王太子を処刑する以外の手段が思い浮かばない。
貴重な伝書鳩を放って王太子暗殺を命じるか?
だが、王太子の側近は、息子のエリオットも含めて女にはだらしないが腕は立つ。
しかも全員が王家に仕える重臣家の嫡男だ。
失敗した時の反動が大き過ぎて賭けに出る訳にはいかない。
だとすれば、カニンガム王国とウェストミース王国の次に狙われるであろうオレリー王国を動かすか?
北の3小国とダウンシャー王国はブラウン侯爵家に対抗するのに精一杯で、とても南下してハミルトン公爵家と戦う余裕などないだろう。
これはどう考えても、王太子を処刑する以外には、ハミルトン公爵家とブラウン侯爵家を仲違いさせる以外に王家が生き残る道はなさそうだ。
ハミルトン公爵家とブラウン侯爵家を仲違いさせるには、王都の外にいる刺客達を総動員して、両家に偽装させて襲撃させる以外に手はない。
万が一、エマとレオン、更にフィンまで殺すことができたなら、今の状況を大逆転させることができるだろう。
いや、誰か1人でも殺せれば、大きく状況は動く。
だが、運を天に任せるような策だけには頼れない。
実行可能な策も行っておかなければいけない。
王太子を処刑できるように、事前準備だけはしておかないとな。
★★★★★★
「タルボット公爵、急に会談を申し込んで申し訳ない」
「何の用だ?
お前のような腰抜けの話など聞きたくないぞ。
私の城外決戦策を否定しただけでなく、エマとの会談まで怖じ気づいて逃げたというではないか!」
「王家の将来を野戦で決するのが怖かったのは本当だ。
だがエマとの会談を拒否したのは仕方ないだろう。
息子のエリオットが王太子と組んであれほどの虐めを行ったのだ。
恨みを晴らすために殺されるのは目に見えている」
「それが臆病だと言うのだ!
俺なら会談に応じ、隙を見てエマの首をへし折ってくれる」
「勇猛果敢なタルボット公爵ならそう言ってくれると思っていたよ。
宰相の地位を譲るから、代わりにエマと会談してくれないだろうか?
王国大将軍と宰相の地位を兼ねて大功を重ねれば、属国の王を名乗る事が許されるかもしれないぞ」
「宰相を譲るだと?
また悪巧みを考えているのだろう!
散々エマを怒らせておいてから、俺に会談させようとしても無駄だ。
お前の罠にかかるほど俺はお愚かではない!」
「いや、罠をしかける気など毛頭ないさ。
だから無理に会談してくれとは言わないよ。
勇猛果敢なタルボット公爵が避けるような会談を、俺ごとき文官が逃げるのは仕方がないと分かって欲しかっただけさ」
「いつ話しても腹の立つ男だな!
俺はエマとの会談を恐れている訳ではない!
お前にいいように動かされるのが嫌なだけだ!
言い訳が済んだのなら早々に帰れ!」
「いや、この程度の話しで帰る訳にはいかないよ。
先にタルボット公爵の話していた城外決戦の話しだが、今も有効かな?」
「はあ?
今更城外決戦だと?!
寝言は休み休み言え!
既に王都は十重二十重と包囲されているのだぞ!
全ての城門前には深く広い濠が掘られているのだ!
討って出たくても出られない!」
「国王陛下から、陛下に不満を持つ貧民を皆殺しにしていいとの勅命を受けた。
20万人ほど殺す予定なのだが、その死体で濠を埋められないか?」
「20万人だと?!
……それだけいれば濠を埋める事は可能かもしれないが、騎馬で乗り越えるのは不安定過ぎって不可能だろう」
「死体で埋めた濠を渡る間だけ下馬するわけにはいかないか?
城壁は何の攻撃も受けていないから完璧な状態だ。
弓や石弓で援護できるのではないか?」
「……不可能ではないだろうが、何かあった場合に迅速に援軍を出すことができないし、城壁と連動して敵をほんろうする事もできない。
最初から城外決戦を許可していれば、十分に勝ち目があったのだ!
全て宰相であるお前の責任だからな!」
「しかたがない、大将軍であるタルボット公爵が受けてくれないのなら、近衛騎士団団長のファーモイ伯爵か、聖堂騎士団をようするステュワート教団の頼むしかない」
「お前、先の王位継承争いだけでなく、この戦いにまで教団を引き込む気か?!」
「国王陛下が王位継承争いに勝ち残れたのは教団の応援があったからだ。
この戦いで教団を頼って何が悪い?」
「勝手にしろ!
俺は教団もお前も大嫌いなのだ!
お前に利用される気はない!」
「私を嫌うのはタルボット公爵の勝手だが、エマを虐め抜いたのは私の子供だけではないぞ。
タルボット公爵の孫も王太子と一緒にエマを虐め抜いた。
エマが勝てばタルボット公爵家が滅ぼされる事だけは忘れるなよ」
「ふん、そのような事、お前に言われなくても分かっている。
ハミルトン公爵家とブラウン侯爵家はいずれ決着を付けなければならない。
だが、その戦いにお前が介入する事は絶対に許さん!
お前は教皇のケツの穴を舐めていればいいのだ!」
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