第27話:証拠隠滅
アバコーン王国暦287年6月26日王都野戦陣地・美咲視点
「エマ嬢、久しぶりに会えてうれしいよ、ぎゃっ!」
バカがエマを怒らせて殴られました。
エマが憑依している複製体2号の鉄拳ですから、手加減していても強烈です。
かなり手加減しているのは分かりますが、それでも顎の骨が砕けたでしょう。
使者は会話で位を取りたかったのでしょうが、愚かとしか言いようがありません。
精強な軍に包囲された弱者が位を取ろうなんて、何を考えているのでしょうか?
「そいつと随員を殺さない程度にぶちのめして、裸にして城門前にさらせ。
死んだら死体を投石器で王都に投げ込め。
繰り返せば王都に疫病が広がる。
手洗いをしろよ、我が軍にまで疫病が広がるぞ」
「はっ!」
エマはこうなる事を予測していたのでしょう。
王家が使者を送りたいと言いだす前から、晒し者にする磔台を用意していました。
王国にいた頃、どれだけ理不尽な目に会っていたのでしょうか?
ハミルトン公爵家の伝令騎士が、王都城門前で大声を出しています。
王家の使者がどれほど無礼を働いたかを説明しています。
王都にいた頃にエマが受けた無礼の数々も説明しています。
他人の私が怒りに震えるほどの虐めの数々でした。
舞踏会に着るはずだったドレスを盗まれ、そのドレスをイザベラが着ただけでなく、エマが盗もうとした事にまでしたのですから、言葉もありません。
王太子、イザベラ、ドレスを仕立てた商会までグルになってエマを陥れたのです。
信用第一のはずの商会まで王家の命令で罠をしかけるのです。
エマはどれほど気を張り詰めて暮らしていたのでしょうか。
私とエマと複製体2号は交代で休憩を取っています。
常に3人の内の誰かが眠るか座るかしています。
魂が2つしかないので仕方がないのです。
側に仕える侍女や侍従、近衛騎士には私と同じ影武者だと言ってあります。
そう言わなければいけないくらいにはエマに似ているのです。
複製体なのですから、気品と気概以外の素の部分は似ているのです。
エマと私は、この攻城戦を仕掛ける前に色々話し合いました。
私が知る戦術戦略は全て伝えました。
小説の勉強に色々と学んだので、専門教育を受けた者には敵いませんが、並の騎士や指揮官には負けないと自負していました。
ですが、その自負はものの見事にうち砕かれました。
将来王妃になるための帝王学を叩きこまれていたエマには敵いませんでした。
それでも、ハミルトン公爵家ではエマに次ぐ知識だったようです。
影武者だけでなく軍師にまで任命されました。
その分、複製体2号が身代わり役の影武者になりました。
今も2人で相談した濠を王都城門前に深く広く造っています。
王都から外に出られなくするための濠です。
完成すれば、王都を兵糧攻めで飢餓地獄に落とすことができます。
豊臣秀吉が鳥取城で行った飢え殺しを王都で行うのです。
王都の民が餓死した遺体を喰うために争って奪い合う生き地獄です。
エマは歴史に悪名を残す事になっても兵糧攻めをやると言い切りました。
でも、最後までやる必要はないでしょう。
王家を皆殺しにすれば許すと言えば、王都の民は死を恐れる事なく王城に攻め込んでくれるでしょう。
王都の民と王国軍、どちらが勝ってもエマにとってはどうでもいい事です。
王都の民が勝てばそこで終わりです。
王国軍が勝っても、疲弊した王国軍など簡単に滅ぼせます。
ハミルトン公爵軍がやらなければいけない事は、少々の事では埋め戻す事も乗り越える事もできない、とても深く広い濠を全ての城門前に造る事だけです。
国の存亡をかけた戦いですが、やる事は単なる土木工事です。
「女公爵閣下、王家が新たな会談を申し込んできました」
城門前に常駐している伝令騎士が報告に来ました。
エマの表情がまた厳しくなっています。
魔力を蓄える為の食事を邪魔されたのが腹立たしいのでしょう。
私も腹がたっています。
美味しいものを食べることが大好きな私が、太る事も病気になる事も気にせずに、公爵が食べるような高価で美味しい料理を食べられるのです。
その楽しみを邪魔されることがどれほど腹立たしい事か!
食い物の恨みは怖いのですよ!
「無礼な王国貴族とはもう2度と会わないと伝えてくれ。
次に会う時は首をはねられたのを確認する時だとな」
「はっ、そのように伝えさせていただきます」
王家は最初で最後の機会を自らの手でつぶしました。
もう2度と釈明の機会はないでしょう。
「何度も申し訳ありません、女公爵閣下。
王国宰相を名乗るガブリエルという者が、これまでの非を全面的に認めるので、詫びる機会を設けて欲しいと言っております」
「……そこまで言うのなら、ガブリエル1人だけなら会ってやりましょう。
随員も護衛も認めません。
1人で来る度胸があるのなら、会ってやると伝えなさい」
エマの内心の怒りを感じたのでしょう。
伝令騎士は慌てて城門の方に駆けて行きました。
「本当に会うの、エマ?」
「……向こうが恐れて来ないよ」
「本人を知っているの?
度胸をすえて一世一代の大博打に来る事はありえないの?」
「ああ、いやというほど知っている相手だ。
息子が王太子の取り巻きの1人で、中途半端な才能を鼻にかけるいやな奴だ。
王太子と息子がどれほど私を苦しめたのか、竿相はよく知っている。
1人で来ればどのような目に会わされるのかくらいは理解できる奴だ。
そもそも今回の会談申し込みも、単なるポーズだ。
王や他の重臣の手前、自分が会談を申し込んだ形にだけしたいのさ」
「王太子の取り巻きの親なんだ。
宰相だと言うのは本当なの?」
「本当だ、かなりの知恵者で、周辺国を味方につけて私達を襲わせたのも、恐らくは宰相の入れ知恵だろう」
「弁舌でエマを言い包めようとしたんだ」
「ああ、おそらく、私を苦しめた平民を全て処刑したのだろう。
そうすれば神明裁判で王太子と取り巻きの罪は暴かれない。
王太子と取り巻きは、王侯貴族という事で神明裁判から逃げようとするはずだ」
「え、でも、王太子と取り巻きは王都から逃げた後だよね?
王都を見張っていた偵察がそう報告していたよね?」
「そうだ、私達は包囲するのを予測して、厳罰に処したという言い訳のために、北の果てにある離島に流したよ」
「北の果てならかなり寒くて厳しい土地なのよね?
結構思い切った処分じゃないの?」
「表向きはそう見えるだろうが、実際には好き合った相手と暮らせるんだ。
婚約者に毒を盛った上で放火し、代々忠誠を尽くしてくれた公爵家の当主と夫人を惨殺した罰にしては軽すぎる」
「確かに、エマの立場なら許し難いほど軽い罰よね。
2人も殺しておいて単なる流刑だものね」
「しかも、莫大な王国予算を持ち出しているという話もある。
流刑のはずの離島ぐらしが、快適な離宮生活になっている可能性が高い」
「それは許せないわね」
「ああ、許せない、絶対に許せない。
だから、王都を飢餓地獄にして王と王妃を殺し、その取り巻きも殺した後で、離島にいる王太子とイザベラを殺す」
「王家を滅ぼすのはいいけれど、エマ無理していない?
言葉遣いも当主らしく直しているけど、正直痛々しいよ」
「その責任から逃げ出したくて、複製体を創ったミサキに言われたくない」
「うっ、でも、だからこそ、エマの苦しみが分かるんだよ」
「同情するなら時々代わってくれ。
私も偶には自由に遊び回りたい」
「それは無理、圧し潰されそうな重圧を受ける立場になんて代われない。
それほど辛いのなら、頼れる人を見つけてさっさと結婚すればいいのよ」
「……この立場になると、そう簡単に結婚相手も決められない」
「そうだよね、どう考えてもエマが女王になるか身内で王位争いだもんね」
「レオンお爺様やフィン伯父上と王位争いなどしたくないから、従弟の誰かと結婚するしかないのだが、結構年が離れてしまっているのだ」
「それは困るよね。
傍系の誰かと結婚して、エマの子供と結婚させるしかないんじゃない?」
「頭の痛い話しだが、そうするしかないと思う。
1度レオンお爺様やフィン伯父上と腹を割って話すしかないのだが、その前に王と王妃を殺さないと何もできない」
「人殺しを手伝うのは無理だけど、土木工事くらいは手伝うわ」
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