第19話:ジェームズ討伐軍

アバコーン王国暦287年4月12日ハミルトン公爵領テンペス城・美咲視点


「ジェームズ!

 父上と母上を裏切り殺したばかりか、家臣領民に対しての悪逆非道の数々、ハミルトン公爵の正統な後継者として絶対に許せません。

 この手でその首をはね飛ばして差し上げます!」


 自分の手で人殺しのできない私は、エマの言った事をオウム返しで口にするしかありません。


 口にした上で、閉じたい眼を必死に開けて、心の目を閉じるだけです。

 それでも、見たくないモノが瞳に映ってしまいます。

 エマの唱えたエアカッターで胴体から切り離される首を……


 ステュワート教団の司教と8人の司祭から証明書を取ったエマに行動は、実際に身体を動かした私が驚くほど早かったです。


 司教と司祭達が1度に全員殺されないように、各地の傭兵団と商会に分散して預けられました。


 同時並行して、各地の傭兵団と商会からハミルトン公爵領奪還のための兵力が集められ、私もハミルトン公爵領に向けて移動しました。


 その間、王太子一派だけでなく、他の誰にも全く知られようにしたのですから、エマの指揮能力の高さは名軍師と言っていいでしょう。


 いえ、単にエマの能力が高いだけではありません。

 ハミルトン公爵家に仕えていた者達全てが優秀なのです。


 そして優秀なだけでなく忠誠心も厚いのです。

 そうでなければここまで隠密裏に事は運べません。


 味方の数が増えれば増えるほど、目先の利益に釣られて裏切る者が現れます。

 そんな裏切者が1人もでる事なく、ハミルトン公爵領の領都にたどり着き、仲間の手引きで悠々と領都城壁内に入れたのです。


 仲間の手引きで入れたのは領都の城壁だけではありません。

 領都中央の丘にそびえ立つ、居城の奥深くにまでは入れました。


 外壁、中壁、内壁の城門も全てフリーパス。

 居館の門まで仲間の手引きで開け放たれました。


 唯一抵抗されたのは、ジェームズが家臣や領民の妻や娘を拉致強姦する忌まわしい部屋の前だけでした。


 この部屋の周りだけは、謀叛以前からジェームズの取り巻きをしていた腐れ外道たちが、おこぼれに預かろうとたむろしていたのです。


 そんな連中ですから、最初はハミルトン公爵になったジェームズの威光を借りて、エマの先陣を務める騎士達に暴言を吐き剣で斬り殺そうとしました。


 ですが、そんな腰巾着に負ける騎士など1人もいません。

 逆に一刀両断され、首と胴が離れ離れになったそうです。


 人が殺される所が見たくなくて、つい背中を向けてしまいました。

 直ぐにエマに思いっきり怒られてしまいました。

 次期ハミルトン公爵にあるまじき情けない姿だそうです……


 エマに先立ってジェームズの居室に入った騎士達は、拉致強姦されていた家臣領民の妻や娘を助け出してくれました。


 可哀想な女性達。


 日本でも、拉致強姦された女性は奇異な目で見られ、助けられた後も辛い生活を送ると聞いていました。

 特にマスゴミの執拗な取材にノイローゼになり、自殺される方もいるそうです。


 この世界の貴族社会は、表向き貞操がもてはやされると聞いています。

 公爵家に仕える家臣も貴族に準じる士族だと聞いています。

 どれほど辛い生活が待っているのでしょうか……


 そう考えれば、エマが激怒する理由もわかります。

 当主として毅然とした態度で厳罰を与えなければいけないのも当然です。


 なのに、私は、表向き女性に同情するだけで、裁く事からも罰を与える事からも逃げてしまいました。


 このままではいけない事はよく分かっているのです。

 自分で考え、厳しい罰を与えなければいけない相手には、容赦する事なく、この手で罰を与えなければいけないのです。


 それができないのなら、できるだけ早く、この身体の優先権をエマに返さなければいけません。


 これからハミルトン公爵として王家と対峙しなければいけないのに、体の優先権が私のままでは、とっさの時に困ります。


 余裕のある時なら、これまでと同じように、エマの指示した通りに私が動けばいいのですが、不意を突かれた時に容赦する事なく刺客を殺せなければ、この身体が殺されてしまいます。


 前世で暴漢に襲われた時のように、またなす術もなく殺されてしまいます。

 あの時も、身体が固まる事なく、資格を得る為の学んでいた柔道の動きができていたら、あんなに簡単に刺される事はありませんでした。


 できるだけこの世界になじまなければいけません。

 最初は転生憑依した喜びで、まるでゲームのように悪人を殴っていました。

 これが夢かもしれないと思っていたのもありますが、実感がなかったのです。


 ですが、実際に人を殺さなければいけない状況になって、自分に覚悟も度胸も思い遣りもなかった事に気づかされました。


 急に怖くなって、人殺しどころか、殴る事さえ一瞬ちゅうちょするようになってしまいました。


 表面上は取り繕っていましたが、エマには見抜かれていたでしょう。

 徐々に殴る蹴るくらいはちゅうちょなくできるようになってきましたが、人殺しだけは今でもできないのです。


 ジェームズと結託して家臣領民を苦しめていた連中を処刑する事になっています。

 練習する気があるなら、私が殺してもいいと言われています。


 でも、今はまだとても人を殺せないと思います。

 剣で首をはねるなんて、とてもできません。


 胴体から首が斬り飛ばされた後で、切り口から噴水のように血が噴き出すのです。

 とても正視できません。

 エマが魔術で斬ったジェームズの姿が今も目に焼き付いています。


 私にやれるとしたら、遠方にいる敵を殺すくらいでしょうか。

 遠方の相手なら、おぞましい血の噴き出す姿を見なくてすみます。


 血が嫌なら、腹を斬るのはどうでしょうか?

 武士の切腹のようにすれば、私にもやれるでしょうか?


 あああああ、昔読んだ資料を思い出しました!

 三好長慶の父親は、主君に裏切られて一向宗に囲まれた時に、腹を切って内臓を天上に叩きつけたのでした!


 腹を切ったら、首をはねた時ほど血は出ませんが、内臓が飛び出るのでした!

 手術の時に内臓が飛び出さないのは、麻酔薬で筋肉の反射が抑制されているからで、麻酔を使わないで腹を切ったら、内臓が飛び出るのでした。


 どう考えても直ぐに人殺しはできそうにありません。

 だとすれば、できるだけ早くこの身体をエマに返さなければいけませんが、これでは考えの堂々巡りです。


 エマの足を引っ張る事は、家臣領民を苦しめる事だと、ジェームズの下劣な行いから助けられた女性を見て思い知りました。

 考えて時間を浪費するではなく、思いつく限りの事を直ぐに試しましょう!


 まずは麻酔薬で私が眠れるかです。

 麻酔薬で眠った後で、エマが身体を自由に使えるかです!

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