第48話 ウェディング・ラプソディ④

たっぷり用意したはずの酒も肴もつきかけ、そろそろ宴席も終わりかなと言うタイミングで最大のサプライズがさく裂した。


アポなし、仕込みなしで、3等位の国官、ウージ・アズバル様の乱入だ。

いや、正確に言おう、第3等位の王族、ウージ・アズバル・ブレンヒノール殿下のご登場だ。


今日、このタイミングでここに出張って来る事を、どうやらご領主様も代官様もご存じなかったらしい。

後で知ったのだが、今日婚姻の儀と披露の宴席がある事自体は、代官様が情報を流していたらしいのだが。ただし、来るなんて話は事前に無かったそうだ。


会場全体が殆どパニック状態に陥り、固まった中でご当人は至極のんびりと、

「本日は、お日柄もよく…」

的なご挨拶をしておられる。

…うん、間違いねーな、ウージ様だよ、この人。

『全く、ちっとは空気読めや、ゴラァ。』

もちろん、そんなことは言えるどころかお首にも出せるはずも無く、俺自も嫁さんズも共々ひな壇から飛び降りて膝まづき、ご挨拶申し上げたのだが、ウージ様から、

「今日は、あなた方が主役なのだから、そのような事はしてはいけません。」

とのお言葉を賜り、取り合えずひな壇には戻る事になった。

しかし、出て来たタイミングがタイミングだった事もあり、早々に宴席を終わりにして、ウージ様、俺、嫁さんズ、ご領主様、代官様+おまけの随員方のメンバーで席に改める事になった。


この中で、ウージ様と親しく会話を交わした事があるのは俺くらいで、御領主様は王城で会話は交わした事はあるけど親しくは無い程度、代官様は面識自体も無く俺の王都残留が長期化する事がわかった段階でトレファチャム代表として事務的な文を交わして以後も同じ様に便りを交わしている程度、タリンやご領主様の随員が遠目で伺った事がある程度で、他の面子は見たことも言葉を交わした事も無いらしい。


全員で畏まっていても話が進まないので、ある程度この人との会話に慣れている俺が話を進めると、周りからは若干ぎょっとした目で見られたが、おかげである程度事情が見えて来た。


例の案件が一区切りついた段階で俺への用向きは終わったものと判断して、俺はこっちに帰って来た訳だが、王家側は俺を使える人材と判断して、当面は兎も角長期的にはフリーで泳がす心算は毛頭無く、声を掛けるタイミングを窺っていたのだそうだ。

そこに来て、こちらを本拠地化する動きが本格化するのを見て、王都方面にも幾らでもやってほしい仕事がある旨の釘を刺しに来たのだと言うが、どうも本当のところらしい。

要はMV鋼の増産が思っていた程上手く行っていないので、てこ入れを頼みに来たのだと言う事だ。


まぁ、そうだろうな。俺も当時はさんざん苦労したが、基本的に抽出作業に必要な錬金技術を習得するには、従来の錬金魔法の常識を捨てなければならない。

つまるところ、モリブデンにせよ、バナジウムにせよ、あるいはクロムにせよ、あのテキストに書いてある事実を受け入れる事の出来ないやつには、量産に使えるだけの抽出が出来ないと言う非常な現実が待っているのだ。

「少なくともMV鋼の材料を抽出する為の錬金魔法士の育成に関しては、テキストに書いてある内容が全てですよ。

あれを受け入れる事が出来ない限り、効率的に素材金属の抽出は難しいと言わざるを得ない。私の時にも有力錬金術士一門を代表して教導を受けた者がその事実を受け入れる事が出来なくて、ずいぶん脱落していきました。

その辺の話は報告書に詳しく記載してありますので、ご確認ください。

その教訓を生かすか否かはあなた方次第と言ったところでしょう。」

と言うと、随員達が色めき立って、

「平民風情が無礼な。」

とか言って、腰の物に手を伸ばそうとして、ウージ様に窘められていた。


俺も話の通じない阿呆を相手にする気はないので、その辺はシカトする事にした。

「抽出に必要な人材を新たに抜擢するのなら、錬金魔法の教育を受けた事の無い無辜の民から門閥の影響のない者達を抜擢されてはいかがですか?

余計なプライドやしがらみを持っていない分だけ、テキストの内容を素直に受け入れる事が出来ますから、教育はスムーズに行くと思いますよ。

いまの時点で、当時の教え子達が何人残っているかは存じませんが、あいつらに権威主義は通じません。

実証出来ない権威主義のよた話など、相手にする必要すらない。

彼らにはそう言う風に教えてありますから。」

何の権限の無い今、俺の出来るアドバイスはここまでだろう。

「その辺の詳細も報告書には記載してありますので、ご確認ください。

どこの馬の骨とも知れない平民風情の話をどこまで真面目に受け止めてくださり、どこまで実践されるのかは、そちらの判断にお任せします。」

そう言って、この話を打ち切った。

まぁ、この程度の嫌味なら十分許される範囲だろう。

十分な内容の忠告を含んでいるのだから。


続いて、当面の自分の予定の話を聞かせる事にした。

「あぁ、それと私ですが、当面このトレファチャムの特産品でもあるステン鋼の増産計画に従事する予定になっております。

直接のご依頼人はこちらにおられます代官様ですが、当然の事として本当のご依頼人はご領主様です。

ご依頼内容は、ステン鋼増産に関わる原材料金属の埋蔵量の確認、原料を抽出する錬金魔法士の育成、抽出場の設計・建造、ステン鋼製造工場の設計・建築となっております。

正直、王都での失敗経験を基にプランを練っておりますので、多少は効率は上がると思いますが、無理をする気は有りませんので、順調に推移して半年程度。長ければ1年程度はかかるの案件となる見込みです。

あぁ、そうだ。

この計画では、例のテキストの一部をステン鋼用にも流用できる様に改稿したものを利用して錬金魔法士の教育を実施する予定でおります。

MV鋼増産計画の経験に基づき、より実践性の高いにものに出来た心算ですが、早い者で抽出が出来る様になるまで4~5ヶ月程度は必要になる見込みで、全員の熟練度が実用レベルになるまで引き上げるのに最低半年程度必要な見込みなのは従来と変わりありません。

もしご入り様であればお持ちください。」

と王都のプロジェクトに参加できるのは、このままなら半年から1年後以降になる事を匂わせておく。

下手を打って2足草鞋を履かされる羽目になるなど、たまったものじゃない。

正直、これから嫁さんズ相手の妊活×2が待ってるんだ。

妙な話に廻す元気などありはしない。


この考えが甘かった事を思い知るまで、1か月程しかかからなかった。

或いは、俺ののんびりした新婚&妊活生活は1か月で終わりを告げる事となったと言うべきか。

いや、お情けでハネムーン(蜜月)期間だけ待ってくれたと言うのが正解だったんだろう。


それから1か月程が過ぎた訳だが、結構頑張ってみた自覚はあるのだが、どうやらタイミングが合わなかった様でハネムーン・ベイビーとはいかなかった。

妊娠率を上げようと思えばどうすりゃいいんだっけ?

荻野式?あれは確率低いんだっけ?

基礎体温法だったっけか?

起床時の体温の変動で月経周期と排卵期、排卵日を把握できるんだっけ?

今のこの世界の文明レベルでそれに使える様な体温計って作れたっけかな?

地球だと水銀とガラスで出来た水銀体温計って19世紀後半にならないと出来ないんだったよな。

俺が作れる様に金属ケースで出来た温度計ってあったっけ?

等といささか斜めな方向に向かった考え事をしていると、話があるので来て欲しいと代官様から呼び出しがかかった。

呼び出しに応じて公館に赴いた俺は、王都から送られて来た錬金魔法士の見習い約60名に引き合わされ、いかに自分の考えが甘かった事を痛感する事になるのだった。

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