第27話 王都編⑪帰還、…と思ったんだが
お馬鹿のおかげで、王都でやる必要がありそう事は思いの外早く済ます事が出来る見込みが立った。
後の事は必要に応じて対応するなり、調査するなりすれば良いだろう。
後はここを立つにあたってタリン嬢の事をどうにかしないといけない。
一時ご機嫌を損ねてどうしようかと思ったりもしたが、デート以来落ち着きを取り戻した感じなので、あんまり蒸し返したくはないんだが、そうも言ってられないしな。
最低でも彼女が王都に残るなり、俺についてくるなり位ははっきりさせておかないといけない。
それによって、出来る対応が変わってくる訳だし。
そういう訳で彼女が俺の寝床に来たタイミングを見計らって、どうしたいのかを聞いてみる事にした。
実質、プロポーズみたいなものになるから少し緊張したが、
「少し時間がかかったが、俺がこの街に来ることになった諸々事情については、概ね満足のいく形にまとめる事が出来る見込みがたったよ。
あらかたすべき手続きも終わったのから、遠からずトレファチャムの町に戻ることになると思う。」
と言って彼女の様子を伺うと、ある程度は覚悟をしていたのか、多少顔が強張った様な感じではあるが、しっかり俺の顔を見て話聞いてくれている様だ。
「ついては、君も連れて行きたいと思うんだが、君としてはどうしたい?」
と言うと、今度は驚いた様な顔をした後、嬉しそうな表情を浮かべて、俺に体を擦り寄せて来た。
待て待て、こっちのまだ話はまだ終わった訳じゃないんだ、そう言うのは後々。
「君が望むなら、王都に残ると言う選択肢が無い訳じゃない。
その場合、このままここで働いてもらっても良いし、今度開設する事になる出張所に移ってもらっても良い。或いは、何処か別の所に移ると言うのも一つの手だ。
そうなった場合、俺も仕事の絡みがあるので、そんなに頻繁にここに来ることは出来ないが、なるべく顔を出すことを約束しよう。」
何か言おうとする素振りが見えたので、手振りでそれを制して、
「俺に付いてトレファチャムの町に来てもらうと言う選択肢ももちろんある。
まぁ、確実に周りから俺の嫁さん扱いされる事になると思うが、その覚悟があるのであればそういう選択肢もありだ。それが嫌なら別に家を借りてそこに住んでもらうと言う事も出来なくはない。」
少し間をおいて、話が彼女の心に飲み込まれて行くのを待って言葉を継いでいく。
「トレファチャムの町では、職人街に工房と町の中心部に屋敷あってね。俺たちは毎朝そこと工房との間を馬車を使って往復する様な暮らしをしているんだ。
あぁ、屋敷の土地はまだ少し余っているから、別棟を建ててそこで暮すと言う選択肢もあるかな。
本館には俺と借金奴隷が7人ほどが住んでいて、別棟には錬金魔法が使える犯罪奴隷12人が生活している。
まぁ、犯罪奴隷の12人は基本的に解放される事は無いはずなので、なるべく好きに出来る様にさせている。もちろん犯罪を犯さない事が大前提だけどね。」
「本館詰めの7人の内、5人が本館と別棟の管理を担当している借金奴隷のメイド達でね。残りの二人の借金奴隷が厩番と庭師、料理番の3つを兼務してもらってる。彼らは、いずれ年季が明ければ、俺の元から巣立つ事になると思う。」
ふむ、かなり真面目に検討している感じかな?
嫁1択じゃないのが残念と言えば残念だが、まぁ良いか。
最後に少し爆弾を落としておくか、
「まぁ、どの道を選ぶにしても君の自由にしてもらっていいよ。
ただし、俺について来てくれると言うのなら、少しだけ他の選択肢よりメリットを付けてあげる事が出来るかな。
例えば、少しだけだが剣の心得があるんで使い方を教えてあげれたり、猟師の修業がしたいなら出来る様に出入りの猟師を紹介してあげたり、とね。
そんなに大したメリットじゃあ無いけどね。」
そう言って、少し間を置き、彼女の様子を伺った上で、
「こっちを立つまで迄もう少しだけ時間があるから、確り考えておくんだよ。
…それじゃあ、お休み。」
たぶん、そんな気は吹き飛んだだろうから、最後にそれだけ言い置いて、先に眠りにつくのだった。
明けて今日は、ヘンバー君に引導を渡す日だ。
かれがそこら中にしている借金の殆どの債権は既に肩代わり済だが、残りの分が集まる予定となっている。
朝飯を食って身支度を整え、奴隷商館に行って打ち合わせを行い、彼を連れ出し、公証人役場に行って待つ事しばし、三々五々に債権者たちがやってきた。
まぁ、そう言ってもさほどの数ではない。既に先日一度、集中買取会を開催して、ある程度は終わっているからだ。
今日来るのは債権の減額を可能な限り少なくしようと涙ぐましい努力をしてきた面々のはずだ。
彼らが持ってきた借金のカタらしきものを確認して、それがカタに値するものならば、減額をせず証文を買い上げる。
値しなければ、残念ながら減額の取り消しは無しだ。
約定金の95%が買取額となる。納得できなければ売らなければいい。まぁ、その場合、ただの紙くずになる可能性が高いのだが。
その位の判断は自分ですべきだろう。
時間は刻一刻と過ぎていき、やがて終了の予定時刻となった。この時点でここに居ない業者からの証文の買い上げの対象外となる。
さて、買い上げられた証文は全部で、ひの、ふの、みの、…なるほど、32通ある。
結構な額になったけど、頑張れば返せないと言う程の額じゃない。
少なくとも、俺は殆ど0の状態から数年でそれらを買うだけの金が準備できたわけだしな。
それじゃぁ、奴隷商館に戻ろうか。
奴隷商館で、業者から買い上げた証文の合計額を計算する。
これがこれから改めて彼が背負う事になる借金の総額と言うか、本来返すべきなのに返してこなかった借金の総額か。実際には、ここ数日分の世話賃やらこれから行う魔法の代金やらが含まれる形になるんだが、そんなもんはこの借金額に比べれは、無きに等しい額だ。もちろん最終的な金額には繰り入れるのだが。
何で、こんな人生を舐めプしてきたニートもどきに金を貸したのか、まったく理解が出来ないな。まぁ、そんな事を言っていてもしょうがない。
まずは、こいつの客観的な価値の確認だな。そうしないと月額給金相当額が算出が出来ない。
「館長殿、こいつにふさわしい給金ってどの位なんでしょうか?
鑑定していただけますか。
私の能力では奴隷の金銭的な価値までは分かりかねますので。」
そうお願いすると、館長さんは、
「かしこまりました。」
とうなずいて、価値鑑定を行う。
この価値鑑定と言うのは、商品の細かい情報は読み取ると言う意味では俺の持つ上級鑑定には劣るのだが、鑑定対象の持つ総合的な価値を金額で査定出来るので商人にとってはかなり便利な能力なんだそうな。
実際には、物の価値と言うものは、その場その場での付加価値が加減されたり、条件が付加されて変動する事になるんだが、まあそういう要因を差し引いた素の値段がわかると考えれば良い。
例えば、市場で大銀貨1枚で売られている魚があるとする。同じ(鮮度の)ものを王都で売る事ができれば、中金貨1枚になる。しかし、その魚を日ごろ漁っている漁師さんにしてみれは、何日が待てば手に入るので無理に買う必要も無く、その価値は市場への卸値程度にまで下がってしまう、と言う感じだ。
そう思って結果を待っていると、館長さんがに近づいてきて俺の耳元でこっそり囁く
《クァージュ様、少しまずいかもしれません。この御仁、どうも取り換えっ子、それも『貴種のご落胤』の可能性がありそうです。普通、平民の血統で出る様な事はめったに無いんですが、どこかで貴人の血が混じっていたのかもしれません…》
はぁ?
なんだって?
キシュ?
って、あの貴種か?
俺が目を剥いて館長を見つめると、館長も俺にうなづいてこっちを見返してくる。
通常、ご落胤と言う言い方をする場合、どこかの貴族や王族の落とし種という意味になるし、大概は何かの都合で一夜の宿を借りたついでにその家の娘をつまみ喰いして云々と言う様な場合が多い様なのだが、これが『貴種のご落胤』のと言う表現になると少し意味合いが変わってくる。
この世界には、貴種と呼ばれる高位種族が少数だが存在する。
所謂、王族や貴族等と呼ばれる貴人達の事ではない。
正史と呼ばれる物質的な歴史とは別に、神殿によって語ら継がれているこの世界の創世神話には、神によってこの世界を治める為に創造されたとされている始まりの(古代)種族と呼ばれるものがいる。
現存する人類種族(ヒューマン、エルフ、ドワーフ、翼人、ホビット、獣人、魔族、他多数の少数種族)は、この古代種族が混血を繰り返し、能力を劣化させる中で派生し誕生したとされており、ウーズ(祖エルフ)やゲノス(祖ドワーフ、祖ホビット)の様に現在も少数ながら純血と呼ばれる血統を継ぎ存続している種族もあれば、ヒュームの様に下位種族(ヒューマン)との混血で純血の血統を薄めながらも多数の劣化した血統を継承し、時折先祖返りの形で復活する種族もいる。
この中にあってヒュームと言う種族だけは、聊か異色な存在として存在する。即ち神が自らの似姿として始めに試作した古代種族のアーキタイプ(雛形)であり、ヒュームに色々な特徴付けを行う事で、他の古代種族を生み出したとされているのだ。
このヒュームが他の種族の雛形であると言う事が、ヒューマンとヒューマン以外の種族との混血の可能性を生み、かつ、各種族に『取り替っ子』と呼ばれる特殊な先祖帰りが発生する可能性を生みだしているとされている。
また、このヒュームが全ての古代種族の雛型であると言う事と、ヒューマンはヒューム直系の劣化種族であり時折先祖返りでヒュームを生み出し得ると言う事が、ヒューマン至上主義と言う歪んだ思想の温床となっており、時として発生する紛争の原因ともなっている。
『取り替っ子』とは、その種族の中に取り込まれ通常沈み込んでいる異種族の血統が、極稀に浮き上がってくる現象の事だ。この世界では、ヒューマンと異種族の組み合わせで稀に混血(ハーフ)が生まれる以外で、混血が生まれる事は無い。
ドワーフとエルフの夫婦がいたとしてこの組み合わせの場合、生まれて来る子供はドワーフかエルフ、ハーフドワーフ、ハーフエルフのいずれかとなるが、その者達の中には異種族の因子が潜む形で内在する。
それが時として組み合わせの偶然で稀に浮かび上がって来るのが『取り替っ子』だ。要は、エルフとエルフの夫婦の子供に、それぞれの親の特徴を受け継いだドワーフが生まれる、と言った具合だ。
この『取り替っ子』の中に、更に極稀に『貴種のご落胤』と呼ばれる先祖返りが生じる事がある。例えば、ヒューマンであればヒュームが、エルフであればウーズが、と言った具合にだ。現在知られている範囲では、ヒューマンからウーズが生まれると言った基幹種族を跨ぐ『取り替っ子』は知られていない。
貴種/アーキタイプ:ヒューム(ヒューマン種族ではハイヒューマンと呼び習わされている。)は、ヒューマン族から極稀に生まれる高位種族=貴種の事で、神が古代種族を作る際にその雛形として作った神の似姿とも言われている種族だ。
種族を象徴する様な特別な能力は持たないが、非常にバランスよく高い能力を持つ。基本的なスペックだけでヒューマン種を倍する能力をもち、適切に成長させることが出来れば更に能力を高く成長させる事が期待出来る。ただし、基本的な生殖能力が高くなく、既に種族としての血脈は立たれた状態にあり、『貴種のご落胤』と言う形で極稀に現界するのみとなる。今では同じ時期に生殖行為が可能な性別を別にする個体が複数いる事すら殆ど期待出来ないという状態だが、その分ヒューマンとの混血が進んでおり、他の古代種族に比べると多い頻度で先祖返りで生まれてくるらしい。
俺もあわてて上級鑑定で彼の事を鑑定して見ると、確かに、こんな碌にレベルも高くない奴にしては、やけにステータスの値が高い。ただし、種族はヒューマンであって、ハイヒューマンではない。
「確かにすごいステータスだな…、
このレベルでこのステータス、並みのヒューマンじゃあり殆ど得ない。
うまく育てる事が出来れば、さらなる能力の上昇と、種族のハイヒューマンへの進化もあり得るんでしたっけ?」
根性を入れ替える為にも、散々使い倒してろうかと思っていたが、バレたら大騒ぎになる事請け合いだな、こりゃ。
取り敢えず、館長に口止めをして、暫く預かってもらう事にして、対応を検討するしかないのだが、こんな所(王都)に相談出来る様な伝手等ある訳もない…そう言えば心当たりが一つあったな。めっちゃ、大事になりそうだが…
館長と相談の上、暫く間商館で預かってもらい、その間に対応を王宮と相談する事になった。
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