第26話 王都編⑩王都出張所兼ウーツ鋼再現研究所設立
すっかり消耗して宿に戻ると、何でも屋の姉さんが俺の事を待ち受けていた。
例の工房の件だが、かなり話がまとまって来たらしい。
詳しい話を確認すると、どうも例の工房の持ち主の青年は、あちこちに借金をしまくって、ほとんど身動きできない状態だと言う。
そこで夜逃げを画策して、俺から最大限の金を受け取ったらそのまま放逐する心算だった様だ。当然、現時点で工房の土地・建物には抵当権が設定されていて、普通に金を払っても俺のものにはならない可能性がある。
ずいぶん舐めた真似をしてくれるもんだとは思うが、まぁ、これからその分の報いを受ける事にあるはずなので、それで勘弁してやろう。
とりあえず姉さんに頼んで、日程の調整をしてもらおう。
場所は公証人役場の大会議室だ。当日は、パーテーションを挟んでこっち側に野郎と俺、役場の公証人、向こう側に債権者ズと言う顔ぶれになるだろう。
もちろん債権者ズがパーテーションの向こう側に居るのは内緒だ。
こちらの話の最中は債権者ズには黙ってもらっていて、条件を整え支払い額が確定し、支払いを済ませ契約の履行が必須となった時点で、お出ましいただく形だ。
公証人を使った魔法契約である以上、奴はそれを破る事は出来ない。
同じ様に抵当権を設定し魔法契約を結んでいる連中には自動で返金される事になるし、奴もそれは覚悟の上だろう。
この形で処理をすれば、抵当権が設定されている分の借金は優先的に返済され、工房は公式に俺のものにする事が出来る。
残りの借金はどうするのかは見ものだが、まぁ借金奴隷コースはほぼ確定だろう。
そこまでの面倒は見れないし見る気も無い、と言いたい所だが工房の事で色々知りたい事も多い。奴隷に落としてこき使ってやるから、覚悟してろよ。
姉さんの調査結果では、この工房をカタに設定されるいる借金の額は、凡そ大金貨6枚と中金貨2枚少々となる見込みだそうだ。
見落としがあったとしても、大金貨8枚あれば、釣りがくるだろう。
契約条件は、その時点で工房に残っているもの全てと工房の運営にかかわる資料で残っている物全てだ。
相場より少々お高い買い物となるが、彼の人生の新しい旅立ちへのご祝儀と言う事で我慢する事にしよう。
最後に姉さんの手間賃を決めて、最後の擦り合わせをお願いしてその日の打ち合わせを終えた。
さあ、終わりの始まり…、いや、新しい人生の始まりだ。きれいな幕引き見せてくれよ。
ほどなくして、交渉がまとまったとの連絡が姉さんからあり、2日後に契約を締結する為公証人役場に向かう事となった。
役場では既に場が設えられており、案内に連れられて会議室に向かう。
会議室には既に姉さんとヘンバー氏が控えていて、俺の到着を待っていた。
部屋に入り、お互い簡単な自己紹介を行って契約条件の確認を行う。
例の甲乙丙丁がどうのこうのと言うやつだ。
内容的には、
・甲(俺)は、チェノーグ工房の土地・施設・過去の運営資料(現存し、渡せる分のみ)の対価として大金貨8枚を支払う。
・乙(ヘンバー)は、大金貨の8枚の対価として、チェノーグ工房の土地・施設・過去の運営資料(現存し、渡せる分のみ)を引き渡す。引き渡す運営資料に見落としがあり、後日これを発見した場合はそれを契約に含むものとして、可能な限り速やかに引き渡す事とする。
・丙(姉さん)は、立ち合い人として契約が適正に行われた事を保証し、また、本件に関するコーディネータとして契約成立に尽力した報酬として大金貨1枚を受け取る。
・丁(公証人)は、立ち合い人として契約が適正に行われた事を保証し、報酬として小金貨1枚を受け取る。
・丙・丁への報酬は、甲が支払うものとする。
大さっぱに記すと、こういう内容となる。
お互いに、同じ内容のものを3通準備して、すべて記述内容に間違いない事を確認し、お互いにサインを行い、血判を押す。
すると、契約書と契約者・証人を結ぶ光の線が走り、契約書の1通が消滅する。
これで契約成立だ。
後は、契約を履行する為、俺が大金貨8枚を彼に、小金貨1枚を公証人殿に、大金貨1枚を姉さんに支払えば良い。
すると、契約は俺の側からは履行された事になり、彼に土地・工房・運営資料の引き渡し義務が発生する訳だ。
早速、料金と手数料を支払っていくと、契約書が光を帯び、その光が彼を貫いた、
と言っても、契約履行に基づく光の貫通は、人体には悪い影響をもたらさない。
要は、片方が約束を果たしたので、お前も果たせよ、と言うお知らせの様なものだ。
さて、それではという訳で、土地や工房の権利書・現存する運営資料を受け取ったのだが、事前にわかっている通り土地や工房の権利書には、複数の抵当権が設定されており、これをどうにかしないと俺のものに出来ない。
どうもこの男、魔法契約の強制力を甘く見ていたふしがある。
大方、口でうまい事言ってこの場をごまかし遁走する心算だったのだろうが、今回は公証人を間に挟んだ魔法契約だ、そう簡単にどうにか出来るものではない。
今さらながら魔法契約に基づく強制力を実感する羽目になって、焦っている様にだ。当然だよな、主に心理的なプレッシャーが時間を追って増していくはずだが、最悪心臓が止まる事もあるんだから。
俺の方からも、権利書の状態を確認した上で、この状態じゃあ所有権の移動が出来ないと言う話をすると、かなり焦りを帯びた表情を浮かべつつ、それじゃあどうすればいいのかとすがりついて来る。
通常、魔法契約で抵当権が設定された権利書等の名義書き換えには借金の返済に基づく権利の制限の解除が必須で、当事者同士を介さない簡易的な方法を用いる場合は、借金相当額のお金を権利書の抵当印上に置き支払いを願う事で、お金が債権者側に支払われ代わりに抵当印が消える、と言う流れになる。ただし、簡易的な方法で相当額と書いた通り、手早く処理できる代わりに結構な金銭的なロス(魔法の使用料)が生じる。借主、貸主が居る状態で支払いが行っわれた場合、貸主が抵当印に触れながら解除を念じることで抵当権が解除される。
今回、こいつは、抵当権の解除をせずにお金の持ち逃げを画策していた様なので、当然、抵当権者は来ていない事になっている。実際には仕切の向こう側で待機してもらっている訳だが、そんな事をコイツは知らないし、俺が支払った金をそのまま持ち逃げをしようと考えた時点で、魔法の強制力が発動してこいつを責め立てているはずで、恐らくそれなりの強迫観念と胸の苦しさが生じているはず。(きちんと払う心算であれば、そんな事にはならない。)
と言う訳で、かなり慌て加減で魔法を使って支払いを行う為に、抵当印上にお金を置いていく。
その金額が設定額を超えた時点で、お金が消え、それと同時に抵当印が消えていく。同時に、仕切の向こうからヨッシャーとか声が聞こえてくるのは、ご愛敬と言うもんだろう。
姉さんの話から余裕を見込んで、大金貨1枚位は手元に残してやるのも仕方無い考えていたんだが、抵当印が消えた時点で、殆ど手元にお金が残らなかったのは、なんと言うべきか、調査が甘かったのか、或いは、遅延加算でもあったのかもしれない。
しかも、抵当権とは直接関与していない債権者はまだまだパーテーションの向こうに残っている様だ。
まぁそれを見越して債権者をこの場に呼んでおいたのは、俺と姉さんな訳だけどね。
顔を蒼白にしながら立ち尽くすヘンバー君を尻目に、残っている債権者各位に、債権の購入の意思がある事を申し入れる
ただし、満額と言う訳にはいかない。購入額は約定額の9割5分だ。5%は泣いてもらおう。それと借金のカタに運営資料やら機材を抑えている場合は、それを持ってくれば満額払うと約束する。
ほぼほぼ債権の回収をあきらめかけて零細債権者たちは、このタイミングで希望を見い出し、すがる様な視線を俺に送ってくる。
何せ、こんなひょろい大して能力もなさそうな浪費家、奴隷に落としたところで大した額は回収できないだろう。買いたたかれて二束三文になるのが良い所だ。
それを若干減るとは言え、買い取ってくれると言うのだから、頭の中で算盤の一つも弾こうと言うものだ。
殆どの債権者がカタも抑えて無かった様で、五分引きの条件での販売を希望した。
カタを取っている可能性のある債権者が何名かが、カタの有無の確認を希望したので確認の為に3日程待つ事にした。
3日後の昼の4刻から始めて6刻の鐘が鳴るまでの間、ここで最終の買取を行うのでここに来るように。その時来れなかった者の債権は同じ条件では購入しない事とし、追加で今日来ている者以外に債権者がいる事を知った場合は、そいつにも声をかけてあげて欲しい事を伝え、今日は解散することとした。
その後、今日中の売却希望者から債権を買い取り、3日後もここを使える様に予約して、公証人役場を後にした。
次に向かうのは奴隷商館だ。もちろん魂が半ば抜けかかっているハンバー君をドナドナしてだ。
商館では彼を借金をカタに奴隷にする予定であり、その手続きをここで希望する事。全てでは無いにせよ、凡その債権の購入が3日後に終わる予定なので、それまで彼が逃げださない様に預かってほしい事をリクエストした。
商館側も、こう言う話は良くでは無いにせよある事の様で、快諾してくれた。
これで、ハンバー君の夜逃げの可能性も無くなった。
これで、ウージ氏との話で出た、MV鋼開発の進展をお知らせする拠点も王都に無事設定出来る。
後は、ハンバー君を借金奴隷にして、工房でこき使ってやれば、彼の根性も叩き直せて、一石四丁…?
1.王都に出張所開設
2.王都出張所の管理人確保
3.ウーツ鋼の再現研究拠点確保
4.ウーツ鋼の再現研究担当者確保
で良いよな。
聊かお金を使い過ぎたきらいもあったけど、悪い話じゃないし良かったと言う事にしよう。
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