第25話 王都編⑨王城再び
とりあえず、当面する事が無くなったので、帰るまでの間、例のウーツ鋼が作られたらしい工房の買収の件で、姉さんと悪巧みにいそしむ事にした。
悪巧みと自分で言っておきながら何だが、別に悪いことをしようとしている訳じゃない。
売手がぼったくり価格をつけて駄々を捏ねていると言うから、調べてみたら二重三重の抵当権が設定されている可能性があるらしく、優先権の問題でまともに手に入らない可能性があるので、どうにかならないか検討しているだけだ。
そんな訳で何のかのと姉さんと連絡を取り合う様なことをしていたら、それも原因でタリン譲がひどく拗ねたらしい。いや例の件以来、鍛冶場に差し入れを持ってきてくれたり、結構甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる様になっていたんだか、何分俺も忙しくて…ね。
別に邪険にした様な心算はなかったんだが、扱いがいささか雑になっていたかもしれないと思う部分もある様なない様な…、女将さんに呼び出されて「何とかおしよ」、と言われる迄放置していたのは確かに俺の落ち度だったので、彼女の気が済むまで街の散策に付き合う事になった。
いわゆる、デートと言うやつなのだが、残念なことにこっちに来たのは仕事の為だったせいもあって、デートに着て行ける様な服は持ってきてない。いやなにせ、元々仕事目的の旅の途中だ。お城に呼ばれる可能性が高かったので、フォーマルっぽいものは用意して来てはいるんだが、どう考えてもデート向きではない。そう言って女将に相談したら、ニンマリ笑って知り合いの古着屋に連れていかれて、上から下まで丸々コーディネートしていただきましたとも。
あまり、そう言う方面は気にする方じゃなかったんで、助かったのは助かったんだがお洒落着ってかなりするものなんだな。
まぁ、ぼられたんじゃなければ、だが。
で、タリンと二人で街の散策などをしていた訳なのだが、どういう訳かやたらと知り合いにあった。いつの間に、こんなに知り合いが増えてたんだだろう?って言う位、行く先々で遭遇する。
始めは、照れなんかもあって、
「今日はちょっとまずいんでたのむよ」
なんて対応をしていたのだが、違う場所に行っても2度目の遭遇、3度目の遭遇となると相手の腹も読めてくるというものだ。こいつら台所に湧いてくる黒光する害虫じゃあるまいし、人を酒の肴扱いしやがって等と言う思いも相まって、最後の方は大分雑な対応になったのも仕方ないと思う。
そんな割りと穏やかな日々を送っていると、来たよ、来ちゃいましたよ、お城からのお呼び出しが。
書いてある内容はと言うと、大雑把に言えば前回ウージ・アズバル様と会見した際に献上した物について聞きたい事があるから、2日後の昼の2刻の鐘に合わせて、城まで来い、というもの。
前回の献上品はステン製調理用具とMV鋼のダガーだ。希少性や性能から考えてどちらが重要視されたかは明白と言うもの。
まさか、MV鋼の製法を献上せよ、なんて話にはならないだろうが、場合によっては中々難しい選択を強いられる事になるかもしれない。
まぁ、そうは言っても現状、俺しか作れないはずなんで、さほど気にする事も無いんだけどね。
そんな話を寝物語にタリン相手にしてるんだから、ばれたら爆ぜろとか言われそうな話ではある。
タリンは例のデート騒ぎで俺との関係が周りに知られる様になってから開き直ったのか、3日と開けずに俺の部屋にきては泊まって行く様になっていた。おかげで大分精神的に落ち着いた雰囲気を出す様になったからか、或いは仕事に影響出ない様にしているせいか女将からも特に言うことは無い様だ。この娘の件もそろそろはっきりさせないといけないのだが、どうしたものか。
女将辺りに知られたら、
「好きなのか嫌いなのかはっきりおしよ」
とか言われそうな話ではあるが、もちろん嫌いな訳もない。
元々目鼻立ちは悪くなく割と好きな顔立ちと言っていいし、体も豊満と言う程ではでは無いにせよ宿できちんと食べさせてもらっているのだろう、なかなかバランスが良い。乳は大きいとは言わないが小さすぎず形も悪くなく、何より感度が良いのが素晴らしい。そっち方面に関しても、何でもお任せの河岸の冷凍マグロの様に転がっているタイプでは無く、結構積極的に楽しむほうの様だ。
ただし、闇が深い。
当時何があったのかは知るすべもないが、余程の事があったのだろう。
彼女にせよ、今の自分では何も出来ないのは分かっているんだろうが、それでも時折仄の見える熾火の様な心の闇が何時か大きな炎を宿した時に、彼女自身をも巻き添えにして燃え尽きてしまう様な気がしてならない。
俺でうまく支えてあげられれば良いのだが…
ちょっと観光がてら王都に行って、お偉い様に付け届けをして、別件込々でお褒めの言葉を頂くだけの簡単なお仕事だったはずなんだけどなぁ、んなわきゃ無えかぁ。
面談の予定日になったので今度こそ余裕をもって王城に行って、確認やら何やらの上で待合室に通されて、またも、
「お前たちこの召喚状の時間の指定ってどういう意味があるんだよ」
と聞きたくなる位また待たされて、あれやこれやを暇つぶしに考えていたら、ようやく誰かやってくる気配がしたので、立ち上がって迎える事に。
ノックの後入って来たのは、またも前回の面会担当ウージ・アズバル様とお付きの侍女さん達だ。
「お待たせしたかな、一別以来ですね。」
と涼やかごあいさつをしつつ、向かいの席に座り、水を向けてくる。
俺も色々思う所はあるのだが、グッと堪えて、
「ご無沙汰しております。」
と返して、頭を下げて椅子に座った。
俺が席に落ち着いたのを確認して、侍女さんがお茶を出して壁際に下がっていく。
氏を見ると、カップを取り上げ香りを楽しんでいる様なので、こちらもカップを取り上げ香りを吸いこみ茶を一口すする。
うん、涼やかな香りでのど越しもいい。この時期にぴったりなお茶だな。
少し、驚いた様な表情を作って、
「ほぅ、涼やかな香りでのど越しもいい。この時期にぴったりなお茶ですな」
と水を向ける。向こうも心得たもので
「えぇ、そうですね。元々このお茶は嵐にあって水をかぶった輸送船が、少しでも輸送中の産品を生かそうと日干しにしていたら、たまたま隣同士になったお茶の葉にドライフルーツの香りが移ったのが始まりだそうで…」
等と蘊蓄を披露してくれた。なるほど、だから濃い目の水色の割りにお茶の渋みをあまり感じないのか。
しかし、この雑談、自分から振っておいて言うのもなんだけど、いつまで続くのか?そういう習慣って言ってしまえばそれまでなんだけど、何とも難儀なことだ。
暫くお茶談義を含む雑談を楽しんで、マナーの範囲での雑談タイムは終了し、ようやく本題に入る事が出来たのは、2杯目のお茶を飲み干し、3杯目に突入した辺りでのことだった。
「そうそう、この前献上いただいた調理器具ですが、城の料理長が大変喜んでいましたよ。最近は王都でも人気が出てきてC&Qの番号付き品は手に入れ難くなっていると言って…」
まずは向こうがジャブを放ってくるので、こっちも軽い受ける感じで、
「それはありがたいお話で…」
といなしておく。
暫くステン鋼談義でお茶を濁していると、ようやく、
「ところで一緒に献上されたダガーなのですが…」
と恐らく本題だろう話に踏み込んでくる。
俺も
「只今開発中のステン鋼より上級品になる事を期待されている新製品で…」
と説明を始める。
MV鋼はステン鋼に比べても更に錆に強く、焼き入れが可能で硬い刃を持つ割りに靭性があって欠け難い。
と良い所ばかりある様に思えるが、その代わり一度痛むと硬いがゆえに手入れが難しく、また生産性が低い、と言うか現時点でうちの工房で俺にしか作れない。
という事は、多分、この世界で俺にしか作れない代物になる。
中々大型の製品の成型も難しく、最近ようやくショートソード相当の刃物の製造に成功した、等々色々な情報を渡しておく。
一語一語が真剣勝負の様なものなので、話が終わる事には、こちらもへとへとになっていた。
なんだかんだと言いながらも、近いうちにショートソードのサンプルを作成して納品する事、と量産技術の確立に尽力する事、王都に連絡事務所の様な物を設立して、もっと密に連絡をとれる様にする事等を約束させられて、この日はお役御免となった。
やれやれ。
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