第24話 王都編⑧作業終了

結局ここ数日、風呂屋によってから宿に帰りベッドに倒れこむ様に寝てしまい、気が付くと朝だったと言う様な生活を送る事になっていた。そのせいか、タリンの機嫌が悪いらしいが、こればかりは鍛治士と付き合う以上は仕方ない事だと諦めてもらうしかない。

朝起きると食堂に降りて朝食をもらい、さっさと済まして一旦部屋に戻り、身支度を済ませて宿を出る。

工房に着いたら、窓を開けて空気を入れ換えながら、此処での作業も明日でとりあえず最後か、等と物思いに耽りそうになるが、そんな暇はない。

手伝いどもが来るのは明日の昼過ぎだが、それまでに仕上げておきたい作業はまだまだある。

炉に火を入れて温め始める。昨日までの作業である程度までの成分調整は終わっているので、今日は鍛錬を兼ねた成分調整と姿を整えて、完成させる所までだ。

研ぎは明日の昼までに済ませばいいので、今日の作業はステン鋼の残り材を使ったナイフを6本と、MV鋼のナイフ2本、肉厚な山刀と言うより剣鉈を1本の合わせて9本。

さすがにトレファチャムの本チャンの工房なら兎も角、こっちで鍋やフライパンに仕上げの化粧磨きは出来ない。多少見てくれが悪くなるが、そうであってもあそこ親父ならわかってくれるだろう。


炉に十分に熱が入ったので、仕上げ待ちのステン鋼板を一枚引き出して炉にくべる。

十分い温まったところで引き出し、玄翁の両面を使って少しづつ形を整えていく。

うん、使い手の体形はここ数日の付き合いで概ねわかっている。あいつらに渡す分ならこんなもんだろ。

昨日までの手伝いの感じから、明日も手伝いに来てくれるのは多分5人、多くても6人程だろう。

と言うか、あの6人以外に餞別代わりに記念品を渡す必要ない。

まぁ、こんなかわいいナイフじゃなくて、ブッチャーナイフとかの方が似合いそうな面々だが、所詮残り材で造る記念品だし、気は心と言うしな。


ステンの荒加工がおわったので、次はMV鋼の加工だ。予定しているのは3本。

ナイフの一本目は姉さん用だ。この人ぱっと見雑そうに見えてかなり芸が細かい。何でも屋の仕事柄と言う事なんだろうが、頼んだ事も毎日の様に途中経過を入れてくれてフォローしてくれる。戦いとなっても剣をブン回して当たれば勝ちなんてことより、隙をついて一刺しする様なタイプと見た。ならば、戦闘主体では無く、カービングナイフ的な物の方が良いだろう。ただし、ちょっとした戦闘に耐えれる程度に肉厚にした方が良さそうなので、その方向で造る事にした。


MV鋼の2本目は、もちろん宿の亭主用のナイフだ。既にMV鋼製のナイフの見本は渡してあるが、あれは見本用の汎用品だ。使い手の体に合わせたものではない。

既にオヤジの姿形、作業姿勢、癖などもある程度は把握している。基本的に厨房に籠って作業をするのが仕事なので、戦闘は考慮しない。あくまでも、料理上で生じる料理細工用を考慮したもので良いだろう。


3本目はタリン用だ。こいつは猟師として山に入る時に必要となる藪漕ぎを意識したコンバットナイフと剣鉈をミックスした様な小剣にする事にした。

彼女は残念ながら、猟師としては未完成で、多分これが必要になる日が来る事は無いだろうが、それでも心の支え位は必要だろう。

村を出る時、父親の遺品も碌に持ち出す事が許されなかったらしいので、こんなもんでも支えの足しになってくれれば、と言う思いで造る事にした。

MV鋼を素材にこのクラスのものを作るのは初めてだったので少し心配だったんだが、焼き入れも焼き鈍しもまぁ合格点を出せる程度にはうまくいった。スキルってのはすごいもんだな。


荒化工が終わった所で、既に良い時間になっていた。

もう少し作業をしようと思えば出来ない事もないが、ここ数日放置気味だった事もあり、タリンが結構ご機嫌斜めだそうなので、今日くらいは早めに帰るか。

仕上げの研ぎと鞘作りを明日廻しにして、今日は上がる事にしよう。

と言う訳で、今日は火を落として、戸締りをしてさっさと帰り支度を始める。

さーて、風呂屋で一汗を流して帰るか。そうやって、タリンが今晩来ても良い様に準備万端整えておいたんだが、その晩は気が向かなかったのか、本格的に機嫌が悪くなったのか、彼女が来る事はなかった。


開けて工房での作業最終日。

いつもの様に昼の1刻の鐘の音で目が覚めたので、いつもの様に身支度をして朝飯を食って、工房に出かけた。

この鍛冶場には轆轤を応用した回転式の研ぎ機などないので、昔ながらのやり方で鋼を研いで、刃を作り命を吹き込んでいく。

その為に、昨日一人でギリギリのところまで鍛えたのだ。

研ぎを終えて、出来上がった刃を矯めつ眇めつしていると、先ず姉さんがかなり早めに顔を出してきた。

「話をある程度まとめてきたけど、そっちが乗り気だって知ったとたん、かなり吹っ掛けて来てるよ。

向こうの希望は大金貨10枚だってさ。

どうするね?」

と話を振って来た。

「俺は、この辺の相場を知らないんで何とも言えないんですけど、このクラスの鍛冶場を購入するとして、普通はどの程度の要る物なんですか?」

と俺が聞き返すと、少し眉間に皺を寄せて。

「あたしもこの手の取引はプロって訳じゃないからはっきりとは断言出来ないけど、この辺でこの規模ならせいぜい大金貨5枚、大盤振る舞いでも6~7枚が良い所じゃないかねぇ?!

そもそも、このはかなり老朽化してきてるしね。」

と返して来た。

「そんなもんですか。まぁ出せない額じゃないですが、こういう輩はつけあがらせると面倒なんですよね。

今後の事もありますし。

…う~ん、もしかしてそいつ、碌に仕事もしないでゴロゴロしてるから、あちこちに借金があるとか、そんな事無いですか?」

と振ってみたら、

「…うん、ありそうな話だね。」

と少し考えながら返事をかえって来た。

「工房も抵当に入ってて、買ったはいいけどそっちの支払いがいるとかだと最悪なんですが?

それならいっそ、…」

「いやいや、そんな事は…」

暫くの間、二人に間で楽しそうな悪巧みの様なそうでないような話がが続くのだった。


何のかのと言いながらも時間は流れていくもので、おれと姉さんの二人が悪だくみをしているうちに時間が来ていた。予定の連中も集まったので、作業を開始する。

と言っても今日の作業は片付けだ。

持ち込んだ材料も出てしまった金属屑等の諸々も、昨日のうちに俺の収納に放り込んでおいたので、盗難の心配もなければ失くす事を心配する事も無い。

作った調理器具も駄賃をはずんだので、この後宿に運んでもらえる手はずになっている。

片付けを進めてもらっている内に、MV鋼製品用の鞘等を作っていく。

まぁ、鞘作りと言っても皮革細工のスキルがあるので、結構簡単に進んでいく。


作った諸々のサンプルには、これだけは忘れずに持ってきたC&Q2の刻印を施し認定品とした。

現在C&Qの認定印を刻める刻印は、副代表の俺の2号印と代表のコジ君の持つ1号印、それと弟子どもの作や協力工房から納品され検品を合格した認定品用の無番印の3個だけだ。

俺とコジ君の認定印には2と1の数字が入っており、俺が作ったかコジ君が認めたものにしか刻印されない。数字が無いのはクァージュ工房か協力工房で作られた大量生産のマスプロ品だ。


5日間手伝ってくれた連中には、ステン鋼製の俺の刻印を施した記念品を贈呈しておいた。まぁ、記念品と言っても肥後守程度のものだ。18-8ステン鋼レベルの硬さで考えれば大して切れ味が良いと言える程のもので無いのだが、錆難さと手入れもさほど頻繁には必要ない。グリップ(握り)=鞘なので小型で携行に便利だが、折り畳み式なので荒事には向かないと言う微妙な代物だ。地球でも鉛筆削り(この世界にはない)や竹細工などで使われていた程度のものだが、まぁ、記念品としては面白いのではないかと思って作ってみたのだ。

この先、実際に使ってからは知らないが、渡した時には結構喜んでくれていたよ。

姉さんも、自分の分は予期していなかったのか、かなり喜んでくれた。


店をたたんで宿帰りついて、親父に先に届いた器具類の簡単な使い方や手入れの方法を説明しておく。ステン鋼は含まれるクロムに起因する耐錆性の酸化膜が製品全体を覆う事で錆を防ぐ。と言っても完全ではなく、この酸化膜の形成を阻害する様な手入れをすると傷んでしまう事もある。普通と真逆とは言わないが、性質を把握して手入れをしなければ割と簡単に痛む事もある。それを弁えず、丁寧に手入れをしていたのに傷んだん等と言う話も聞くが、これなんかは鋼の特性を弁えずに無茶をした良い例と言えるだろう。

親父は、丁寧な手入れを頻繁にせず、放置気味の方が良いだなんてと、嘆いていたが、まぁそういう事もあると言う事で納得してもらった。

それと、親父様に作ったMV鋼の細工用ナイフ、これもステンと同じ用に比較的手入れいらずの手間いらずだと説明しておいた。

結構良い出来だったので、喜んでくれたのが、俺的にもうれしかったかな。


後は姉さんに頼んでおいたあれこれと、王城から何か言ってこないか数日待って、何もなければ帰るだけだ。

さて、とりあえずは、待ちの時間だ、のんびりしようか。

いや、タリンをあやす必要もあったか…

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