第23話 王都編⑦仮工房
さぁて、準備は概ね完了した。
後は、炉に火を入れて十分に熱してやり、素体の炭素鋼を入れて鍛錬しながら多すぎる炭素などの不純物を取り除く。十分なモノが出来たら、後で造るMV鋼用に使う分を取り分けておき、残りに準備してきたクロムとニッケルを添加する。
この時、十分に均一になる様に注意して混ぜる必要があるのだが、それが難しい様なら錬金魔法の出番になる。
添加物の融点が素体の融点より高く硬度も高い様な場合、”粒子化”をかけて十分に細微化しておく。この時不純物が認められた場合、不純物を”除去”するか添加物を”単離”するかしてなるべく高濃度の添加物を生成する。
この様に素体に混ぜ合わせ易い状態にした添加物の粉末を素体の溶解物に投入し、十分に均一化するまで混ぜるのだが、この時混ぜる事が困難な場合、”均一化”の魔法を使う事になる。
今回使う添加物の内、モリブデンとバナジウム、ニッケルは、融点はそれなりだが、硬度はさほどではないので、使用魔力を削減する為、破砕とある程度の粒子化は助手に呼んだマッチョたちに頼む事にした。
その間俺はクロムの準備だ。
そう言えば、最近この種の作業も弟子どもか奴隷どもに任せて、俺がやる事ってなっかったなぁ。だからか、最近魔力の最大値の伸びが悪いのは、あれは程よく魔力を枯渇させないと伸びないからなぁ等と余計な事を考えながら作業を進めていくと、十分に粒子化した添加物が出来た。
他者の進行度合いを確認すると、炭素鋼はいい感じに温度が上がってきており、破砕作業も十分許容範囲まで仕上がってきた感じだ。
鑑定すると若干不純物が混じっていたので、引き取って単離をする。どこで混じったんだろうな?
全ての準備が整った時には結構な時間(夜の1刻の少し前)になっていたので、帰る奴には日当を与えると伝え、残る奴には割増を出す約束をする。
それと結構疲れたので、食い物と飲み物を買いに走らせ、その間炉の温度が下がり過ぎない用に注意して休憩だ。
晩飯が届いたので、腹に詰め込んでいると、タリンが他の下働き娘達を連れてやって来た。女将さんに言われて、差し入れを持ってきてくれたらしい。
ありがたく、そいつもいただいて、作業再開だ。
いささか多めの炭素を鑑定を交えながら分離していく。
暫く鍛錬を続けてようやく満足のいく濃度まで下げる事が出来たので、ここからクロムとニッケルの投入だ。まずは予定の半分量を投入し、十分に混ぜ合わせる。
鑑定をすると、炭素2.0%、クロム10.1%、ニッケル4.4%。
やや予定濃度より多い感じか。
更に、残りの半量を入れると、クロム13.5%、ニッケル6.7%。
その後は、予定の分量比になるまで鑑定を行いながら足していく。まるで科学の実験かお菓子作りの様だ。
ようやく満足のいく状態になった時には、作業再開から1刻余りが立っていた。
今回作るのは、包丁5種にプライパン等の比較的底の薄い鍋類10種だ。
それとMV鋼で造る細工用ナイフなどが3本ばかり。
まぁ、見本ならこんなもんだろ。
どうせ王都には、C&Qの市販用製品はかなり流通している。
この程度の数なら鋳型を作るまでもない。むしろ鍛造向きの案件と言えるだろう。
明日作るサンプルに合わせて大小様々な型に溶けた鋼を注ぐ。余った鋼は小ぶりの型に薄く分けて入れておく。
ステンの準備が終わったら、MV鋼の準備だ。こいつは普通のステン鋼と違って焼き入れがし易く強度や粘り強さ、摩耗性が高い。その秘密はモリブデンとバナジウムの添加にある訳だが、もちろんいい事ばかりではない。要は強度があって粘りも強く摩耗性も高いと言う事は、日常的にさほど手入れを気にする必要がないという事だが、いざ何かのはずみで破損すると手入れの難易度がとんでもなく高くなると、言う事がだ。
さっきよりもっと細かく鑑定を挟みながら成分の調整をしていく。
調整が終わって、型に流し終えた時には、盛大な溜息が出たもんだ。
とりあえずこいつらが冷めるまで次の作業はできないので、今日はお終いだな。
皆にお疲れをして日当を払い。明日の予定を伝える。
まぁ、今日型に流した鋼の鍛造だな。欲しいのは相槌だ。
明日からの作業は今日の倍払うけど、きつさは倍じゃすまないぞと、念押しして解散した。
姉さんにも、後4日程は必要になるからよろしくと伝えて、宿に帰ろうかと思ったけど、かなり汗臭いので、風呂屋に寄り道だ。
宿に帰ったら、夜もかなり更けていたが、まぁ良いだろ、後は寝るだけだし。
女将さんには呆れられたけど、こんなもんだぞ、鋼を打ち始めた鍛冶士なんて。
と、言う訳で、お休みなさい。
翌朝。昼の1刻の鐘で起きることが出来たので、食堂で朝食をいただき仮工房に出勤した。なんか久し振りだな、こんなふうに歩いて出勤するのって。
最近はめっきり錬金奴隷たちの馬車に乗って工房との間を移動するだけの毎日だったのでこういうのは実に新鮮だ、朝の喧騒に包まれた街の中を歩いていると自分に足りなかったのは、こういうものとの触れ合いだったんじゃないかとすら思えてくる。
とは言え、俺の日常はかなり慌ただしいのも事実で、疲労を溜めない為にも仕方がない事ではあるのだが。
そんな事を考えながら歩いていたら、アッと言う間に工房に到着した。
窓を開けて空気を入れ替え、仕事を始める準備をしていると、今日の手伝い達が三々五々やって来た。元々そういう予定だったのか、昨日の日当が余程おいしかったのか、昨日の居残り組は全員参加だ。
何でも屋の姉さんもやって来て、昨日頼んだばかりの鍛冶士の件の報告を始めたのには驚いた。昨日の今日で大したフットワークだ。と思ってさわりだけでもと聞いてみたら、どうもあれが作られた工房はここだったらしい。
何か金さえ出せば工房ごと売ってもらえそうだとは姉さんの言だが、元々さほどやる気がある様な奴では無くて、機会さえあれば工房を売っ払って、その金で遊んで暮らしたいとか、日頃から言っていたらしい。
どの程度の請求をする気かわからないが、それこそ金次第では、此処を丸ごと買い取って王都出張所しても良いので、その方向も含めて交渉をして欲しいと伝えると、姉さんもやる気満々で出て行った。
果たしてどうなる事やら。
姉さんと話をしているうちに、仕事を始める準備も整った様なので、早速炉に火を入れて鋼を鍛える準備を始める。
炉が十分に温まったのを確認して、型に入れて冷ましておいた最初の鋼を投入する。昨日の時点で、鍛造する際に抜ける炭を見込んで鋼を作っているので、その辺も注意しながらの作業となる。
鋼が十分に温まったところで取り出し、冷える前に打ち延ばす。冷えてきたら炉に入れて温め直し、十分に薄く伸びたら折り返し2枚に重ね、また打ち延ばす。
これを繰り返して、炭素量を調節しつつ鋼にねばりを与える。
俺が務める先手が小槌で示す位置を相槌を担当する手伝いが振るう大槌が延ばしていく。現代の地球の様に、機械を使った押し出し鍛造など望むべくもない以上、かなり大変な作業になるが、こうしてやるしかない。しかも相手は粘りにあるステン鋼だ。
まぁ、日当につられた事を後悔してくれ。来た以上は逃がさないがね。
どうにか炭素量も予定の値に収まり、練りも十分できたので、小槌を玄翁に持ち替えて、形を形成していく。
こいつは、まぁ、フライパン用だな。
一つ終わればもう一つ。更に一つ。と言う風に、用途別に幾つか炭の量を微妙に調節して作業を進めていく。始めた頃は何ともへっぴり腰だった相槌たちも3日目ともなればどうにか大槌を振るう事にも慣れ、腰を入れて振るえる様になっていた。まぁ任せることが出来るのはそこまで精度がいらない相槌止まりなんだがね。
気が付くと今日も既に結構な時間になっていたが、予定の作業は概ね終わった。
幾らタイミングを見計らって幾度も休憩を取っていたにせよ、慣れてない連中にはきつかっただろうが、よく頑張ったもんだ。
日当を支払い、明日は休みで明後日は来るなら昼からで良いぞと申しおいて、作業終了だ。
さて、俺はもう少し作業を進めるかな、まぁ、この後作るのは殆ど小物で大物は1点だけの予定だしな。残った力を振り絞る様に、俺は玄翁を振りかざし、鋼に命を吹き込んえいくのだった。
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