第22話 王都編⑥朝

先ず、女将は完全に共犯だろう。

そうじゃなきゃ、下働き娘があんな酒を用意できるはずもない。

完全にそのための酒だよな、あれ、うまかったけどさ。

あれだけ飲んで、酔っぱらわされておいて、それでもしっかり勃ったし。

昨日の感じじゃ、この娘が起きだすまでもう少し時間がありそうだけど、この娘が目を覚ました時に隣にいてあげる位の気配りは合っても悪く無いだろう。

女将への事情聴取はその後だな…、

まだ少しだるい気もするし、朝寝と行きますか。



隣で身動ぎする気配を感じる。

微かに明け始め、白み出した薄暗闇の中、下働きとして普段なら起きる時間なんだろう。

昨夜の事を女将とどんな約束をしていたのか皆目見当もつかないが、おそらく女将の性格からしてこの娘に一方的に不利になるものではないだろう。


おどかさない様にそっと

「おはよう。」

と囁くと、何やらワタワタした気配の後、やや恥ずかしそうな声色で

「おはようございます。」

とかえって来た。続いて、やや沈んだ声色で、

「昨夜はごめんなさ…」

と謝ろうとしてきたので、全部言い切らせる前にこちらに引き寄せて、口を塞いだ。

どうやってかだって?

んなもん決まってるだろうよ。

逃げ出せない様にしっかり抱きしめて、味わうように口の中を蹂躙して、娘の体の力が抜けてきたところで解放した。

あんまり気を出し過ぎて、朝から一戦、なんて事になったら洒落にならないらかな。

幾ら安宿では無いとは言え、この種の宿の壁の厚さなど、たかが知れている。

そう言う為の部屋と言う訳でもないのだ。

しかも、今日も予定は満載、スケジュ-ルぎっしりなのだよ。

暫くポーとこっちを見るとはなしに見ている娘の耳元で、

「昨日はありがとう。」

と囁いて、そっちが気にする事じゃないんだよとだけ、とアピールしておく。

少しびっくりしたような顔で俺の事を見ていたが、はにかむような、何かを飲み込むような顔で、小さく

「はい。」

と答えてくれたから、それでいいだろう。

「さあ、仕事に遅れる前に支度をしないと」

と支度を促すと、何か言い難くそうにしながら

「あのー、うまく行ったら、今朝は休んで良いって、女将さんが…」

あぁ、そうですか。

なんかお釈迦様の掌の中で遊ばれた孫悟空みたいな気がするな。

でも、まぁ、せっかくのご厚意だから、もう少しのんびりしますか。

体を抱きしめたまま、ベッドに寝転んで、啄む様な口づけをしながら、暫くの間、昨夜の余韻を愉しむのだった。


すっかり朝食のサービスも終わり食堂も落ち着いただろう昼の3刻、鐘の音に合わせて食堂に降りていくと、したり顔の女将が待ち受けていた。

くそ、俺が起きて来るタイミングまで織り込み済みかよ。

「おはよう、女将さん。」

俺が挨拶すると、向こうも返してくる。

「あぁ、おはようさん。

ずいぶんのんびりだたけど、昨日は、お楽しみだったみたいだね。」

「あぁ、そうだな。

でも、あんたがそれを言うかね?

昨日の酒はうまかったけど、完全にそれ用のものだろ?」

と水を向けると、向こうもニヤリと笑って

「何だい、わかってたのかい?

あれはこっちじゃ、『女神の恩寵』って呼ばれてる品さね。

男が飲めば、どんな堅物の神官でもイチコロのギンギンになって、

娘が飲めば、破瓜の痛みも和らげてくれるってね。」

おいおい、えらいもんを使ってくれたな。

俺が話を聞いて顔をしかめていると、

「別に常用しなけりゃ体に害がある訳じゃないよ。」

と返してきたので、

「どっから手に入れたのか知らないけど、ほどほどにな」

と釘をさすと、

「別に変な所から手に入れた訳じゃないよ。大体あれは…

おっと、ここからは秘密だったかねぇ。」

とニヤニヤが止まらない様子だ。


俺もそんな話がしたくて降りてきた訳じゃない。

と言うか、そんな話でとられて良い時間は無い。

既に、大幅に予定がずれている。

多分何でも屋の姉さんはお冠だろう。

仕方なしに、手を挙げて降参のゼスチャーをしながら、

「はいはい、恐れいりました。」

と返し、流れで、

「それで、何を考えている?」

と話を振ると、女将の顔つきを改めて、

「昨日のナイフは見せてもらったよ。私にはわからないけど、旦那に聞いたらかなりの業物だったそうじゃないか。

聞いた話じゃ、あんた、かなり腕の良い鍛冶士なんだって?」

と返してきたので、

「あんたのかなりの腕が、どの程度の事を指しているのは知らないが。今住んでいる町の中では成功した部類に含まれていると思うよ。まぁ、少なくとも嫁や妾の一人や二人娶ったとしてもどこからも文句が出ない程度の実入りはあるよ。」

と返しておいた。

「そう言うことじゃないんだけどね。

あの子の事情は聞いたんだろ?」

と聞いてきたので

「まぁ、あの子が話してくれた分は一通りね。」

と答えると、

「それじゃぁ話が早い。

まぁ、有体に言えば、あの子はケリをつけたがっている。

いや、ケジメかな?

話に出てきた人食い熊だけど、今じゃ完全に魔物化して、当時よりもっと南の方で好き勝手やってるらしいんだよ。

あの娘もこの前まで忘れてたみたい、いや忘れようとしていたみたいなんだけどね。

こんな風に消息を知っちまうと、心穏やかに暮らしていく、と言う風にはいかないみたいでね。

そこに来て、あんたがあんな物騒なものを持ち込んできちまったもんだから、心が悲鳴を上げてるみたいでさ。」

そう言って、お手上げとばかりに手を広げた。

俺が、眉を寄せながら

「自殺に手を貸せって言うのならお断りだぞ。

人食い熊の魔物、しかも『名持ち』とくれば、一筋縄でいかないどころか、筋を二つ三つ用意しても、返り討ちに合う様なバケモンだ。

しかもあの娘自身、武術の心得どころか、猟師としても素人とさほど違いが無いレベルだろう。」

と返すと

「あんたの、あの物騒な獲物でもダメなのかい?」

と聞いてきたので

「獲物なんてものは、使い手の腕の延長みたいなもんだ、

使い手が良ければ、良い武器にも道具にもなるんだろうが、

使い手があれじゃぁ、死にに行けと言うようなもんだよ。

どうしても、って言うのなら、腕を磨く事だ。

俺が納得するところまで腕を磨いて見せてくれたなら…、

あの子の為の最高の一振りを用意してやるよ。」


これ以上は、外野があれこれ言っても何も始まらない。

そっちの話は打ち切って、調理用具の修繕の話に切り替えた。

「ところで、覚悟は決まったかい?

今日は、これからあんたの所で当座使ってもらう鍋釜を打ちに行こうと思ってる。

まあ、俺が勝手にそう思ってるだけだがね。」

と水を向けると、女将も切り替えて、

「わかってるよ。

昨日のアレを見て、旦那も心を固めたみたいだ。

あとは踏ん切りがつけば、あんたの所に話をしに行くだろうさ。」

と返してきたので、

「了解、今の俺が打てる最上の逸品って奴を見せてやるよ。」

と返しておいた。

「それはそれとして、例の調理用具を作った鍛冶士について、調べたいんだが何か知ってるかい?

どうも使ってる鋼が特殊なものの様でね。おそらくそいつ独自の技術で造った鋼の可能性が高い。

あんなきれいな模様を無粋に鋳掛で誤魔化すなんざあり得ない。

せっかく修繕するならきれいに直したいんで、少し調べてみたいんだが?

まぁ、修繕自体が無くとも、あんな面白そうな鋼、弄ってみたいから独自に調べようと思うんだがね。」

と念の為、確認をとっておく。さらに加えて、

「例の何でも屋の姉さん。多分、あの姉さんに調査を頼む事になるから、何でもいいから知ってる事を伝えておいて欲しい。

旦那にもよろしく頼むよ。

それじゃぁ、出かけてくるぜ。

帰りは遅いからメシはいい。

それとタリンの事はどうするか、あの娘自身の判断に任せるから、確り話をしておいてくれよ。

じゃぁな。」

と言い置いて、さっさと宿を出た。


待ち人は、既に2刻以上も待たせてる。

まぁ、多分先に鍛冶場の掃除でも始めてくれてるとは思うけど、なかなか来ないんで、さぞやヤキモキしてることだろう。

特に姉さんが。

手伝いにも結構な日当を約束したからな。

鍛冶場に向かいながら、通りしなに見かける屋台から串焼きやら、グレウィンの実やらを買って、歩きながら腹に納めていく。


グレウィンの実と言うのは、地球で言うブドウの実の様な物だ。しかも一粒が大きくて、たっぷりの水を含んでいるので、口の中をすっきりさせたい時などに、清涼飲用水代わりに食われる代物だ。

庶民にとっては、ちょっとした菓子代わりと言う感じだろうか。ただし、品種改良がさほどされていないのでさほど甘くない。

粒が小ぶりな温州ミカンほどもある甘くない巨峰を想像すれば、さほど大きく違わないだろう。

硬度が高くて飲用水の入手に苦労する様な地方では水の代わりにしぼり汁が愛飲されるそうだ。


鍛冶仕事は、体力勝負だ。

空腹を抱えてどうこう出来る様なもんじゃない。

問題は、旅のせいでしばらく腕を振るって無い事か。

10日や20日でスキルがどうこうなる事は無いんだろうが、こっちに来てからこんなに長い間腕を振るわなかった事が無いので、少し不安だ。

まぁ、やってみりゃわかるだろう。


そんな感じでドタバタしながら鍛冶場にたどり着くと、鍛冶場は大掃除の最中だった。

うん、予想通り。

中に入って様子を窺うと、姉さんが半ば切れながら切り盛りしていた。

うん、こっちも予想通りだ。

姉さんに声をかけると完全に説教モードで文句を言われそうになったが、手間をはずむ事を約束したら、一転してニコニコ顔だ。

まぁ、これもわかってたけどね。

片付けがある程度済んで、姉さんの手が空いたタイミングで、宿の鍋釜を作った鍛冶士の調査を依頼する。

今回のネタが終わっても継続して収入が得られるとあって、大興奮だ。

鼻息が荒いな、おい。


鍛冶場の準備が終わるとのタイミングを合わせたのかの様に、今回の加工の材料になる鋼が届いた。今回の加工の胆、公認鉄工所謹製の炭素鋼の1級品、鑑定の結果も18-8ステン鋼を作るにはやや炭素が多いかな程度に収まっている高品質品だ。

続いて届いたのは、昨日スラグ捨て場で抽出してきたニッケル、クロム、モリブデン、バナジウム、パラジウム等で、その他にあまり量は抽出できなかったが、マンガン、プラチナ、金、銀、銅等も入手に成功した。

まぁ、物が物なので、こちらはデリバリー便では無く俺の個人的な「収納」に入れて運ぶことにしたが。

最後に、炉の熱源兼調整が必要な場合の炭素源になる炭が届いた。

これで準備完了、これからは鍛冶の時間の始まりだ。

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