第21話 王都編⑤宿にて…今度は身に覚えが…

宿に戻って夕飯を食い、一息ついてお茶を飲みながら寛いでいると、女将が寄ってきて、

「お疲れかい?」

と聞いてきたので、苦笑いしながら

「まぁ、それなりにね」

と答えると、

「それなら、風呂でも言ってさっぱりしてきたらどうだい?」

と言うので、聞いてみると

「うちには無いけど、少し行った所に銭湯ならあるんだよ。」

と教えてくれた。まぁ、銭湯と言っても現代日本にある銭湯/スパ銭とは違って、江戸時代の湯屋やローマのテルマエに近い物らしい。

温浴用の湯殿やサウナやロウリューの原型の様な蒸し風呂があって、基本混浴なので浴衣を纏って入る。別料金で三助や湯女の介助を受けて体を清める事が出来る。追加料金を払うと別室で大人の入浴も楽しめるらしい。


今日はそこまで切羽詰まってた訳じゃ無いんで。普通に風呂に入ってすっきりして宿に帰ってきたら、下働きの娘がちょっと拗ねた様な表情を浮かべて、

「すっきりされましたか?」

と聞いてきたので、

「やっぱり、仕事で疲れた時の風呂は良いねぇ。疲れがきれいに飛んで行ったよ♪」

と答えると、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、にっこり笑って

「後ほど飲み物をお持ちします。」

と言って離れて行った。


あぁ、そう言えば盥でお湯を運ぶのも、この娘の仕事だったっけか?

風呂屋に行って、仕事をとってしまったんで怒ってたのかな?

そんな事を考えながら、部屋に戻って、寝る支度をしながら明日の仕事は番な感じで進めようか等と考えていると、ノックの音がした。

下働き娘がお茶を持ってきたらしいのを確認して扉を開けると、二人分のカップの載ったトレイに持った娘が立っていた。

どうやら、今日の仕事は終わったので、お茶をサーブがてらお話をしに来たらしい。すっかり懐かれちゃったかなぁ、等ととぼけた事を考えながら部屋に通し、お茶を飲みながらした身の上話は思いの他重いものだった。


宿の下働き娘、名前はタリンちゃんと言うらしい。

元々王都では無く近隣の村で猟師をやってる父親と二人暮らしをしていたんだそうだ。

王都の周辺には、こんな感じで王都まで荷馬車で2日以内で行ける位置に農村が幾つも配されており、そこで生産された農作物は、自村で消費される分を除き、王都にもたらされる様になっているらしい。王都の様な食料の大量消費地を支える仕組みだそうだ。この国では、ある程度以上大きい街の周辺は、大体こんな感じになっているもだそうだ。


話は戻るが、件のタリンちゃんであるが、母親は彼女が子供の頃はやり病で亡くなったという事で父親から目の中に入れても痛くない位かわいがられて育ったのだとか。この宿には、時々大物の獲物が取れた時に肉を卸しに行く父親のお供で何度か来た事があった程度だったらしい。

そんな彼女を運命の悪戯が見舞ったのは今から3年と少し前、15歳を迎えようとしていた頃の事であった。彼女の住む村の周辺に他所から人食い熊が移動してきたのだ。


基本的山に住む動物というのは怪我を嫌う。

怪我をすると言うことは、捕食者から逃げ難くなるし、エサが食えなくなる事に直結する。それは餓死に繋がる事に他ならない。

そして山に入って来る人、特に猟師に手を出すと大抵手痛い目に合う事を彼らは経験から学んでいた。よって、猟師が山に入る時に身に着ける熊除けの鈴等の音を聞くと逃げてしまう。

例外なのが人の血肉の味を覚えてしまった動物たちで、奴らは人と言う餌がかなり食いでがある割りに比較的簡単に捕れる事を学習しており、遠慮なく襲ってくる。

良く勘違いされるのが、猟師が山に入る時に弓矢を持って入っていく理由だ。

猟師と言うものは、基本戦わない。

森や藪の中での取り回しを考えれば弓矢は比較的小さいものの中から選ぶ事になる、畢竟威力の弱いものにならざるを得ないのだ。

故に弓矢はウサギなどの小動物や鳥など、大きくても逆襲の危険性の低い鹿位までの獲物を仕留める時に使うもので、猪や熊或いは狼等、戦えばしつこく喰らいついて来る獣を仕留めるたい時には、基本的に移動ルートを見繕って罠を使うのだ。

所謂、トラバサミや括り罠で獲物を捕らえ、怪我を誘って弱らせ、殆ど動けなくなったタイミングで弓や短槍、鉈などでとどめを刺す。

短剣や鉈、山刀などは、とどめや藪を開く時などの道具であって、戦う為の武器じゃない。健康な大型動物と戦う等、リスクが高すぎてそうそう出来る事ではないのだ。

彼らは自身が所属する村や町に食用の肉をもたらす事が務めであって、戦う事は原則務めのうちには入ってないのだ。

どうしても戦う必要がある様な場合は、口入れ屋を通して冒険者や傭兵等の闘う事の専門家を雇うのが、普通の対応だ。


この時も村が口入れ屋を介して冒険者を雇うことになり、村長は王都の口入れ屋に腕の立つ冒険者の派遣を頼みに行く事になった。

こんな場合に一時的に村を守る為に白羽の矢が立つのが普通の村人たちより多少なりとも荒事に慣れている自警団や猟師たちである。

その時も猟師たちや自警団員たちが、何人かづつで交代しながら村の入口を守る事になった。その中にタリンさんのお父さんのダリングさんもいたのだと言う。


最悪だったのは、この人食い熊が人やら魔物やらをさんざん食い散らかしてきたあげく、半ば魔物に進化していたらしい事を誰も知らなかった事だった。

その日の昼の2直(昼の4刻~6刻を担当)の当番になったダリングさんは、若手の猟師仲間、自警団の若手2人の計4人で村の表口の当番をしていたという。

彼女はもうすぐ成人を迎え独り立ちする準備で、ダリングさんに弟子入りする形で一人前の猟師と成るべく、この村の周辺の森の事や獲物の事、獲物毎に仕掛けるべき罠や気を付けるべき事項等の教育を受け始めており、その時も見張り番になった為に森の見回りの出来ない父親の代わりに仕掛けた罠の状態等を見て廻っていた。


人食い熊が出現する様になって以来近所から逃げ散ってしまったのか、獲物となる動物もめっきり少なってしまった。

今日もまだ、罠にかかった獲物は1匹もいない。

しかし、村の食肉事情は悪化の一途をたどっており、見張り役を任されたからと言って、見廻りを休む様な事が許される状態ではなかったらしい。

父親に委ねられた見廻りの凡そ2/3位が終わった時点で未だ坊主の成果に暗澹としながら、村に戻る方向に向かって進んで行くと、微かに響いてくる騒めきに気が付いた。

村で何か騒ぎが起きたんじゃないかと気付いたのは、はたして猟師としての修行の成果であったろうか。


急いで村に戻ると、村の中は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになっており、通りのそこかしこに倒れた人とそれに縋り付いてむせび泣く人々。

父を含め4人いたはずの見張り番たちは警鐘を鳴らすまでもなく倒されており、鐘楼番も同じだったらしい。

そして、何の前触れも無くやって来た破滅をもたらす魔熊を前に、村人たちはなすすべもなく倒されていったのだと言う。

その後、反撃するものもいなくなった人食い熊は悠々と獲物を貪り、満足して村から出て行ったのだとは、生き残った村人たちの言だ。

後にわかった事だが、人食い熊はどの様にかして、風上から村の方へしびれ毒を流したらしい。

父たち見張り番にせよ、鐘楼番にせよ、気が付いた時には身動き一つ取れない状態だったとは、鐘楼の上にいて毒の被害にはあったが身動きできなかった故に熊に気づかれること無く、おかげで怪我する事も無く一命をとりとめた鐘楼番の言葉だ。

とは言え、見張り番は何かあれば村に急を知らせるのが務め。4人もいてそれすらできなかったのかとの糾弾を受ける事になった。

その中でも最年長だった彼女の父親への糾弾の声は鋭く、その時は何があったのか分からない故に反論する事もままならなかった彼女の居場所は、もはや村には無かったのだそうだ。

追われる様に村を出て、唯一の村外の知り合いである宿屋の女将に縋る様に頼って雇ってもらい、ふと気が付くと3年経ってましたとは彼女の言だ。


話始めの頃、喉を潤したのは確かにお茶だったはずなのだが、気が付くと酒に化けていて、お終いにはかなりきつい物をあおるように呑んでいた。

呑む程に妙に昂ぶっていったのを覚えている。

何があったのかなんて野暮な話なので、何も言おうとも思わないが、閨の記憶の中で彼女の

「ごめんなさい。こんなものしかあげる事ができるものがないの。」

と言う言葉ははっきり覚えている。

と言うか、酔いに誘われ、浮かされた様な興奮の中で何をしたのか、いや、何をしでかしたのかをかなりはっきりと覚えている。


朝チュン?

そうだよ。悪いか?!

今朝は、二人とも全裸でござるよ。

しかも諸々の記憶と痕跡付き。

完全に据え膳、と言うかはめられた感じではあるが。

いや、填めたのは俺なんだけどね。

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