第145話 亡き両親から2人の子どもへ
アキツ砦の自分の部屋から外に出ると、セリエとリタが、リンクル族の子どもと遊んでいた。
「ありゃ~?いつの間に戻ったんですか~?」
「今戻ったんだよ、元気にしてた?」
「元気じゃないですよ~、イヴァン将軍の所の人たちと防衛を任されているんですが~、“暇だな!”って言いだしてくたくたになるまで将軍にしごかれているんですよ~」
辺りを見回すが、イヴァン将軍の姿は見えなかった。
「良い事じゃん、強くなるためと思えば」
「ナット君他人事だと思って言っていますよね……」
「セリエだけじゃなく、私達もしごかれるのだけど……」
リタの言葉に横に居たブラックベアも頷いていた。
「まぁ、良いきっかけだと思えば……」
「そういえば~この子達黒い狼さんが連れてきたんですけど、どうするんですか?」
「ここで保護かな」
「そうなんですね~それなら空いているお部屋に案内しないとですね~」
2人のリンクル族はこちらをジーっと見ていた。
「それは後でいいよ、今は……」
こっちを見ている2人に向き直り、アイテムボックスから2人の母親の死体を取り出し、2人の前に寝かせた。
「ごめん、君たちのお母さんは助けることが出来なかった。自分が行ったときには既に……」
「やっぱりそうでしたか……、先週から母に会わせてもらえなくなっていましたし、それに……屋敷の中の匂いで、もしかしたらと……」
それだけ言うと2人とも泣き出してしまった。なぜかセリエも泣いていた。
ヒスイが、リンクル族の死体の上にふわふわっと飛び降りると、保護していた2つの魂を死体の上に戻していた。
『直人、この魂の周りに魔素を放出してくれる?』
『いいけどなんで?』
『確証はないけど多分できるはず、やってみて』
何が起こるんだ?
ヒスイに言われるがまま魂の周辺に魔素を放出すると、光の玉が消え、僅かに見えるというレベルだが、2人のリンクル族の姿を模し始めた。1人は男性、1人は女性で女性の方は死体のリンクル族の姿に酷似していた。
『出来たね、一応説明するファントムって魔物と同じような状態』
『魔物化したの!?』
『しないよ、長期間そのまま維持したらそうなるけど、今回はこの一瞬だけだから』
そうなんだと思いつつも、先に説明してくれるとこっちはビックリしなくて済むのだが……
「お父さん……、お母さん……」
それに気づいた女の子が声を発した。
『2人とも本当にすまなかった。あの時の私の判断のせいで同胞から嫌われるようなことに……』
2人の両親を象ったファントムの声は、頭に直接響くような声で語りかけてきた。
「お父さん……、自分の家族と他の人の命と比べたら仕方ないと思う……」
『それでもだ、本当にすまなかった』
“教団に捕まり、そんな私を解放するために父がこの街の同胞の情報を売り渡したのです”と女の子が言っていた。自分の娘と同胞天秤にかけたらどっちを取るか、娘を切り捨てるのが正解か……?裏切り者と言われても娘を助け同胞を売るか?街のリーダーをやっていたなら前者が正解なのかもしれないが、その選択肢を取れる人なんて多くないだろう……
『エスメ、アベル、今まで私達の為につらい思いをさせてごめんなさい、これからは私達の事は忘れて自由に生きなさい』
「お母さん……忘れる事なんて……」
自分が領主に人質として囚われ2人の子どもを縛っている事に負い目を感じていた。蘇生を失敗したときに分った事だった。
自分のせいで子どもが辛い想いか、親は子の幸せを一番に願うものだし、自分は生前も今も子どもなんて居ないが、それでも生前ちび助が少しでも楽しいって思えるようには努力したものだ。
『アベル、お前には本当にすまない事をした。私のせいで……』
「……」
男の子はただ首を振るだけだった。
もしかして声を出せない失声症か?
2人のファントムがこちらに視線を移した。
「ん?」
『子ども達をどうか、どうかよろしくお願いします。あなたに頼むようなことではないのは重々承知だ、だが私達はあなたしか頼れないのだ』
『私からもお願いします。精霊様から聞きました。あなたは神様と呼ばれるお医者様だと、どうかアベルの声を戻してやってください』
ヒスイは何を吹き込んだんだか……、それに2人の両親からの願いか、これはノーと言ったらダメな奴だと思う。自分に出来る事はやらないとだ。
「期待に応えられるか分かりませんが、出来る限りのことをしましょう」
『それが聞けて安心した。もう思い残すことはない』
それだけ言うと、2人の両親は深々と頭を下げた。
そして頭をあげると笑顔を見せた瞬間2人の身体が弾け、多くの光の玉が空に登っていった。
『あの光の玉のどれかが本当の魂で、残りは魔素なんだよ』
ちょっと幻想的だなと思いながら2人の子を見ると、2人とも泣いていた。
そりゃ両親との最期の別れだ仕方ない事だ、しばらく2人を見守っていた。
落ち着いてきた頃を見計らい、男の子の手を取った。
「君のお母さんの願いをかなえよう」
声を出すための筋肉や神経、そして声帯ポリープの有無等の異常を確認するが、明らかな異常は見当たらなかった。となると心因性……、精神科系は専門外なのだが……、やれる事はまだある。
「アベル君が声を出せなくなった原因は分かるかな?」
近くに居るエスメに聞いてみた。
「アベルが声を出せなくなったのは、父が目の前で殺された事が原因だと思います」
母親だけではなく、父親も殺されたのか、アベルの手を取っている。彼の記憶を探っていく、記憶を探る中で気になる事があった。
それは母親を殺した男が定期的にアベルに接触していたのだ、ただ男の子の記憶の中にその男性の名前は出てこなかった。
そして、父親を殺したのも母親を殺した男と同一人物だという事が判明した。
「1つ質問なんだが、領主は髭を生やしているのか?」
「いえ、今の領主は女性ですよ」
髭を生やした女性かそれは考えにくいな、となると領主でもない、誰かか。
「口ひげを生やした男に心当たりは?」
「それだけでは何とも言えませんが、教団から派遣された人でしょうか?」
口ひげだけじゃそうなるか。
「そうだな、体型は痩せて……」
人の特徴とかどうやって伝えるの……?
生前は相手の特徴=病名と症状で話していたためか、ただの外見的な特徴はどこを伝えればいいのかが分からない、背丈?リンクル族から見たら、人族の大人は背が高いから特徴にはならないだろうし……、目は、タレ目でもツリ目でもない普通だしどうすべきか?
『昔孤児院でやったようにやれば?』
悩んでいるとヒスイがアドバイスをくれた。相手の記憶を第3者に見せるやつか、それの方が楽そうだ。
「エスメちゃんちょっと手を貸してくれる?」
「はい」
何も疑問を持たずに手を差し出してくれたたので、その手を取った。
「ちょっと目を閉じて」
「はい?」
右手でアベルの手を、左手でエスメの手を取り、アベルの記憶の中にある両親を殺した犯人をエスメに見せた。
「いま頭に浮かんだかな?口髭の男」
「はい、この方でしたら、教団の方ですね、お嬢様が良く仕事を依頼しているそうです」
お嬢様?領主の事か?
「お嬢様とは?」
「ペンジェンの領主様ですよ」
「なるほど……」
教団の人か、もしかしてナンバーズ?
「赤い服の男も一緒だったりするかな?」
「はい、仕事上のパートナーだと聞いた事があります」
なるほど、赤い服の男が毒使い、口髭の男は死霊術師の可能性があるって事か、赤い服の男を射殺する際に近くに居て、射殺した死体を回収しゾンビ化したって事だろうか?
仕方ない済んだことは考えるのは止めよう。
とりあえず、アベルの記憶から父親が殺された事に対して、苦しい・辛い等の負の感情を抱かないようにした。こういった事は向き合い克服させることが大事と知人の精神科医が言っていた記憶があるが、これで良いのだろうか?
「喋れるかな?」
「う……、あ……」
発語は大丈夫そうだな、
「ゆっくりでいいよ、君の名前は?」
「ア……ッ……ル……」
長い間喋ってなかったからだろう、喋る為のリハビリが必要そうだった。
「とりあえず発言は出来ているから、あとはゆっくり喋る練習すればいいかな?」
「ありがとうございます!」
「あ……が…………ます」
エスメはとてもうれしそうに頭を下げ、アベルもそれに続いて頭を下げていた。
これでペンジェンでのお仕事はいったん終わりかな、次の指示をヴィンザーに貰いに行いくか。
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